ミュージアム・ジャーニー

レオナルド・ダ・ヴィンチ国立科学技術博物館とは?

 

レオナルド・ダ・ヴィンチ国立科学技術博物館は、建物そのものが重要な美術的コレクションだ。
博物館の建物は16世紀に建てられたオリヴィエート派の修道院を利用している。
1943年8月には、連合軍による空爆で重大な被害を被り、戦後、取り壊しか修復かが議論された結果、6年の歳月をかけて修復して、1953年2月16日、ダ・ヴィンチの生誕500年を記念する大展覧会をきっかけに科学技術博物館として甦った。
今、レオナルド・ダ・ヴィンチ国立科学技術博物館は、博物館の名前となったダ・ヴィンチの科学分野での膨大な量の業績を紹介している世界屈指の研究施設である。

レオナルド・ダ・ヴィンチ (Leonardo da Vinci, 1452年~ 1519年)

レオナルド・ダ・ヴィンチ (Leonardo da Vinci, 1452年4月15日 - 1519年5月2日) はイタリアのルネサンス期を代表する「万能の天才」として知られる偉人である。出身地はイタリア・フィレンツェ近郊のヴィンチ村。レオナルド・ダ・ヴィンチとはヴィンチ村のレオナルドという意味である。14~16歳頃にフィレンツェに出て、画家見習いとしてアンドレア・デル・ヴェロッキオの工房に弟子入りしたと言われている。30歳で(1482年)ミラノ公ルドヴィコ・イル・モーロに仕え、ミラノで工房を開き、2度の期間、都合24年間に渡ってミラノで活躍した。
画家としてあまりにも有名なダ・ヴィンチだが、『最後の晩餐』や『モナ・リザ』をはじめ、真作と言われているのは、その数10点にも満たない。どの作品も世界的に有名な盛期ルネサンスを代表する作品となっている。
一方、ダ・ヴィンチは、実に膨大な量の美的な制作物を生み出している。それは、「ダ・ヴィンチの手稿」と呼ばれるもので、現存する手稿はおよそ6,500ページ。それは、メモや備忘録、計算、他人の文章の引用、観察記録、スケッチ、デッサンなどで埋め尽くされ、その内容も、機械工学、土木建築、医学、天文学、数学などの科学分野の極めて広範囲で、かつ独創的な業績を残した。中でも鳥の飛翔に関する研究など、ダ・ヴィンチが空を飛ぶことを真剣に研究していたことは面白い。
また、ダ・ヴィンチは、ミラノ公ルドヴィコ・イル・モーロの「軍事技師」であったため、武器を開発・改良したり、敵の攻撃を守るための城塞を設計することも重要な仕事であった。
晩年の約3年間のダ・ヴィンチは、ミラノを占領したフランス王・フランソワ1世の庇護を受け、王の居城のあるフランス・ロワールのアンボワーズで過ごし、そこで67歳の生涯を閉じた。

レオナルド・ダ・ヴィンチ国立科学技術博物館

所在地  via San Vittore 21, Milano, Italia
開館時間 火~金 9:30~17:00
土・日 9:30~18:30
休館日  月   12月25日、1月1日
入館料  大人 8ユーロ  小人 6ユーロ  大人+小人 9ユーロ
団体(10名以上)各人 6ユーロ
潜水艦「エンリコ・トッティ号」特別料金 8ユーロ
(2007年10月20日現在)