ザ・インタビュー ~トップランナーの肖像~

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5月16日(土)ゲスト:大橋巨泉 (タレント)

テレビがメディアの王様として最も輝いていた時代に、日本のお茶の間に娯楽を提供してきた、「ミスターテレビ」こと、大橋巨泉、81歳。テレビ創世記の1960年代に構成作家としてキャリアをスタートさせ、その後司会者に転身、テレビにエロスとギャンブルを持ち込んだ画期的な深夜番組「11PM」、日本のバラエティ番組史上、最高傑作と言われる伝説の番組「ゲバゲバ90分」、最高視聴率40.8%を記録した大ヒット番組「クイズダービー」等々…、話題となった数々の番組を担当。
「ボイン」、「はっぱフミフミ」、といった造語・流行語から、無名のタモリ、ビートたけしを自身の番組に出演させる等々、巨泉によって世に出たものは数えあげればきりがない。

数多の伝説的番組は勿論、常に時代の先を行き、新たな生き方・価値観を日本人に示してきた巨泉も今年で81歳。果たして巨泉に、今のテレビ、そして日本はどう見えるのか?

インタビュー場所は、巨泉の指定で、東京・御茶ノ水駅から徒歩30秒の所にあるフレンチ・レストラン「ビストロ備前」で行われた。高校・大学時代に英語を習うため、アテネ・フランセに通っていたという巨泉にとって、御茶ノ水は青春時代を過ごした思い出の街。またフレンチを備前焼の器で供する、巨泉行きつけのレストランは、和洋折衷で生きてきた、まさに巨泉らしさを感じさせるセレクト。インタビューは、数多くのヒット番組を生み出してきた巨泉と、現在の人気者・松岡修造による、新旧テレビ論を中心に行われた。

かつて巨泉は友人などから頼まれない限り、基本的に自分の番組以外は出演しなかったという。またデビューしたての頃、映画・ドラマに出演したものの、その後は頑なに拒否。今のタレントのように、映画・ドラマとバラエティを掛け持ちすることはせず、ひたすら自分の番組だけ出演するようにしたという。それにはテレビの構成作家出身らしい、巨泉ならではの理由と計算があった。 番組ヒットの秘訣から、現在のテレビの作り方、そしてタレントの在り方を歯に衣着せぬ毒舌で批判。更に今回特別に、今まで語らなかったという、セミリタイアを決めた、その真相を明かした。果たしてその意外な理由とは?

タレントとしては勿論、英語はペラペラ、経営する土産物店OKギフトは世界7店舗まで広がり、ゴルフ、競馬、麻雀、将棋…、どれもプロ級の腕前を持つ巨泉を、オールマイティの天才、と捉える松岡。そんな巨泉でさえ、変えたくても変えられない、どうすればいいのか分からないのが、政治を含めた、今の日本の状況だという。

2005年胃がん発覚以来、今度で4度目となるガンとの闘い。結婚45年となる妻の寿々子さんとのエピソードも…。
抱腹絶倒、そして名言連発の内容は、稀代のタレント・大橋巨泉による遺言…といっても差支えない。笑いと示唆と教養に満ちた、エンタテインメントなインタビュー。お見逃しなく!

5月17日(日)ゲスト:南こうせつ (シンガーソングライター)

フォークシンガー、南こうせつ。神田川の大ヒットから42年。今年66歳になる南は、今でも現役バリバリで年間数多くのコンサートをこなし、歌い続けている。一体、彼が歌い続ける理由とは?
インタビュアーはテレビ朝日スポーツコメンテイター、宮嶋泰子。神田川がヒットした1973年に大学一年生、同世代の彼女が南こうせつ、そして名曲の裏側に迫る。

本名、南高節(みなみこうせつ)は1949年大分県生まれ。実家がお寺で、村の集会所のようになっていた為、宴会が行われるといつも大人達の歌に耳を傾けていた。「小坊主も歌え!」そんな村人からのリクエストに、南は三橋美智也の曲で応え、その美声にお金が飛んで来たと言う。 その後、ラジオから聞こえてくる洋楽に憧れギターを手にする。高校生の時には、3人編成のバンドを結成、その中には後の盟友伊勢正三もいた。

その伊勢正三と組んだ「かぐや姫」の3枚目のアルバム“かぐや姫さあど”は、チャートのNo1になり、シングルカットされた「神田川」は、160万枚を越える大ヒット。
同曲は時代を象徴する名作として人々の心に刻まれた。南は、当時の反戦や国家への主張、と言ったカタチのフォークソングではなく、個人の生活や幸せを歌っていく道を選択したと語る。名曲、「神田川」誕生秘話とは?
その後かぐや姫は、「赤ちょうちん」、「妹」と次々に名曲を生むが、南は今でも神田川のヒットがあってこその自分であり、その恩恵を世の中に還元したいと思っていると言う。

かぐや姫解散後も、南は「夢一夜」などのヒット曲を生み、同世代の歌手達が一線を退く、あるいは活動をセーブしていく中で、当たり前の様にコンサート活動を行い歌い続ける。常に彼は観客に相対して来た。「基本的に歌う事が好きなんです。その上で、仕事に疲れた人、恋愛に疲れた人、少しでも自分の曲で元気になるなら、そこが僕の居場所かな」と南は言う。

今年66歳。肉体的な衰えも来る。声帯を鍛えなければ歌い続けられない。その唯一のトレーニング法を南は教えてくれた。
そんな南が、忘れられない思い出として語ったのが島倉千代子の遺作となった「からたちの小径」制作秘話。決まっていたレコーディング日まで体調が持たず、島倉の自宅に機材を運び込んで歌が吹き込まれたと言う。そしてその3日後に彼女は永眠する。その天命を全うする最後の姿に、南は大きく感動したと言う。

今年もたくさんのコンサート会場でファンが南を待っている。生ある限り南こうせつは歌い続ける。