熱中世代 大人のランキング

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2017年3月12日

熱中ゲスト

女優 岡田茉莉子 <前編>

ゲストは女優の岡田茉莉子さん。65年の女優人生を走り続け、これまでに出演した映画は180本以上に及ぶ。母は元宝塚のスター、父はサイレント映画時代の大スターという家庭に生まれ、1951年に映画「舞姫」で銀幕デビュー。以来名だたる名監督たちの作品に出演し、日本映画の黄金期を支える女優となった。夫は映画監督の吉田喜重さん。独立プロを立ち上げ夫婦で作った作品は、国内外で高い評価を受けている。その波乱万丈な半生と映画にかける情熱を2週にわたり紹介する。

父を知らない少女時代と戦争の記憶

岡田さんの父はサイレント映画時代の大スター、岡田時彦。しかし、岡田さんが1歳の時に父親が亡くなったため、その面影を知らずに育ったという。少女時代は意外にも内気で孤独を愛する少女だった岡田さん。そんな娘を女手一つで育てたのが、元宝塚のスターである母だった。そして、その母こそが少女時代の岡田さんの、“世の中で一番怖い人”だったという…。
太平洋戦争開戦の翌年、母親とともに上海へ渡った岡田さん。その後、戦火に追われるように各地を転々とする生活の中で、幾度となく命の危険を感じたという。疎開先の新潟での機銃掃射、そして東京大空襲…。忘れることのできない戦争の記憶を語る。

亡き父との運命の出会い

女学校に進み演劇部へ入った岡田さんは、亡き父と“運命の出会い”を果たすことになる。偶然観たサイレント映画のことを母に話すと、その映画の主演俳優こそが岡田さんの父親、岡田時彦であると告げられたのである。突然の母からの衝撃の告白…しかし、それを聞いた岡田さんの反応は意外なものだった。

女優・岡田茉莉子の誕生

高校を卒業した岡田さんは東宝に勤める叔父の勧めで、東宝演技研究所へ入所した。すると、わずか入所2週間で映画の準主役として異例の大抜擢を受け、銀幕デビューを果たす。しかし、撮影後に映画の世界に向いていないと感じ、女優を辞めたいと母に相談する。そこで岡田さんは、母から“ある言葉”を聞き、女優を続ける決意を固めた。岡田さんの人生を変えた、母からの “言葉”とは。

岡田茉利子を育てた日本映画の黄金期

たちまちスターダムを駆け上がり、銀幕スターとして活躍するようになった岡田さんは、錚々たる共演者や監督たちと日本映画の黄金期を支えた。そんな華やかな映画界での裏話を語る。そして、中でも思い出深いのが、生前の父とも親しかった巨匠・小津安二郎監督。岡田さんが垣間見た、小津監督の意外な一面とは。

カルチャーランキング

日本初出店 フランス冷凍食品専門店「ピカール」人気ベスト5

フランスの冷凍食品専門店「ピカール」が2016年秋に日本に上陸した。
ヨーロッパの香り漂うラインナップの中から「ピカール人気商品ベスト5」をご紹介。
都内に3店舗を展開するピカール。今回は角澤アナウンサーがスタジオを飛び出して
その魅力を体感する。
世界三大珍味として有名な、あの高級食材も登場。そしてその手軽な調理方法もご紹介。
フランスならではのラインナップとなった気になるベスト5とは…。
見た目にも楽しめる本格デザートや、お酒にピッタリな前菜など、その魅力をたっぷりと伝える。

岡田茉莉子さん

1933年東京生まれ。
父は俳優 岡田時彦、母は宝塚歌劇の田鶴園子。
1951年、成瀬巳喜男監督「舞姫」で女優デビュー。1957年に東宝をはなれ、フリーを経て松竹と契約。 
小津安二郎、木下恵介などの名監督に愛され、日本
映画を代表する女優として活躍。
1962年には出演100本記念映画「秋津温泉」の主演とプロデューサーを務め、毎日映画コンクール女優主演賞などを受賞。1964年に吉田喜重監督と結婚。
舞台、テレビでも活躍の場を広げる。
「エロス+虐殺」「鏡の女たち」など吉田監督との
作品は国際的にも高い評価を受けている。


BS朝日 第99回全国高校野球選手権大会中継による休止延長についてのおしらせ
BS朝日 第99回全国高校野球選手権大会中継