
キング・オブ・ポップ=マイケル・ジャクソン。世界各国でのナンバーワン・ヒットは25曲を超え、1982年の「スリラー」は全世界で1億枚以上を売り上げ、ギネスで史上最も売れたアルバムに認定。シンガーとしてだけでなく、パフォーマー、コンポーザー、ダンサー、音楽プロデューサーとして、あらゆる分野でポップ・ミュージックの最高到達点を示し、後年のアーティスト、クリエーターたちに多大な影響を与え続けている。
リクエストTOP108月29日に50歳の誕生日を迎えるマイケル・ジャクソン。彼の生誕50年を記念して、番組に寄せられた多数のリクエストの中から、トップ10を発表。

2001年にリヴァプールにて結成。デビュー・アルバム、セカンド・アルバムともにUKで60万枚以上の売り上げを記録。またセカンド・アルバムからのシングル「Valerie」は60sのモータウン・サウンド風にテンポアップする形でカバーされ、原曲を超える全英2位のヒットになったことで、改めてズートンズの才能も着実な評価を得た。
「Always Right Behind You」2年ぶり3枚目となるニューアルバム「YOU CAN DO ANYTHING」からのファーストシングル。プロデューサーにブラック・クロウズやプライマル・スクリーム等で知られているジョージ・ドラキュリアスを迎えてロサンゼルスで制作された。


20世紀を代表するソングライター/メロディメイカー。1973年、アルバム「ピアノ・マン」が50万枚を越す大ヒット。1978年「ニューヨーク52番街」をリリース。初の全米No.1ヒットとなり、第22回グラミー賞でも最優秀アルバム、最優秀男性歌手賞を受賞。このアルバムは1982年に世界初のCDとして発売される。
「The Stranger」ピアノ・マン、ビリー・ジョエルの大出世作「ストレンジャー」30周年記念盤に収録されている1977年のライヴ映像。オリジナル盤はフィル・ラモーンをプロデューサーに迎え「Just The Way You Are」は第21回グラミー賞で最優秀レコードと最優秀楽曲賞を受賞。アルバムは全米最高位2位、全米セールス1000万突破。日本でも100万枚を記録している。


1987年LA生まれの21歳。16歳の時、キャピトル・レコーズの社長にその才能を認められレコード契約。“キング・オブ・ダンスホール”ことビーニ・マンとコラボしたデビュー・シングル「ジンギー」は、2006年の夏のキラーチューンとなり、1stアルバム『インターナショナル』は、日本だけで15万枚を売り上げ、驚異的な記録を打ち立てた。
「Losing Control」音楽で幻惑されて制御不能になるという刺激的な詞と軽快なリズムをもつパーティー・チューン。2年ぶりとなるセカンド・アルバム『GEM-IN-I(ジャミナイ)』からのファースト・シングル。ブラザー・ジョンソンのギタリスト、ジョージ・ジョンソンを叔父に持つ若干22歳の若き天才ジュークボックスがプロデュースを手がける。


2005年、16歳でデビュー・シングル「アンチコンフォーミティ」を発表、日本でもラジオチャート3週連続1位、5月度月間1位を獲得し、アルバム「クリスタル・マイヤーズ」も大ヒット。2006年にはセカンド・アルバム『ダイイング・フォー・ア・ハート』を発表。そして2008年、ダンス・サウンドを取り入れたサード・アルバム『メイク・サム・ノイズ』を発表。
「Make Some Noise」2008年7月、1年9ヶ月ぶり待望のサード・アルバム『メイク・サム・ノイズ』からのファースト・シングル。アヴリル・ラヴィーンなどを手がけたイアン・エスケリンに加え、よりビートやキーボードサウンドを多用したダンス・サウンド的アプローチのアルバムに仕上げたかったという本人の希望により、Double Dutchという男女2人組のプロデューサー/ソングライター・チームを起用。


ドバイで育ったシンガーソングライター。20歳の時にカナダに移り住みプロデュース業などの”裏方”としてキャリアをスタート。すぐさま才能を発揮し、様々な音楽賞を受賞。2006年より「カール・ウルフ」としてソロ活動をスタート。ローリン・ヒルやメアリー・J・ブライジといったスーパースターのオープニング・アクトを務めた。
「Africa」地元ドバイ、カナダを中心に活動をしてきたカールが世界レベルへ羽ばたくきっかけになった、TOTOの大ヒット曲「アフリカ」のリメイク。インターネット動画サイトで軽く50万ヒット超えの爽快感120%、一度聴いたら耳から離れないフック、R&Bフレイヴァー抜群のコーラス・ワークと3拍子揃ったこの夏のアンセム間違いなしのトラック。

