SHISEIDO presents エコの作法
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バックナンバー

2013年6月7日・21日放送
2014年6月27日放送
「仰ぐ×飛騨高山と世界遺産白川郷」 

岐阜県北部に位置する、飛騨地方。
中央部にある高山市を中心に、土蔵の建物が並ぶ飛騨古川、世界遺産に登録されている白川郷など個性豊かな町が点在しています。

日本の原風景を望む町、世界遺産白川郷。
山深い谷間のこの集落には、今も茅葺き屋根の建物が点在する景観が広がります。
屋根が両手を合わせて拝む時の形に似ていることから、「合掌造り」と呼ばれ、江戸時代中期からおよそ250年の間に多くの合掌家屋が建てられました。
本を開いて立てたような、三角形の屋根が特徴。
屋根の両端は「妻」といい、この形式の建物を「切妻造」と呼ばれます。
合掌造りの屋根は大きく、きつい傾斜でほぼ60度という急勾配。
さらにこの町の合掌造りは風向きと日当たりを考え、川風が南北に吹くため窓を南北に、日光を多く取り入れるため屋根は東西を向いています。
白川郷を世界に広めたドイツの建築家ブルーノ・タウトさんは、その景観と建物を称賛し後に人々の生活の場そのものが世界文化遺産に登録されました。

自然の恩恵を受け、暮らしの知恵から生まれた白川郷の合掌造り。
山に囲まれ、山林資源が豊富だった飛騨の人々は木材を扱う技術に優れていました。
その技術の秀逸さから「飛騨の匠」と呼ばれ文化へと発展したのです。

かつて幕府の天領として栄え、古い町屋造りの商家が残る城下町、飛騨高山。
江戸の文化が伝わり「だんな衆」と呼ばれる豪商を中心に文化が花開いたところです。
京都と江戸の良さを併せ持つこの町は「飛騨の小京都」と呼ばれています。
だんな衆の財力と飛騨の匠の名工によって築き上げた町並みの経年美。
ここに飛騨の名工が手掛けた館「吉島家住宅」があります。
天明4年より酒造を家業としてきた豪商宅。
現在、国の重要文化財として指定されているこの住宅は、明治38年の火災後に再建されたものです。
そこは、土間の高い吹き抜け。天井を張らず、屋根を支える柱や梁がむき出しの美しい空間が広がっていました。
ジャングルジムのように木材を垂直と水平で組み合わせた和小屋工法。
まるで見る者を森の中の木立に誘うような木組みです。
こんなにも大きな吹き抜けが造られたのは明治以降の建物であるからです。
江戸時代の幕府による軒高制限で、ヒノキ・ケヤキ・スギなどの木材の使用が禁止されました。それが明治維新に解き放たれたことによりだんな衆が私財を投じ、長年培ってきた匠の技術が開花され、このような大規模な吹き抜けを完成させました。 天井を見上げると大きな天窓があります。
電気のない時代、こうした天窓から灯りを取るために吹き抜けは民家にとって重要なものでした。
天窓から投げかける光の移り変わりとともに、人々は立体格子の陰影と色合いの転変を楽しみ時間経過も見たのです。
さらにこの天窓は囲炉裏で暖を取っていたことから、煙を外へ逃がす役目も果たしたといいます。

そして、飛騨の匠の文化を引き継ぐもうひとつの町が飛騨古川。
天正17年、金森可重(かなもりよししげ)がこの地に増島城を築いて以来、城下町として栄え古い町並みが残っています。
瀬田川に沿うように白壁の土蔵が並ぶこの町も、飛騨の匠の伝統が受け継がれた建物が随所にあります。
古川では、建物に飛騨古川の職人の誇りが見られるといいます。
それは「雲」です。
雲とは、柱の真上にある桁を支える軒下のひじきに装飾を施したもの。
一般的には「こふで」と言われています。
一軒一軒よく見てみると、模様がそれぞれ違います。
これは棟梁によってデザインが異なり、自分が手掛けた建物に同じ文様をつけることで、誰が建物を建てたのかわかるサインになっています。
この雲形肘木の形は約170種類あると言われており、飛騨の匠と称された古川の大工の誇りです。

現代の生活の中で森や木と触れ合うことが少なくなり、まして都会に住む人たちは自然との関わりも失われつつあります。
しかし、森や木は人間が暮らしていく上で必要なもの。
森は私たちの心も豊かにしてくれるのです。
飛騨高山の市街地から車で15分、辺りは森に囲まれた自然豊かな場所。
ここに木を使った循環社会を目指し様々な活動をしている人がいます。稲本正さんです。
稲本さんは再生可能な木で、お椀から建物まで有効利用。
100年使えるものを作り出すことを目標にしています。
もちろん自宅も自らリノベーション。
そして山から木を1本もらったら1本植えて返しています。

江戸時代、諸国を行脚しながら仏像を掘り出した円空が生涯に12万体を彫り上げた「円空仏」
全国に現存する数が5000体以上とも言われています。
穏やかな表情でありながら、荒々しく彫り出された跡。
実は円空は晩年、飛騨で過ごしたとされています。
飛騨千光寺。別名「円空仏の寺」
一宿一飯のお礼に、その土地で手に入った木に刃物をいれて仏像を造り渡したと言われています。
円空は仏像を自分で彫り上げるというよりも、余分なところを削ぎ落とすことで木の中に仏を見つけ出していました。

神田家

〒501-5627 岐阜県大野郡白川村荻町796番地
TEL:05769-6-1072
http://kandahouse.web.fc2.com/

吉島家

〒506-0851 岐阜県高山市大新町1-51
TEL:0577-32-0038

茶の湯の森

〒506-0032 岐阜県高山市千島町1070
TEL:0577-37-1070
http://www.nakada-net.jp/chanoyu/

オークヴィレッジ

〒506-0101 岐阜県高山市清見町牧ヶ洞846
TEL:0577-68-2220
http://www.oakv.co.jp/

飛騨千光寺

〒506-2135 岐阜県高山市丹生川町下保1553
TEL:0577-78-1021
http://senkouji.com/

イェンス・イェンセンさん


<プロフィール>
デンマーク出身。2002年より東京在住。
デンマーク大使館勤務・北欧料理研究家・一般社団法人日本コロニヘーヴ協会の代表理事
デンマークの料理やデザイン、北欧のライフスタイルの提案など多岐にわたる活動をしている。現在はデンマーク大使館に勤務し、休日には小田原の田園に仲間とつくったデンマークスタイルの家庭菜園「コロニへーヴ」に通う。