BS朝日

バックナンバー

#465

高田純次(タレント)

ゲスト×インタビュアー
高田純次(タレント)× 小島慶子(タレント、エッセイスト)

1947年、東京の調布市国領に生まれる。3人兄弟の長男。ごく普通のサラリーマン家庭で育った。少年の頃、当時、高田が憧れていた職業は、意外なモノだった。

1972年、25歳の時、劇団自由劇場の研究生になるが、芝居で食べていけるほど、甘い世界ではなかった。家族を養わなければいけない高田は、わずか1年で退団。
心機一転、宝石卸売り会社で働いた。
しかし、退団から4年。30歳になった高田は、柄本明とベンガルが旗揚げした「劇団東京乾電池」に突然の入団。高田を駆り立てたモノとは一体?

1980年、東京乾電池として、テレビで初めてレギュラー出演を果たした。それは月曜から金曜の昼の生放送「笑ってる場合ですよ」だった。高田を作り上げ、人気者にした伝説のバラエティ番組「元気が出るテレビ」はその5年後。東京乾電池の劇団員として人生の再スタートを切った高田は、いかにしてそこまで上り詰めたのか?
今、73歳。滅多に話さないプライベートや、自分流の生き方も語る。

インタビューの舞台は、東京・下北沢にある、知る人ぞ知る中華の名店「みん亭」。
高田が劇団東京乾電池にいた頃、よく通っていた店で行われた。
インタビュアーは、タレント、エッセイスト 小島慶子