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#125

黒柳徹子(女優)

ゲスト×インタビュアー
黒柳徹子(女優)×野際陽子(女優)

インタビュアー野際陽子が大親友・黒柳徹子をゲストに迎え2人の本音トークが繰り広げられた。
女優・黒柳徹子は1953年、NHKの専属女優1号としてテレビの世界に入り、以来多くの人気番組で活躍。
さらに、1981年に戦後最大のベストセラーとなった「窓ぎわのトットちゃん」を発表。
そして1884年にはアジア人初のユニセフ親善大使に任命され、世界の恵まれない子供たちとも触れ合ってきた。
テレビ創世記から今に至るまで、お茶の間に愛され続けるその強烈な個性は、
どんな人生を積み上げて培われてきたのか?親友・野際陽子が聞きだす、本当の黒柳徹子とは?

黒柳徹子の知られざるプライベートに踏み込むために、用意したインタビュー場所は、黒柳徹子いきつけのピザ店。
おススメの絶品ピザを頬張りながら、幼少期のことからNHK時代。そして「徹子の部屋」に、窓ぎわのトットちゃん…。
そして、残された人生の時間…。野際陽子が遠慮なく切り込んでいく。やがて黒柳徹子の心に刻まれた”人生の言葉”が見えてきた。

「窓ぎわのトットちゃん」に見えてきた黒柳徹子の原点…。
『私はLD(学習障碍児)だったかもしれない…』。小学生のころ授業中の態度が問題になり小学校を退学になった黒柳徹子。
幼い頃のエピソードの裏側に隠された黒柳の本音を野際陽子が炙り出す。

テレビ放送劇団の試験を受け、6000人の中から見事合格した黒柳。新人時代は目立ち過ぎだと注意され、
もう帰っていいと収録中に降板させられ悩む毎日だった。そんな黒柳にチャンスが到来。
NHKラジオ「ヤン坊ニン坊トン坊」でトン坊役のオーディションに合格。
その演出家に「あなたのその個性が欲しいから、直してはいけません」とアドバイスを受け、それが当たり役になった。
以来、お茶の間の人気者になっていった。
ともにおなじNHK出身の野際、テレビ創生期を知る二人だからこそ語れるテレビの歴史が明らかに!

1976年に放送が始まった「徹子の部屋」に19回の出演歴を持つ常連ゲストの野際。
気心知れた二人だからこそ語られる、「徹子の部屋」舞台裏とは?

そして、黒柳徹子から衝撃発言が…!
「結婚も諦めたわけではない」、そして、「今後、政治記者になりたい」…。
野際がこの発言の真意に迫った!