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    #462

    古舘伊知郎(フリーアナウンサー)

    ゲスト×インタビュアー
    古舘伊知郎(フリーアナウンサー)× 宮嶋泰子(テレビ朝日スポーツコメンテーター)

    第462回の放送は、フリーアナウンサー 古舘伊知郎
    そしてインタビュアーは、テレビ朝日スポーツコメンテーター 宮嶋泰子
    古舘と宮嶋。実は、1977年にテレビ朝日にアナウンサーとして入社した同期の仲間。宮嶋たっての希望で、今回のインタビューが実現した。新人アナウンサー当時の思い出話から、“古舘節”と言われた実況の裏側、12年間務めた報道ステーションの秘話など、同期だからこそ聞ける話が満載!古舘の本音と素顔に宮嶋が迫る!

    プロレス実況でその名を広めた古舘。しかし新人アナウンサー時代に、先輩から「お前の声は実況に向いていない」と言われ、出鼻をくじかれた事もあったという。新人時代、宮嶋と2人でモスクワ五輪の生放送、ニュース番組を担当。その時に起きたハプニングで、宮嶋に叱られたという古舘。それ以来、宮嶋には叱られるイメージがついたとか。どんなハプニングが起きたのか?

    23歳でプロレスの国際大会の実況を任された古舘。「自分もテレビに映る!」と大張り切り。放送後に録画を見ると、自分の顔が半分切れた状態。いったいなぜ?人気アナウンサーに到るまでの紆余曲折を語る。

    1954年、東京都北区滝野川生まれ。家族は弁論部出身の父とお喋りな母、活発で利発な姉。一方、子供の頃の古舘は無口で引っ込み思案。姉の後をついて回る内気な少年だったという。しかし家庭では毎週土曜日、母とある対決をすることで、喋りのスキルを磨いていたそう。果たしてその対決とは?

    テレビ朝日を離れ、フリーになって始めたのが「トークライブ」。マイク1本で2時間喋りっぱなし。トークの構成は暗記するのではなく、流れを1枚の絵に落とし込み、イメージを記憶するという。トークのプロが伝授する、話す技術の秘密を教えてくれた。

    スポーツ実況やバラエティーで活躍していた古舘。実は、「報道ステーション」は古舘が初めて挑んだ報道番組だった。テレビ朝日アナウンサー時代から、報道には苦手意識があったという。そのため、キャスターの打診があった時、最初は事務所を通して断ったこともあったという。
    それがなぜ、キャスターを決意し、12年間も続けられたのか、その真相とは?

    「古舘節」と言われるオンリーワンの喋り手のイメージがあるが、本人はすべて先輩のモノマネだという。実はモノマネこそ、夢を実現するために必要なことだと古舘はいう。脳科学における「ミラーニューロン」の働きを、分かりやすく説明してくれた。

    今65歳。母校立教大学で教壇に立っている。講義のテーマは、言葉、仏教、情報化社会、脳科学。常に新しい道へと歩み続ける古舘の今後の夢も聞く。

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