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#381

奥村チヨ(歌手)

ゲスト×インタビュアー
奥村チヨ(歌手)× 石原正康(編集者)

1947年2月18日生まれ。大阪・池田市のサラリーマンの家庭に育った奥村。小学校の時に歌を習い始め、のど自慢大会で優勝するほどに。ただ、その頃はある理由で、歌手になる気は全く無かったという。
高校3年の時、地元・大阪で流れるCMソングを歌ったとき、東京のレコード会社の目にとまる。そして卒業後に上京し、1965年、「あなたがいなくても」で歌手デビューを果たす。その年だけで5曲をリリースし、4枚目のシングル「ごめんネ…ジロー」がヒット。ブレイクして目まぐるしい毎日を送るようになり、戸惑うばかりだった。折れそうな心を支えてくれたのは、クレージーキャッツのハナ肇…。奥村に忘れられない言葉を贈ってくれた。
1969年、60万枚を超えるヒットとなった「恋の奴隷」。隷属的に尽くすオンナを艶っぽく歌い上げ、気付けば“小悪魔”というキャッチフレーズまで付いていた。だが当時22歳だった奥村自身は、過激な歌詞を平気で口にできるほど、成熟してはいなかった。
ほどなく「恋泥棒」「恋狂い」をリリース。奥村の意思とは裏腹に、お色気路線は加速。その状況を打ち破ろうと、奥村は大胆な行動に打って出る。結果的にそれが大ヒット曲「終着駅」を引き寄せた。作曲は、後に夫となる浜圭介。まさに公私にわたり、転機となった。
高校卒業と同時に故郷を離れ、以来、歌と向き合った期間は53年にも及ぶ。それが突然の引退宣言。決断に至ったワケとは!?
今回のインタビューは、作曲家である夫・浜圭介との行きつけの店、東京・東麻布の中華料理店で行われた。奥村なじみの場所で、半世紀以上にわたる歌手人生と、引退の本音に迫る!