パナソニック スペシャル 次世代への羅針盤 伊藤元重の経済×未来研究所

第23回放送テーマ
5月28日(土) 夜8:00~8:54

世界に羽ばたくニッポン企業~海外進出の決め手とは?~

装いも新たにお届けする「経済×未来研究所」
今回のテーマは「世界に羽ばたくニッポン企業」
少子高齢化を背景にマーケットを海外に求める企業が増えている。
しかし、綿密な戦略と展望を持たずに海外進出を企てても成功しない。
様々な業種・分野で海外進出の先駆けとなり、成功を収めている企業を現地取材し、その具体事例から問題の解決策や成功のヒントを探る。

ケーススタディ(1)「公文教育研究会」
世界46カ国・地域で展開される公文式学習法。その海外第1号教室は1974年ニューヨークで開設された。
海外移住者が多いサンフランシスコの教室を、伊藤教授が実際に訪ね、北米公文・楠澤社長を取材。
成功の秘訣は、その国の教育制度に敢えて合わせず、反復学習によって自習力を養うことを基本に置いた点である。日本流「読み・書き・算盤(計算)」の教育理念を世界に浸透させたのだ。

「公文教育研究会」

ケーススタディ(2)「ヤクルト」
「毎日飲んでこそ価値がある」という企業理念の下、ヤクルトでは1963年から、女性販売員(ヤクルトレディ)による訪問販売システムを取って来た。日本には、出前や御用聞きといった独自のサービス文化があり、そのため訪問販売もすんなりと受け入れられたのだ。
ヤクルトレディは自らヤクルトを買って飲む消費者でもある。乳酸菌の効果も実感しており、クチコミ効果も高く、商品の信頼を勝ち得ることに繋がった。
実はヤクルトの海外進出は早く、このスタイルを踏襲して1964年には台湾へ、68年にはブラジルへ進出している。現地からの普及して欲しいという声に応えた形だ。現在では、世界32ヵ国・地域で1日に2600万本も飲まれている。
番組では、実際にインド、ベトナムでヤクルトレディが訪問販売する模様を紹介。世界中殆どの国で、日本同様ヤクルトレディが各家庭を訪問し、販売を行っているのだ。
また最近では、少子高齢化に伴う独居老人の安否確認にも、ヤクルトレディの果たす役割が高く評価されており、ビジネスモデルは新たな展開を見せている。

「ヤクルト」

ケーススタディ(3)「セコム」
1978年、台湾に初めて海外事業所を設立したセコム。実は海外進出には積極的ではなかったという。海外に進出する様々な日本企業向けに危機管理サポートサービスをしていたところ、現地法人を設立して欲しいという要望が多く寄せられたのだ。
今では、アジアを中心に11カ国・地域に事業展開し、セキュリティサービスを提供している。特にアジアでは、未だ人による警備が主流。しかし、その警備員が必ずしも信用できるとは限らないというジレンマが付き纏うのだが、セコムから派遣される警備員は人格が保障されており、しかも最先端の監視システムによってセキュリティが確保されるという安心感から、現地のニーズをも獲得したのだ。
更に評価が高いのは「日本流」の通報システム。欧米流は警報が鳴ると、すぐ警察に通報するため、誤報出動が多い。一方、日本流は警備員が現場を確認してから通報するため、信頼性が高いのだ。
番組では韓国の事業展開を取材。韓国では、警備システム一般のことを「セコム」と称するほどに浸透しており、シェアは70%を占める。
街の到る所にシンボルの赤いステッカーが目立つ。

「セコム」

ケーススタディ(4)「キッコーマン」
「老舗の醤油メーカー」「伝統的な日本企業」といったイメージが強いキッコーマン。実は日本の製造業でもいち早くアメリカに進出し、世界各地に拠点を築いて来たグローバル企業だ。
今や醤油は日本食の世界的なブームに乗って、需要は右肩上がり。
しかし、キッコーマンがアメリカ・サンフランシスコに、初めて海外拠点を開設した1957年は、まさにゼロからの出発だった。
国際化戦略成功の決め手は、醤油をどんな食事にも合う万能調味料として位置づけた点にある。
今やアメリカでは「KIKKOMAN」とはテリヤキソースの定番であり、確実にアメリカの食文化に定着した。
また進出した先の国で「良き企業市民になる」ということを重視し、現地の人をできるだけ採用する姿勢も高く評価されているという。

「キッコーマン」


ゲストコーナー
茂木友三郎(キッコーマン株式会社 代表取締役会長 CEO)

ゲスト:茂木友三郎(キッコーマン株式会社 代表取締役会長 CEO)
1935年千葉県生まれ。慶應義塾大学法学部卒業。1961年、米国コロンビア大学経営大学院を卒業し、日本人第一号としてMBA(経営学修士)取得。
反対の声が多い中、1972年、アメリカ・ウィスコン州に工場建設売上げは急速に伸び、初期投資を5年で回収する予定が、わずか3年でその目標を達成。
1977年海外事業部長などを経て、1995年より代表取締役社長。2004年4月より代表取締役会長。
HOYA株式会社、明治安田生命保険相互会社の社外取締役、株式会社フジ・メディア・ホールディングス、東武鉄道株式会社の社外監査役を務める。