SHISEIDO presents エコの作法
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2011年8月5日・19日・9月2日放送 「巡る×水(前編)」

水。
それは私たちが生きるこの星の命のエネルギー。
あらゆる生き物にとって、欠かせない大切な水。

「巡る」
山で生まれた小さな滴は、木々の間を流れ川となり、やがて海へとそそがれる。
流れながら巡ることで、命をはぐくみ、恵みをもたらしてくれる、水。

岐阜県 郡上八幡。
そこでみつけたのは、日本人がもっていた、水と暮らす知恵。

町を巡り、人を巡り、自然を巡る、水。
世界に誇れる水の町、郡上八幡には、水と共存する叡智が、溢れていたのです。

長良川の上流に位置する岐阜県、郡上八幡。
この町は、いつのころからか「水の町」と言われるようになりました。

奥美濃の山々の谷間にあり、三方を山に囲まれたこの地は、はるか昔から、山から生まれた豊富な湧水がいたるところでこんこんと湧き出ています。

さらに、川にも恵まれています。
町の中央を東西に流れる吉田川(よしだがわ)。
魚道(ぎょどう)を配し魚にやさしい川づくりが進められた小駄良川(こだらがわ)、さらに小さな小さな清流、乙姫川(おとひめがわ)。
この3つの川が合流し、長良川の上流に流れ込む地が、郡上八幡なのです。

この町では水道を通ってくるものだけが水ではありません。

町の中を巡るように流れているのは、川の水をひいた用水路。
そして今でも現役で使われている井戸水や山の恵み、湧水。

郡上八幡の町は、歩いていると爽やかな涼風とともに、どこからともなく清らかなせせらぎの調べが聞こえてきます。
郡上八幡に用水路が開かれるようになったのは江戸時代のこと。
町の多くを焼き尽くした、大きな火事がきっかけでした。
城下町を改造して用水を開き、さらにその水を分水させる小さな水路を町中にはりめぐらせたのです。

いがわこみち、島谷用水もそのひとつ。
吉田川から引き入れた用水路には、流れる清らかな水。

「かわど」と呼ばれる共同の洗い場。
ご近所の奥さん達が、冷たい用水の水を洗濯に利用していました。

川の水で洗濯をする・・・
なんだか昔話のようですが、生活用水として川の水を使うのは、ここでは、ごくごく当たり前のこと。
洗濯機で洗っても、最後だけは、今でも鯉が泳ぐかわどで、すすいでいくんだとか。

町のあちこちにあるかわどは、お母さんたちのちょっとした社交場。
辛い水仕事だって、みんなとおしゃべりをしながらやっていると、あっという間です。
毎日、ご近所の人と顔を合わせることで、地域の結びつき、そして水を大切にする心も強くなっていくのかもしれません。

八幡城のふもと、柳町(やなぎまち)地区。
古い町並みが保存されたここでも、水が作る美しい景観が残されています。

家の軒先には、江戸時代に上流の川からひいた用水路が・・・
今も、きれいな水がさらさらと音をたててながれています。
自分が使った水も、流れてまた誰かが使う。
いつまでも大切な水を、美しく使っていたい・・・

そのためには、日々の生活の中で積み重なっていくちょっとした気配りがありました。
その一つが、地域の人たちが日替わりで交代する当番制の川掃除です。

用水路に何か異常があれば、地区長に報告。
そして、掃除が終わったら、札を隣の家に置いておくのが、ならわしです。
こうして、水巡る町に住む人たちは水を守ってきたのです。
80年以上、この用水を見守り続けてきた下村さんは、この地に住む人は、水に対して水道とは違う意識を持っているといいます。
自分の使った水が、その先どこを流れていくのか・・・
自然への思いやり、人への思いやり、そう思いを巡らせることで、水は単に水ではなく人と人とを、人と環境とをつなげるものになっていくのかもしれません。

水を豊富にたたえる山々に囲まれた郡上八幡は、湧水にも恵まれました。
町の中では、100カ所以上も水がわき出ています。

日本名水100選の第一号に選ばれた宗祇水(そうぎすい)もそのひとつ。
この美しい姿を守ろうと、なんと大正時代から、史跡保存が進められていました。

今でも観光客に人気のスポット、宗祇水。
その理由は、なんといっても透き通った美しい水。

山のふもとにある、尾崎地区。
ここでは湧水が生活用水として大切に使われています。

それが郡上特有の水システム。段差のある水槽で、水を使い分ける水舟(みずぶね)。
湧水や山水をパイプで引きこみ、飲み水、保冷、洗いものにと段差を使って、冷たい湧水を効率よく使うことができる機能性にすぐれた水循環システムです。

一度ならずと、繰り返して山の恵み、湧水を使う。
これも、水を愛し、大切に扱ってきた郡上八幡の人々ならではのアイディアでした。

郡上八幡の町を東西に流れる吉田川。
川辺を歩いていると、川を渡る風が、心地よさを運んでくれます。
心を潤し、やすらぎを与えてくれるのも、水の働きのひとつ。
ちょっとクールダウンに、川に入ってみましょうか・・・

川からさわやかな風が、家中を吹き抜け夏でもエアコンいらずなんだとか。
この家にとって、目の前に流れる川はまるで庭のような存在。
家の作りひとつとっても、郡上の人々が、いかに川とともに暮らしてきたかがわかります。

水の流れに響き渡る、アボリジニーの楽器、ディジュリドゥの音色・・・
演奏するのは、リチャード。ジャヌタカさん。
町の中心部から少し離れた山の中。リチャードさんは3年前、家族とともにこの地へと移住してきました。

カナダ出身のリチャードさん。妻の千香さんともに、自然を愛するナチュラリストです。
この地を選んだ理由はやっぱりお水でした。
リチャードさんがライフワークとして取り組んでいるのが、自然農法による農業。

豊かな水に恵まれた郡上の地は、自然農法にはもってこいの土地でした。
この畑には、様々な作物が植えてあります。

農薬に頼らず、土地本来の力で作物を得たい・・・
時間はかかっても、自然のバランスを活かした農業の方法を研究しているリチャードさん。
この畑の中にいると自然の巡りを感じると言います。

深い洞窟に湧き出た清れつな湧水。
沢となり、やがて川となって山をくだり、だんだんと大きな流れになって町へと流れこみます。

郡上八幡に流れ込む川の一つ、乙姫川。
その水の行方を辿ってみることにしましょう。

八幡を代表する禅寺、慈恩寺。
このお寺に、上流で分水された乙姫川の水が流れ込んでいました。
庭園には、背後の山から引き入れた水が小さな滝となり、見事な景観を作りだしています。
幽玄な雰囲気の中、この滝のしぶきは、訪れる人の心を清らかに洗い流し、池の水面は、慈しみの気持ちで心を潤してくれるかのようです・・・

岐阜県重要無形文化財にも指定されている郡上本染、渡部染物店。
店の前に流れているのは、あの、乙姫川の水。

江戸の創業以来、430年以上にわたって山水と草木を使った郡上本染めの伝統を守り続けている老舗です。
藍染は、藍の葉を染料にした自然の染物。
まずは、すくもと呼ばれる藍の葉を発酵させたものを、植物と水から作った灰汁(あく)の中に入れていきます。
そこへお酒やふすまなどを加え、丁寧に混ぜ合わせていきます。

そして待つこと10日から2週間。発酵が進んだ藍液は、茶色かった泡が濃い青色になりました。
藍の花と言われるこの泡が、濃い紫色になったら、ようやく染め時です。
明治の末期以降、人工染料に押されて衰退の一途をたどった天然染料の藍染め。
その理由は、このあまりにも手間がかかる工程でした。
そして、最後に染料を洗い流すのが、店の前を流れる水の町、郡上八幡でも屈指の名水、乙姫川の水。

布を水につけた瞬間・・・
藍色がきりりと引き締まり、白地が浮かび上がってきました。
郡上八幡の伝統文化を作り上げた乙姫川の水。
その流れは、幾度も山を下りながらやがて下流の町へと流れつきます。
汚れることなく、水質が保たれた乙姫川の水は、そうして町へ巡り、人々の生活を潤していくのです。
水とともに生きる郡上八幡。
水を巡って人と人の絆が深まり、水の恵みを活かし人と自然が共に生きる街、郡上八幡。
「水は巡るもの」
長い時間をかけて、私たちの元へと巡ってきた水。
それは、人間には作り出せないあらゆる生き物に与えられた地球からの贈りもの。
そのことに、もう一度ちゃんと向き合えた時こそが、美しい明日への扉なのかもしれません。

郡上本染 渡辺染物店

住所:〒岐阜県郡上市八幡町島谷737
電話:0575-65-3959

鍾山 慈恩禅寺


住所:岐阜県郡上市八幡町島谷339
電話:0575-65-2711

手打ちそば 蕎麦正 まつい


住所:岐阜県郡上市八幡町鍛冶屋町774-2 電話:0575-67-0670

醸造元 郡上地みそ 大黒屋


住所:岐阜県郡上市八幡町本町837
電話:0575-65-2071
http://www.kaneko-daikokuya.com/

郷土料理 郡上の味 大八


住所:岐阜県郡上市八幡町肴町
電話:0575-65-3709

ドラ・トーザン(Dora Tauzin)


<プロフィール>
国際ジャーナリスト。エッセイスト。
ソルボンヌ大学応用外国語修士号取得後、パリ政治学院(Institut d'Etudes Politiques de Paris, Sciences-Po)成績優秀者の認定を受けて卒業。
フランス語のほか、英語、ドイツ語、イタリア語、日本語の5カ国語を話し、ベルリン、ロンドン、ニューヨークで暮らした経験のある国際人。国連広報部勤務後、NHKテレビ「フランス語会話」への5年に渡る出演がきっかけで日本に住むようになる。慶応義塾大学講師などを経て、現在、東京日仏学院、アカデミー・デュ・ヴァンなどで講師を務めながら、日本とフランスの架け橋として、新聞、雑誌への執筆や、講演、イベントでの司会など各方面で活躍中。テレビ番組でのコメンテーター、レポーターとしての出演も多い。朝日新聞にて「Doraのドラ猫ボンジュール」(07-08年)、東京新聞にて「本音のコラム」 (09年)連載。著書多数。最新著書「ママより女」(小学館)。( 文化庁「文化発信戦略に関する懇親会」委員。文化庁より長官表彰(文化発信部門)。

■ドラ・トーザン.net
http://www.doratauzin.net/