歴史発見 城下町へ行こう!

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放送内容

会津若松の城下町(福島県)

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今回は、戦国の時代から数々の有力大名が統治する東北の要地にして、戊辰戦争、白虎隊の悲運で知られる福島県会津若松市を訪ねる。激動の時代を経て、今に伝わる会津人の誇りと気風とは。

現在の会津若松の基礎を整備したのは蒲生氏郷(がもううじさと)。織田信長に才能を見出され、信長の死後、豊臣秀吉に仕えていた氏郷は当時、秀吉の権勢を知らしめ、一帯の大名に睨みをきかせる拠点として、奥州屈指の堅城と城下町を築いたと伝えられている。 若松城の大天守に見守られる会津若松の城下町。名君と語り継がれる氏郷の町づくりとは。

♪会津磐梯山は宝の山よ 笹に黄金がなりさがる~
古くから伝わる民謡「会津磐梯山(あいづばんだいさん)」には、会津の歴史と文化を知る手がかりが散りばめられている。会津の発展を支えた会津磐梯山の黄金伝承、さらに蒲生氏郷がキリシタン大名となった理由に迫る。

町歩きを楽しんでいると、必ずと言っていいほど見かける「起き上がり小法師(こぼし)」。観光客向けに民芸品店で売られているほか、会津では自宅に飾る人も多いという。蒲生氏郷がわざわざ職人に命じて作らせたという小さな民芸品の不思議とは。

「ならぬものはならぬ」とは、会津人の心構えを表す言葉。藩校「日新館(にっしんかん)」では当時、〝什の教え(じゅうのおしえ)〟と呼ばれる規律を厳しく叩き込むエリート教育を行っていた。諸藩の中で常に一目置かれていたという会津藩士。その心を現代に伝える町の取り組みとは。

悲運の最期で知られる「白虎隊(びゃっこたい)」。会津藩では、年長から、玄武、青龍、朱雀、白虎という年齢別の部隊編成を行っており、白虎隊以下の幼少部隊や、「娘子隊(じょうしたい)」と呼ばれた女性部隊も存在していた。白虎隊縁の地を歩きながら、年齢・性別を超えて求められた会津の〝武士道〟について聞く。

締めくくりは郷土料理で一杯。「水蕎麦(みずそば)」の妙を楽しみ、会津を訪ねた誰もが感じるという「三泣き(さんなき)」の話に耳を傾けながら、夜は更けていく・・・

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