ザ・インタビュー ~トップランナーの肖像~

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7月4日(土)ゲスト: 菊池武夫 (ファッションデザイナー)

半世紀以上も日本のファッション界をリード、いまなお現役を続けるファッションデザイナー、菊池武夫。その第一歩は、自らが立ち上げた「メンズビギ」。当時の人気テレビドラマ「傷だらけの天使」で主人公を演じた萩原健一が衣装として着用し、若者の間で爆発的な人気を得る。1980年代、「DCブランド」全盛期、まさにデザイナーとしての地位を確立するさなか、ライバル会社に電撃移籍。その後、自らの名前をブランド名にした「タケオキクチ」で新しいファッションを提案。50年以上も、ファッション業界のトップを走り続けてきた菊池の人生とは?

菊池は、1939年、東京の九段付近で生まれた。実業家の父のもと菊池は、都内一等地の400坪もある豪邸で育つ。戦後、アメリカの将校夫婦が離れに住み、その夫婦からジャズのレコードをもらった菊池少年は、その自由な旋律に衝撃を覚える。また、マイルス・デイビスなどジャズマンの生き方や服装に憧れ、いつかこういう洋服を着たい、作りたいと思うようになった。ただ、菊池は、単に服を作る職人になるというよりは、自身の世界観や生き方を表現するものとして服作りを目指したいと考えていた。

高校卒業後、自分が理想とする服がなかった菊池は、自らデザインした絵を銀座の仕立屋に持ち込み作ってもらっていたという。銀座でも菊池のオシャレは評判を呼び、当時若者に人気だった「平凡パンチ」で、私服を着た菊池がモデルとなって、誌面に何度も登場。まさに今でいうカリスマモデルだったのだ。また、若い頃からジャズ喫茶やディスコなどで遊んでいた菊池は、政財界や芸能関係にも幅広い人脈を持つようになる。

1964年、アメリカ文化が流行するなか、菊池はいくつかのアパレル会社に就職するも、自分の理想とする服作りが出来ないため、24歳の若さで独立。CM用衣装製作などを経て、1970年代に、「ビギ」、「メンズビギ」を立ち上げる。このブランドを世に知らしめたのが、伝説的なテレビドラマ「傷だらけの天使」。このことで若者の間で爆発的な人気を得る。このドラマとの出会いを菊池に聞いた。

デザイナーとして順風満帆のなか、その安穏とした地位にすがりつくことなく、菊池は新たな場所を求める。1984年、45歳の時に、自身の名を冠したブランド「タケオキクチ」を発表。ビギグループを脱退した理由とは?

2003年には、「タケオキクチ」を若手デザイナーに継承し、自身は新たなブランドを立ち上げる。「ファストファッション」全盛の時代、菊池は新しいブランドで"最高の贅沢を日常に"というコンセプトを打ち出してきた。服は人生を表現すると考える菊池にとって、バブル崩壊後の日本へのアンチテーゼだったと言う。

その場の状況に合わせ即興し、見事な旋律を奏でるジャズのセッションのように、新たな変化を成し遂げてきた菊池武夫。その原動力とは何なのか。50年以上も、ファッション業界のトップに居続けた男のサクセスストーリーが今、紐解かれる。

7月5日(日)ゲスト:クリス・ハート (歌手)

歌手・クリス・ハート。テレビの〝のど自慢番組〟で優勝、出演ごとに奇跡の歌声として大反響を呼び、デビューアルバムは週間ランキングで3位を記録した。その後、紅白歌合戦にも出演。〝日本人よりも日本を愛する〟クリスの歌心には日本の「文化」「言葉」「出逢い」が見え隠れする。なぜクリス・ハートの歌声は日本人の心に響くのか?日本の名曲を歌い続けるクリス・ハートの裸の履歴書が明かされる。

クリス・ハートは1984年、サンフランシスコで生まれた。日本とはもともと何の接点もないクリスが、なぜ日本に興味を持ったのか?なぜ日本を愛するのか?誰もが思う疑問をインタビュアー、映画監督のヤン・ヨンヒが解き明かしていく。JPOPに興味を持ったきっかけや、JPOPの魅力をアメリカ音楽と比べクリスが力説する。
番組では「ラブストーリーは突然に」「未来予想図Ⅱ」「やさしさに包まれたなら」などクリスが歌う名曲を紹介。そしてインタビュー中も即興で生歌を披露。

13歳の時ホームステイで茨城県に2週間滞在。2歳のとき両親が離婚したクリスにとって、その時の日本の家族との暖かいふれあいが、その後の人生を決定づけたという。そしてアメリカに帰国後も「日本へ帰りたい」と思ったそうだ。

24歳で再来日し、自動販売機の営業をしながら音楽活動を行う日々。時には文化の違いで困ったこともあったと言う。そして音楽をやめようと考えたこともあったという。日本で一人、地道に生活をする当時の苦悩を赤裸々に語る。 その後、テレビ番組に出演し一躍注目を浴びたクリス。しかしその代償として会社をクビに…。クリスは決意をする「歌で食べて行くしかない」と。 2013年5月、カバー曲「home」でデビューを果たす。なぜ「home」を選んだのか。そこにはデビュー前に結婚した妻との2人3脚の秘話があった。

今年5月、日本国籍取得を目指す事を発表したクリス・ハートの今後の夢…。それは東京ドームコンサートでも全国ツアーでもない、意外な答えだった…。