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#366

天龍源一郎(元プロレスラー)

ゲスト×インタビュアー
天龍源一郎(元プロレスラー)× 舘野晴彦(編集者)
 
1950年、葉タバコを栽培する農家の長男として福井県勝山市に生まれる。幼いころから体が大きく、相撲が得意な少年だった。中学2年生の時、すでに身長は180センチ。規格外の体格は、すぐに相撲部屋の関係者の目に留まった。思えばこれが、格闘家人生の始まりとなる。
1963年、13歳で上京し、昭和の名横綱・大鵬がいた二所ノ関部屋に入門。その後、前頭筆頭まで上がるが、1975年に親方が亡くなると、後継者問題が勃発し、相撲ができる環境ではなくなった。そんな時、ジャイアント馬場と出会い、プロレスラーへの転身を図ることになる。
しかしプロレスの世界は、試合に勝っても、なぜか観客が喜ばない。違和感を覚えていた天龍に転機が巡ってきたのは、転身からすでに5年が経った時だった。天龍は、半ばヤケクソで前代未聞の“禁じ手”を使い、観客を大いに沸かす。その“禁じ手”とは?
その後、ジャイアント馬場・アントニオ猪木の2大巨頭から、フォール勝ちした唯一の日本人レスラーとなる。一切手を抜かない天龍の闘志むき出しのファイトスタイルは、ファンの絶大なる支持を得てきた。そして、いつしか“ミスタープロレス”と呼ばれるように…。
2010年には、ついのすみかとして、自身のプロレス団体「天龍プロジェクト」を旗揚げし、当時27歳だった娘を代表にすえた。なぜ、娘にプロレス団体の代表の座を託したのか? その意外な理由とは?
還暦を超えてもなお、生涯現役を高らかに宣言し、娘と共に歩み出すが、数年後、悲劇が訪れる。妻・まき代さんが心不全、肺がん、胆のう全摘出…と度重なる病に襲われたのだ。天龍は自ら、52年の格闘技人生に終止符を打つことを決意する。この時、天龍65歳。普段ファンの前では決して見せることのなかった、天龍源一郎の家族との絆が明らかに。
今年、天龍の現役生活最後の1年に密着したドキュメンタリー映画が公開され、大きな反響を呼んだ。プロレスラーとして、一家の主として、天龍源一郎は、いかにして闘い続けてきたのか? そして天龍の魅力あふれる人間像とは? その知られざる生きざまに、編集者・舘野晴彦が迫る!