ザ・インタビュー ~トップランナーの肖像~

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4月9日(土) ゲスト:近藤正臣 (俳優)

今年、役者として55年を迎えた近藤正臣、74歳。最近では、NHK連続テレビ小説「あさが来た」での好演でその存在感を示した。
1966年、24歳の時、今村昌平監督の「「エロ事師たち」より人類学入門」で映画デビュー。27歳で出演したテレビドラマ「柔道一直線」では、主人公のライバル役を演じ注目を浴びる。以後、二枚目俳優の立役者として数々の役を演じてきた。しかし、50代になってからは二枚目を封印し悪役、老け役などに挑戦し役者としての幅を広げてきた。芝居を仕事として55年、近藤正臣のこれまでの役者人生とは?
京都で生まれた近藤の曽祖父は、幕末の侍。小学校は土佐藩の跡地にあり、坂本龍馬暗殺の地は近所だったという。幼いころから幕末の武士たちを身近に感じて育ってきた近藤にとって京都とは? 故郷への思いとは?
高校卒業後、母が営む小料理屋を継ぐため大阪の老舗料理屋で修行を始める。しかし、鍋洗いばかりさせられることに嫌気が差し、3カ月で辞めてしまった。そのことを母に告げた際、母は激怒して近藤を勘当した。転職を余儀なくされて行きついたのが、役者の道だったという。この時、なぜ役者の道を選んだのか?
歴史上の人物を演じる際には、伝承されたイメージを壊し新たな人物像で芝居に挑むという近藤。資料を読み込み、監督にアイデアを提案し、時には自ら小道具を準備することもあるという。明智光秀を演じる際にはサラリーマンを意識し、土佐藩15代藩主の山内容堂を演じる際には酒を飲むだけでなく花札で遊ぶシーンを監督に提案。自らアイデアを出し、役に息を吹き込む近藤だが、時には監督とぶつかるかることもあるという。芝居への熱い思いを赤裸々に語る。
2015年に公開された「龍三と七人の子分たち」では、北野武監督作品に初出演。龍三親分の右腕、若頭のマサを演じた近藤が、北野監督の存在について語る。近藤にとって新鮮でうれしかったという“お年寄り”ばかりの共演者たちとの芝居、その撮影現場の裏側を語る。
さらに、落語好きの近藤は、以前人間国宝・桂米朝の追っかけもしていた。今は亡き米朝とは深い親交があったと語る。現在も自ら司会を務め、岐阜県郡上八幡で上方落語の会を開くが、落語が芝居の役に立っているという。“役者は人形ではない”という近藤が、芝居の醍醐味(だいごみ)、さらに自らの今後について思いを明かす。
インタビュアーは、ジャーナリストの嶌信彦。インタビューされるなら嶌、という近藤の指名によって実現した。2人は初対面ながら同年代。嶌だからこそ引き出せた、近藤の知られざる「裸の履歴書」が明らかに!