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#485

水前寺清子(歌手)

ゲスト×インタビュアー
水前寺清子(歌手)× 宮嶋泰子(スポーツ文化ジャーナリスト)

インタビュー場所は、日比谷「松本楼」日比谷公園の中にある創業117年の老舗洋食店。
隣接する日比谷公会堂とは深い縁がある。

熊本県熊本市生まれ。化粧品店を経営する両親の元、3人兄弟の末っ子だった。
裕福な家庭に生まれ、当時は珍しかった「オルガン」を買ってもらうなど、歌やピアノやバイオリンなど、英才教育を受けていた。小学校6年の時に、その生活は一変する。父の事業がうまくいかず、借金の返済ができなくなり、一家は、慣れ親しんだ町から逃げ、東京へ向かう。
 全ての財を失った父には、1つだけ夢があった。「娘をプロの歌手にする」父は自分の人生を全て捧げ、邁進する。慣れない精肉店に勤め、コロッケを揚げる職に就き生計を立てた。裕福とは言えない状況だったが、水前寺を「ビクター音楽学院」に通わせ、歌のレッスンは続けさせてくれた。

高校1年生だった民子に歌手デビューのチャンスが訪れる。
1位の優勝者には、歌手デビューが約束される「第12回コロムビア全国歌謡コンクール」
日比谷公会堂で行われた東京の地区予選を勝ち抜き、全国大会へと駒を進めた。その時、水前寺は、1位ではなく2位になりたかっという。その理由とは?
そして同時に、生涯の恩師となる作詞家・星野哲郎との出会いがあった…。

星野の誘いで研究生になって4年、11曲の歌をレコーディングまでするのだが、全て世にでることはなかった。その中の1曲「青い目のカナリア」を水前寺は今でも大切に保管している。今回は、この貴重な音源を特別に公開する。

1964年「涙を抱いた渡り鳥」で念願のデビュー。芸名“水前寺清子”もここで生まれる。3分で決まったというその名前の由来とは?
そして、今でも歌い継がれる大ヒット曲 「三百六十五歩のマーチ」が誕生する。恩師星野との作品だが、初めは「歌いたくない!」と拒否したという。名曲の意外な誕生秘話を教えてくれる。

その後、国民的ドラマ「ありがとう」でも一躍人気に。プロデューサー石井ふく子や母役の山岡久乃との撮影舞台裏や恋人役石坂浩二とのデート?!の今だから話せるエピソードも。

デビュー55周年。2019年10月「ありがとう55周年」と題した、全国ライブツアーを「無料」で敢行。1年間の興行予定だったが、今年3月、コロナによりあえなく中止になってしまう。
だが「チータ」の声援を送り続けてくれるファンのため、できる限り、頑張って生きたいと語る。
インタビュアーは、スポーツ文化ジャーナリスト 宮嶋泰子