ザ・インタビュー ~トップランナーの肖像~

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5月9日(土)ゲスト:桂文枝 (落語家)

落語家・桂文枝。1966年、桂小文枝(五代目・桂文枝)の門を叩き落語界に入門。一年も満たない頃に異例の大抜擢でラジオ番組に出演、その後は破竹の勢いで「新婚さんいらっしゃい!」を始め、「パンチdeデート」「クイズ年の差なんて!」などメジャー番組を多数抱える名司会者として人気者に。80年代以降は「創作落語」に力を注ぎ、現在も毎月1本のペースで創作落語を発表、その数はゆうに250を超える。今回、桂文枝からインタビュアーの指名を受けたのはサッカーモト日本代表・中山雅史。その理由とは?

中山が物心ついた時には、すでにテレビの向こうでは大スターだった文枝。44年目を迎え、今も現役番組の「新婚さんいらっしゃい」の、ここだけの話を聞き出そうとする中山… 。しかし、そこは名司会者の切り返しの妙が冴える。

中山が文枝に聞きたかった事…。それは「ある時を境に何故テレビの露出が減ったのか?」。
一つ一つ丁寧に話を進める文枝。寝る間も惜しみ、身を粉にして東奔西走した名司会者の、人気者であり続けるための苦労と困難…そして葛藤。その後に文枝が辿りついた答えとは…?

そして文枝がインタビュアーを中山に指名した理由は、意外な言葉だった…。
それはプロとして、あくまでも見聞きする側へのサービスを忘れない文枝ならではの心遣い。71歳にして今も精力的に高座へ上がる六代・桂文枝の意外な素顔を紐解いていく。

5月10日(日)ゲスト:コロッケ (ものまねタレント)

1980年、テレビ番組「お笑いスター誕生!!」に出演以来、今年で35年目の芸能生活となったコロッケ。1月から始まった明治座を皮切りに、現在、各地で35周年を名打った公演を行っている。ものまねは勿論、人情喜劇の芝居に加え、今年は新たに「楽しい」という言葉を取り込んだ「楽語」、「ものまね楽語」にも挑戦。35周年を迎えその芸に磨きをかけ続けている。貧しかった少年時代、母への思い、一度決別した芸能界への再挑戦…。普段はこんなに自分のことを語ることはない、と言うコロッケ。そのコロッケが意外な過去を語り出す。

春風亭小朝から「落語やってみない?」と声をかけられたコロッケは、ここ数年、密かに落語の勉強を重ねていた。そしてたどり着いたのが登場人物を全部ものまねで演じるという、コロッケならではの世界、それが「楽語」。ものまねの芸風同様、オリジナルに自分流の発想を取り入れるのがコロッケらしさ。そんなコロッケに興味を持った人物が、今回のインタビュアー、編集者の石原正康。

インタビュー場所はコロッケが指定してきた。30年来の友人が経営する赤坂の店「ノーブル」。行きつけで、実はインタビュー前夜もこの店で飲んでいたらしい。

両親が早くに離婚したコロッケ。実家は当時、経済的に苦しく、小学校の時に中耳炎にかかったが病院に行けず悪化。右耳の聴力を失う。しかし、聞こえない事がものまねに役立ったという。
貧しいながらも、明るい母に支えられ成長して行くコロッケ。迷惑をかけてはいけない、と自分で新聞配達をしながら夢をかなえようと頑張り出す。その夢がものまねタレントであった。ものまねなら郷ひろみだって西城秀樹にだってなれる。その後、芸を磨くためにコロッケが始めたアルバイトとは?

そんなコロッケにチャンスが訪れる。東京でものまねを披露する機会がくるのだ。赤塚不二夫やタモリ、といった蒼々たる面々。しかし、その中にいた1人にある言葉を言われる。「似てるけど面白くないね」。言った人物は所ジョージであった。所ジョージの言葉の真の意味とは。

その後、ものまね界の四天王とまで呼ばれ、国民的な人気者となっていくコロッケ。しかし人気絶頂であった1980年代の後半、コロッケはテレビから姿を消す。自らの選択だというその理由とは。そこには唯一無二のものまね芸人として他の追随を許さない、コロッケの信念があった。

コロッケが母から教わり今でも教訓としている「あおいくま」という言葉とは。
彼が呼びかけ23年振りに勢揃いした“ものまね四天王”の活動とは。
泣き笑いで綴るコロッケの人生。そんなコロッケの知られざる素顔を浮き彫りにしていく。