知られざる物語 京都1200年の旅

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2012年6月19・26日放送 
「とんちの一休さん その秘められた真実」

番組内紹介リスト







京都市の南、京田辺市。 東に木津川、西に生駒山系からなるこの自然豊かな地に佇むのは、酬恩庵一休寺。ここはその名の通り、あの一休さんゆかりの寺――。

一休さんと言えば「とんち話」。「この橋わたるな」の立て札のかかった橋をとんちを使って渡ったり、時の将軍、足利義満から屏風の中の虎を「捕えてみよ」と命じられ、とんちで見事にやりかえしたり…。一休さんの楽しいとんち話は、私たち日本人が昔から親しんできたもの。そんな一休さんは、室町時代に活躍した実在の僧侶、一休宗純のこと。どうして私たちは一休さんのとんち話に魅せられ惹かれるのでしょうか。今回は一休宗純がその晩年を過ごしたという酬恩庵一休寺を中心に、とんちの一休さんの真実をひもときます。

嵐山の鹿王院には、一休さんの少年の頃のエピソードと、足利義満ゆかりの品がありました。風光明媚な地として人気の嵯峨野。一休さんはこの嵯峨野近辺で産声をあげ、同じく嵯峨野近くに門を構える、通称「竹の寺」と呼ばれる風情ある寺院、地蔵院で修養されたと言われています。青年の一休さんが修行し、のちにその才能を開花させる詩文を学んだと言われるのが、京都で最も歴史ある禅寺、建仁寺。その塔頭のひとつ、霊源院には若き日の一休さん直筆の書物が。さらに、一休宗純を開祖とし創建された大徳寺真珠庵。ここでは、一休さんが亡くなる直前に記したという貴重な「遺偈(ゆいげ)」が残されていました。書き損じもそのまま残された迫力の書は一見の価値あり。そして酬恩庵一休寺では、室町時代の文化の密かな担い手であった一休さんの文化的一面が垣間見える貴重な寺宝の数々。私たちにとっても身近なある料理も一休さんにゆかりがあるのだとか。また、禅僧とは思えない破天荒な生き方をした一休さん。彼が愛する女性と一緒に過ごしたといわれる貴重な茶室や、一休さん自身の毛髪を植えたと伝わる木像もご覧に入れます。境内の一角、一休さんの眠る墓では、出生にまつわる謎が明らかに…。

自らを風狂と称し、破天荒に生きた一休宗純。その知られざる物語をお楽しみ下さい。


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