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#316

佐野史郎(俳優)

ゲスト×インタビュアー
佐野史郎(俳優)×石原正康(編集者)

1955年、山梨県生まれ。生後2カ月で家族は東京練馬区に引っ越すが、驚くことに佐野はこのころの記憶を覚えているという。小学1年生の時、島根県松江市へ。実は佐野家は、松江で江戸末期から代々続く開業医。築150年の病院兼自宅で佐野は、ある物に熱中し、ドラキュラや妖怪など幻想怪奇の世界にどっぷりとハマっていった。
高校を卒業すると、単身上京。美術の学校に通いながら、役者を志す。初舞台は、20歳の時。劇団「シェイクスピア・シアター」の旗揚げ公演に参加、そのまま5年間、みっちりと実績を積んだ佐野は、意を決し憧れの劇団の門をたたく。それが、唐十郎主宰の「状況劇場」だった。見事、試験に合格した佐野は、25歳で入団を果たす。ところが、入団5年目、佐野に唐十郎から“役者失格”通告が突きつけられる。思いも寄らぬ通告に退団を余儀なくされるが、佐野には退団を認めざるを得ない心根が入団当初からあったという。その真相とは?
1984年、29歳で「状況劇場」を退団し、10年間の役者人生に終止符を打った佐野は、驚きの行動に出る。ロックバンド「タイムスリップ」を結成し、ミュージシャンへと転身を図ったのだ。この時のロックミュージシャンへの転身は、どのような意味があったのか?
その後、佐野を役者の世界へと戻す、運命の人に出会う。後に映画監督として数々の作品を世に送り出す、林海象だ。ライブの打ち上げで、偶然、林と出会った佐野は、「自分のデビュー作に主演で出てほしい」と声を掛けられたという。
スクリーンデビューから2年、俳優・佐野史郎に転機が訪れる。それは、宮沢りえ初出演映画として話題を集めた「ぼくらの7日間戦争」への出演だった。佐野が演じたのは、校則に厳しい教師役。見ているだけで腹が立つ役柄が、それが見ごとにはまった。以降、北野武監督作品の「保身のために事件を闇に葬る警察署長」など、“とにかくイヤなやつ”役の依頼が次々に舞い込むように。
1992年、37歳の時には、ドラマ「ずっとあなたが好きだった」で本領発揮。佐野演じる冬彦は、マザコンでオタクのエリート銀行員。狂気を秘めた佐野の演技に世間も注目し、最高視聴率は、34.1%を記録。“冬彦さん”誕生秘話、そして共演者の意外な裏話まで、当時の思いを赤裸々に語る。
10年ほど前から、故郷・松江ゆかりの小泉八雲の怪談を朗読する公演を行っている佐野。自らが書いた台本に、高校の同級生であるギタリスト・山本恭司が音楽をのせている。卓越した言葉選びと音楽で、幽玄の世界を浮かび上がらせる独特のステージ…。ここで佐野が表現したいものとは?
インタビュアーは、編集者の石原正康。役者歴42年、“怪優”とも称される佐野史郎の素顔に、鋭く切り込んでいく!