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~驚嘆!ひばり3つの挑戦~

■番組概要

今も衰えぬひばり人気。私たちにひばりが残してくれた曲はおよそ1500曲。その1曲1曲に、ひばりと作家たちのドラマがある―。名曲にどのようにして生まれたのか。懐かしい映像とともに、名曲誕生のエピソードを紹介するシリーズ。

今回、番組は「美空ひばりの挑戦」にスポットを当て、その秘話を歌唱映像や関係者の証言で紹介する。ひばりは天賦の才能を持ち合せていただけではなく、時代を切り開く“挑戦者”でもあった。ひばりは未経験のことでも果敢に挑戦。それを楽しむかのように見事に自分のものにして人々を魅了した。その中には詳細があまり知られていない2度目のアメリカ公演、オペラへの挑戦、作曲家・山田耕筰のレッスンなどもあった。ひばりが取り組んだ3つの挑戦をひもとく!
 

■放送内容

【ひばり36歳!アメリカで歌う】
昭和48年8月、36歳のひばりは2度目のアメリカ公演をロサンゼルス、サンフランシスコ、シアトルの3カ所で行った。公演実施にひと肌脱いだのは作曲家の小林亜星。小林は当時よく仕事でロサンゼルスに行き、日系人たちが「ひばりが来ないと戦後が終わらない」というのを聞き仲介を買って出たのだ。指揮はフランク・シナトラのアレンジャーとして知られるネルソン・リドル。会場はトップアーティストのみが使うことのできる格式高いホール。日本からは琴、尺八、ギターに殺陣の役者のみが同行。ひばりは日系人たちだけでなく指揮者のリドルをも感動させ、リドルはひばりの歌唱力を「超一流」と絶賛した。当時の映像はないが、ライブ音源と写真が残されている。
 

【ひばりオペラを歌う!】
テレビ朝日「題名のない音楽会」は、歴史を誇るクラッシックの番組で今も放送中である。昭和61年、1000回放送を記念して、49歳のひばりに出演依頼が来た。オーケストラをバックにひばりの世界を歌うのである。これまでのヒット曲に小唄、端唄、都々逸、さらに提案されたのは未経験のオペラ。ひばりはこれを快諾し、プッチーニの歌劇「トスカ」のアリア「歌に生き、恋に生き」を歌った。圧倒的な歌唱力。司会の作曲家・黛敏郎は驚きをもって絶賛。後日談もある。この映像を“宝物”として保存していたのがNHK交響楽団の指揮者・岩城宏之だ。岩城は自らの著書に「音楽史上唯一の『天才』はモーツァルトだけだというのが常識である。しかし、ぼくはこの言葉をためらいなく美空ひばりさんにも使いたい」と記した。
 

【美空ひばり × 作曲家・山田耕筰】
昭和30年、18歳のひばりは日本を代表する作曲家・山田耕筰のレッスンを受け、「山の小駅」「風が泣いている」の2曲のオリジナル曲を提供された。レッスンの際、山田のアシスタントが「その歌い方は違う」というと、山田は「ひばりちゃんが好きなように歌えばいい」と発言した。さらに、山田はひばりを「何万人に1人という天分を持つ立派な芸術家」と絶賛。また、「私の歌をひばりに歌って欲しい」との遺言も残した。ひばりは山田亡き後、「ひばり 山田耕筰を唄う」(全22曲、1974/8/25発売)のアルバムを発表した。
 

【美空ひばりの挑戦 その歩み】
・14歳、女性歌手として歌舞伎座初出演
・16歳、ジャズに挑戦。ネイティブと思わせるような見事の発音とフィーリング
・20歳、映画でチャンバラに挑戦。殺陣師をうならせるほどの感の良さ
・27歳、歌と芝居の二部構成の劇場公演を新宿コマで開催
・33歳、ブラジル公演。「私の歌を聞きたい人がいればどこに行く」
・44歳、50曲熱唱の35周年武道館ライブを開催(昼夜2回で計100曲を歌う)
・50歳、東京ドームの杮落としコンサートを日本人として初めて開催
 

≪紹介予定曲≫
歌に生き、愛に生き(オペラ)・赤とんぼ(山田耕筰作品)・風が泣いている(山田耕筰作品)・曼珠沙華(山田耕筰作品)・関東春雨傘・真赤な太陽・東京キッド・愛燦燦・唇に花シャッポに雨・新内くずし「吉三節分」・ロマンチックなキューピット・芸道一代
ほか
 

■CAST
出演:小林亜星 ほか
ナビゲーター:下平さやか(テレビ朝日アナウンサー)