ザ・インタビュー ~トップランナーの肖像~

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7月9日(土) ゲスト:吉行和子 (女優)

女優・吉行和子。1957年に劇団民藝の舞台「アンナの日記」でデビュー。以来、舞台を中心に映画、ドラマと活躍の場を広げる。42歳の時には大島渚監督の「愛の亡霊」でヌードもいとわない過激な問題作に出演し、第2回日本アカデミー賞優秀主演女優賞を受賞。近年では、山田洋次監督の「東京家族」や「家族はつらいよ」などに出演、今年は3本の出演映画が公開され、多忙な日々を送る。半世紀以上女優として第一線で活躍し続ける、吉行和子の魅力とは?
父エイスケは小説家、母あぐりは97歳まで美容院を経営し、美容師の草分け的存在。兄の淳之介、妹の理恵の2人は小説家で芥川賞を授賞している。母の半生は、NHK連続テレビ小説「あぐり」のモデルにもなった。今回、吉行が家族への思いを赤裸々に語る。
母は、91歳から海外旅行に行き始めた。メキシコまで「一緒に行く」という母の発言に驚いた吉行は、帯状疱疹(ほうしん)になったという。旅行先で寝ていた吉行にかまわず遊んでいたという母の底知れぬパワーとは? また、昨年107歳で他界した母への思いとは? 兄の淳之介について意外な告白も。実は吉行は、淳之介の小説をまともに読むことが出来ないのだとか。兄弟ならではの、その複雑な心境とは? 
42歳の時に出演した大島渚監督作品「愛の亡霊」。ヌードもいとわない過激な作品に出演依頼がきた時、事務所や友人は反対したという。反対を押し切って出演した当時の思い、そして撮影現場でのエピソードや大島渚監督への思いを語る。
吉行には、出演する作品を選ぶ際に必ず心がけていることがある。それは適役を演じるのではなく、常に初めて出会う役という気持ちを持つこと。そして、セリフを覚える時には台本に集中するために、家のカーテンを閉め、外の景色が入ってこないようにするというストイックな一面も。また、華やかなイメージがある女優だが、吉行の私生活は一風違う。料理を全くしないという吉行の家には、包丁もヤカンも無い。簡単な料理は電子レンジで温めるだけ。そんな仰天の暮らし振りについても、ユーモアたっぷりに語られる。
唯一の趣味として、俳句の会に参加している吉行。キッカケは岸田今日子と富士眞奈美からの誘いだった。長年にわたり交友関係を続けてきた数少ない心の許せる友人2人とのエピソードも明かされる。
インタビュアーはテレビ朝日スポーツコメンテーターの宮嶋泰子。20代のころ女優に憧れていたという宮嶋にとって、吉行は特別な存在だという。吉行が出演する多くの舞台や映画を見てきた宮嶋は、彼女のどのような一面を引き出していくのか?

7月10日(日) ゲスト:太田裕美 (歌手)

歌手・太田裕美
1955年、東京都荒川区生まれ。3歳の時に、画板の製造業をしていた父が、事業拡大のため埼玉県の春日部市に移り住む。人前で歌うことが好きな少女で、父の忘年会などに混じっては、積み上げた座布団を舞台に、都はるみなどの演歌を披露していた。8歳からピアノを習い始めるも、クラシックよりも、テレビやラジオから流れてくる曲を弾くのが楽しかったという。
1967年、音楽の名門・上野学園中学校に進学。当時はグループサウンズの全盛期。中でも太田のごひいきはザ・タイガースで、特に“ジュリー”こと沢田研二の大ファンだった。そんなある日、友達が持ってきたスクールメイツ募集のハガキが、太田の運命を変える。「スクールメイツに入れば、憧れのジュリーに会えるかもしれない!」と考え、応募したところ、見事に合格。晴れて、芸能界入りした少女は、憧れのジュリーと、「新春!かくし芸大会」の収録で共演することに。果たしてその時の、太田の心境は?
1975年には、「木綿のハンカチーフ」が大ヒット。筒美京平作曲、松本隆作詞のこの曲は、松本が筒美に挑む気持ちで書いたという。当時は女性歌手が男性の気持ちを歌うことは珍しかった、4番まである長い歌詞は2番がカットされることが多かった…など、大ヒット曲に隠されたさまざまなエピソードも明らかに。
このころの太田は、コンサート年間200本、テレビ、ラジオ、グラビアなどにも挑戦し、まさに“売れっ子”だった。殺人的なスケジュールを必死にこなすも、過労と睡眠不足からのどをつぶし、歌うことへの不満を募らせていく。そしてデビューから6年目の1982年、心をリセットするために、単身アメリカへの留学を決めた。ニューヨークで8カ月を過ごし、再び歌うことの楽しさに気付いた太田は、髪をバッサリと切って、これまでとは違った曲調の歌を歌い、ファンを驚かせた。
2004年には、元かぐや姫の伊勢正三、元GAROの大野真澄とユニット「なごみーず」を結成。本格的に歌手活動を再開する。現在はなごみーずのほかにも、庄野真代、渡辺真知子らとともに各地でライブを行っている。
インタビューの場所は、東京都目黒区にある「GONTITI HOUSE」。太田とは公私とも仲がいいという、アコースティックギターデュオ「ゴンチチ」のレコーディングスタジオだ。そんなリラックスした雰囲気の中、今も変わらぬかわいらしい姿とその透き通った歌声に秘められた魅力に、編集者の石原正康が迫る。