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    #408

    山本譲二(歌手)

    ゲスト×インタビュアー
    山本譲二(歌手)× 小島慶子(タレント、エッセイスト)

    1950年2月1日、山口県下関市に生まれる。高校3年生の時に高校球児の夢、夏の甲子園に出場。高校卒業後は地元の企業に就職するが、わずか数カ月でサラリーマン生活に別れを告げ、歌手を志す。厳格だった父にそのことを告げた時、父から言われて、現在も守り続けていることとは…? また、母の思い出も振り返る。
    「歌手になる!」と意気込んだものの、その世界に入る術もわからないまま、18歳で上京。夜の街で働き続け、体を壊したこともあった。そんな山本に思わぬチャンスが訪れる。ヒットメーカー・浜圭介と偶然出会ったのだ。山本は、24歳の忘れられない夜のことを教えてくれた。
    24歳で念願の歌手デビューを果たしたものの、さっぱり売れず、その後の人生を決める大きな決断を下す。それは演歌界の大御所・北島三郎の門下に入ることだった。何のツテもない山本がどのようにして北島の弟子になることができたのか? そこにはドラマのようなエピソードがあった。
    名曲「みちのくひとり旅」と出合ったのは30歳の時。最初に聞いた瞬間に惚れ込んだというこの曲、実は大ヒットしたのは1年後、31歳の時だった。一夜にしてスターになったという当時の出来事にインタビュアーの小島慶子も「映画のようだ」と大興奮!
    2009年、右耳の内部に腫瘍が見つかり聴力を失うという、歌手にとって非常に困難な状況に陥った山本。そして、その翌年には全く売れていない時代から交際を続けてきた妻・悦子さんが乳がんに。家族にとって暗く厳しい日々、山本は「歌をやめようか」と本気で思ったという。しかし、その闇に光を当ててくれたのは、悦子さんの明るさだったという。愛のある夫婦のエピソードを聞かせてくれた。
    いつまでもイメージが変わらない山本も、あと1年あまりで70歳を迎える。実は「70歳くらいでやめようと思っていた」山本を、奮起させていることがあるという。それは一体何なのか…? インタビューは山本のとっておきの笑顔で終了した。