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#476

中尾ミエ(歌手・女優)

ゲスト×インタビュアー
中尾ミエ(歌手・女優)× 宮嶋泰子(スポーツ文化ジャーナリスト)

1946年、中尾は福岡県の小倉に生まれた。6人兄弟の4番目。実家は教科書を
販売する中尾書店。3歳の頃からバレエ教室などに通えるほど、裕福な家庭だった
そうだ。歌との出会い…それは、ごく自然のなりゆきだった。

転機は中尾が10歳の時。父親の会社が倒産し、一家は職を求めて上京。裕福だった家庭は、6畳と4畳の2間に家族8人が重なり合って眠る貧しい暮らしに一変。
けれど、コレが中尾の芸能界入りを決断させた。

1962年、15歳の中尾は「可愛いベイビー」で歌手デビューを果たす。それが、いきなりミリオンセラーを叩き出し、NHK紅白歌合戦に初出場。以来、8年連続で出場し続けた。さらに同じ事務所の伊東ゆかり、園まりと組んだ「スパーク3人娘」は、ザ・ピーナッツの後継として一世を風靡した。そのブレイク時の意外な心境を語る。
さらに、40年ぶりに再結成したスパーク3人娘の舞台裏も。

長い間、熱中しているのがタップダンスと水泳。特に53歳から始めた水泳は、今や国内外の水泳大会に出場するほど。若さと体型が維持できているのは必然かもしれない。

近年、中尾ミエは介護をテーマにしたミュージカルを企画・プロデュースしている。  そのキッカケとなったのが、2012年に出演したある映画だった。
また人生を楽しく生きる中尾流の秘訣から、コロナ禍での過ごし方も…。

インタビュアーは、スポーツ文化ジャーナリスト 宮嶋泰子