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映画監督・山田洋次と本広克行が『砂の器』シネマ・コンサートを語る!

▼シネマコンサートになると聞いて

山田:
特にこの作品は、最後はオーケストラの演奏会だからね。音楽は非常に重要なんだけども、そんなことうまくいくのか?と思いましたね、まずはね。画に合わせて生の音楽をやるなんて、こんな難しいことはない。音楽のシーンを全部撮影しておいて、必要な画を撮っておいて、そしてその間に鋏み込むシーンを計算して撮ってるわけだ。ここは何分何秒、ここは何分何秒、もちろん幅を持たせて。ちょっと幅があっても、多少はみ出てもいいとか。それを、逆に今度は画に合わせて音楽を作る。とても難しいことだなと思う。

▼原作を映画化するにあたり

山田:
原作はかなり長い長い話でね。映画にするにはとても難しいようなことがいっぱいあったのね。だから最初、僕は、原作が渡されて、読んで。それで橋本(忍)さんの家行って。「洋ちゃん、どうだ?」っていうから、僕、「無理じゃないですか?」って言ったのよね、これは。「こんな複雑な話ね、映画にはなりませんよ」って言ったのね。そしたら「確かに複雑だけど、1つだけ、やりようがあるんだよ」って。「なんですか?」って言ったら、「ここだよ」と言って、彼が、確か…文庫本だったと思うな。こう…しおりがあって、開いて。そこに赤線が引いてあるのね。それがあの、つまり、「和賀英良の親子の、石川県の故郷を出てから何年間かどんな旅をしたかは、2人にしか分からない」っていう描写があるの。(松本)清張さんのね。で、「ここをちゃんと描くんだよ。“分からない”っていう親子の2人旅をね。それがポイントにならないか?」って。その時にね、「ああ、そういう風に原作を読むんだなぁ」と思ってね。だから、シナリオが進んで、そこにさしかかったときには、「君はなるべく思いつくまま、思いつくだけ、いろんなシーン書いてくれ」と。2人の旅でどんなことがあったか。僕も一緒に考えて。こんなことがあったんだろうかなと。小学校の校庭で、子どもたちが運動会しているところを、子ども…坊やがじーっと見てるとか。橋の下でたき火をして、おかゆをすすってるとか。そんな場面をいろいろ書いてね。で、その中で採用されたものもあれば、採用されなかったのもあるんだけどね。でもよく橋本さんは、「洋ちゃん、よく書いてくれた。あれで助かったよ」って言ってくれたね。

本広:
でも、あの親子の旅のところは、音が一切無いんですよね。あれ、びっくりしましたね。全部オーケストラですから。あれは、すごい、思いっきりいいなと。全然無いんですよ。状況音も無いですよね。だからこう、パントマイムの芝居を見ているかのようにいくんですけど。子どもたちは、なんかしゃべってるんですけど。

山田:
そうそう、シンクロの台詞はあまり入れてないね。

本広:
で、ブルーレイで気付いたんですけど、きれいな画面だったんで。いじめられた時の傷が、後で、指揮する時に、ここにちゃんと(あって)。前ビデオで見たんですけど、全然分かんなくって。ブルーレイだと「あ、きれいにあるんだ」って。ちゃんとよく見るとあるんですね。ここの傷をふっと思い出す、加藤剛さんの芝居が。細かいなぁと思って。

山田:
僕は、あの映画は、脚本書き上げて「よし、これで行ける」って言ったんだけども、ものすごい予算がかかることになっちゃったんだよ。で、すぐに映画なかったんだよね。10年くらい…お蔵に入ってたの。その間、僕は監督になっちゃったから、だからあの映画が撮影に入った時は、もう結構自分の仕事が忙しかったから、助監督についてないんだ。それまで…前はね、野村(芳太郎)さんの助監督で、野村さんの下で勉強してたけども。だから現場は僕、あまり知らない。

本広:
そんなに書き終わってからあったと…。

山田:
そう、ずーっとお蔵になっててね。

本広:
渥美さんは、でももう「寅さん」やっている時なわけですよね。

山田:
そうそうそう。もちろんそう。

本広:
ブルーレイだとですね、映画館のポスターがよく分かるんですよ。

山田:
ああ、そうかそうか。

本広:
すっごい気になって。「どっかに絶対、『男はつらいよ』ないかな?」と思って。何回か止めて見たんですけど(笑)。

山田:
なかった?

本広:
今そういうので楽しんでます(笑)。

▼脚本のエピソード

本広:
前に監督に聞いたことあるんですよ、「砂の器」の。どういう風にして脚本を書いた、ってお話を聞いた時に…、文字(を)カタカナのタイプライターで…

山田:
あの頃、橋本さんはね。まだもちろんワープロなんか無い時代で。で、それを僕は原稿用紙に写すわけ、ただ普通の。ひらがなと漢字にね。で、見せるとね、「もうちょっとマス目いっぱいに書いてくれ」とかね(笑)。印刷に出したら同じなんだけどね。橋本さんはこう、マス目いっぱいに、しかも割に角ばった字が好きなのね。丸まっちい字で書くと嫌なんだよ。どっしりとした原稿用紙じゃなきゃいけない、嫌なんだね。黒澤(明)さんもそうだと思うけども。

本広:
それを監督が清書して、さらになんか足すんですか?

山田:
いや、まずそのシーンをどうするかっていうんで、2人で議論して。それじゃ2人で書こうと。僕も書くの。橋本さんもカナタイプで書くの。それで終わると突き合わせるわけ。で、橋本さんが見てね、時々俺のを採用する時もあるんだけども、採用しない場合もある。で、橋本さんが「よし、分かった。いいこと書いてあるじゃないか」って、採用して、もう1回打ち直して、「これでじゃあ君、清書してくれ」っていう風に渡すわけ。

本広:
それは、熱海の温泉とかでやるんですか?

山田:
そうねぇ。橋本さんの場合は、割に橋本さんの家に通う場合が多かったな。ある日「洋ちゃん…」って僕のこと呼ぶんだけど、「ちょっと、いいアイデアがあるんだぞ。」「何ですか?」「途中で一旦、捜査会議は打ち切りになるんだ。それから何ヶ月も経つんだ。その間に、いろいろ2人の刑事は調べて、ついに犯人の目星を立てて、そこでもう1回捜査会議を開く。そこで刑事が報告を始める。と同時にちょうどその日、和賀英良は自分の作曲した曲を、指揮を始めるんだよ。指揮棒を振り下ろすんだ」と。で「オーケストラが演奏される。こっちでは捜査会議で、なぜ彼が犯行に至ったかってことを延々としゃべる。それが両方一緒に流れていく。どうだ、いいアイデアだろ?」っていうんでね。僕は「いいですねぇ」って言ったらね、「これはちょっと急いで書きたいからね」って。そういう時は温泉旅館に行って、二人で籠もってね。かなりのスピードで書いたな。俺覚えてるのは、その時橋本さんはカナタイプを使わなくてね、今度はね、自分で手で書き出したんだよ、シャーっと。割に乱暴な字で。で、それを俺がもう1回清書して。だからね、後半はね、そんなに長く時間かからなかったと思う。2週間ぐらいで書いたんじゃないかな。あの時の橋本さんの高揚、っていうかな、「よしやるぞ!」っていう…。それ僕よく覚えてるね、うん。「いけるぞー!」って時の作家のね、精神的な高揚ってのは独特なもんだね。それを僕見ててとても嬉しかったね。今は俺はとてもすごいものを見てるんだなぁ、というね。それで書き上げて、プロデューサーを呼んだのね、松竹のプロデューサーを。で、まぁとにかく読んでくれって言って。で、彼が「はい」って言って、こんな厚い原稿用紙を読み始めるわけよ。で、真ん中ぐらいまで来たら、ハンカチ出して。芝居かもしれないけど(笑)、鼻を(すすって)眼鏡をはずして。そしたら、橋本さんがニヤッとして俺を見るのよね。「いけますね」って(笑)。

本広:
「いけますね?」(笑)

山田:
「できましたね」かな?「できましたね」って感じだな。あいつ芝居したんじゃないかな(笑)。

本広:
(笑)

山田:
橋本さんが言ってたけどね、「これは文楽だよなぁ、洋ちゃんなぁ」っていう。映像がある、人形が演技をする。それから、ちゃんと物語がそこに語られる。そして、浄瑠璃という音楽がそこに入っていく、ていうかな。だから、“捜査会議”っていう芝居が表現するものは、2人の親子の悲劇。でそれに音楽が加わってくっていうかな。「文楽だよ、これは」って一生懸命言ってたなぁ。

▼完成した「砂の器」の第一印象

山田:
どこで見たのかなぁ。うーん、ちょっと覚えてないけどね、まぁ、それはしょっちゅういろんな噂が、すごい野村さんの粘りっぷりだと。ものすごい、いいものができるんだぞという、そういう噂は伝わってくるわけですよね。だけど、僕がシナリオを読んで想像したものとは、もう、かなり違うもんでしたね。それはもっともっと…違うっていうのは悪い意味じゃなくて、こんなにも膨らんで豊かなものになるのかなぁ、というね。あそこに描かれている親子の悲劇ってことを越えて、なんか、ワーグナーの音楽を聴いた時のような、こうなんだかしびれるような感動っていうのかな。それこそ、物語と演技と、それから音楽と…が一緒になって迫ってくるっていうかな。そういう見事な映画ができたなと思いましたね。

▼音楽制作のエピソード

山田:
僕は、たまたま野村さんに頼まれて、芥川也寸志さんのところに音楽の打ち合わせに行ったような記憶はありますね。で、「難しいなぁ」と言ってね。あの人は監修の立場かな、今(シネマ・コンサートの音楽監督)。その時、タイトルが「宿命」っていうのね。それはシナリオに書いてあるの。「宿命」って。「でもね、山田くんね、『宿命』っていうのはねぇ、19世紀のタイトルなんだよな」って、音楽のタイトルとしてはさ。「現代音楽はこんなタイトルは使わないんだよ、ベートーベンじゃないんだ」って言って、笑ってらしたのをよく覚えてるな。なるほどなぁ、と思ってね。
橋本さんがね、シナリオを書きながらね「少年が、英良が走る。シンバルが鳴る」っていうシナリオがあるんだよ。だから橋本さんに「でも作曲家が、うまくここんとこでシンバル鳴らすかどうか問題じゃないですか」って(笑)。そしたら橋本さんが「しょうがないんだよ、そういうのは一応書いとくんだよ」(笑)。でも、とにかくここでバーンと鳴りたいっていう気持ちだから。分かったね。そこんところうまく鳴ってるかは俺も分かんないけども。そう、シンバルがそこで鳴るという指定までしてあるってことがね。

本広:
ピークですよ。物語のピークがシンバルなんですよ。

山田:
そう、そこがまぁピークだな。「走る」っていうところがね、うん。そう、あの走り出すところが、言えばピークだよな。少年がね、パーッと走り出すから。

本広:
僕はでも、あれなんですよ、映画の勉強してたときは“シナリオ7割、撮影3割”。いやもう7割のいいシナリオで、いい映画は大体決まる、って言われていたんですけど。僕はそこを“シナリオ5、画5”。で、画と音を半分にして。画も音も半分半分。普通は、音ってあんまり考えないじゃないですか。後から乗せる。僕、撮ってる時から「音」がガンガン頭に鳴って。一緒に。

山田:
音って何?基本的には音楽ってこと?

音楽を、はい。何ビートぐらいだなぁ、とか。ここはポンポン跳ねるようにこう、とか。編集の時は、もう、音楽を仮でつけたやつを音楽家に渡すんですよ。音楽家はみんな嫌がるんですけど。でも、「いや、これでお願いします」っていう。「僕も考えたんで」って言って。で、それを乗り越えてきた音楽が、やっぱり素晴らしいもの…いつも。

山田:
黒澤さんも、よくそれでけんかしてたみたいだよ。

本広:
あっ、そうですか。なんか聞いたところの話だと、よくブラームスを貼られていたっていう…。

山田:
そう。あるいはね、俺が聞いたのは…あれは何だろう?『乱』の前かなぁ、『影武者』かなぁ、海岸を馬がダーッと何十頭も、侍が馬を持って走っていく…そこに、スッペの「軽騎兵序曲」を乗せて、それでラッシュも音を乗せてやってるんだってさ。それはね、「軽騎兵序曲」は馬のリズムで作曲してるから、うまく乗るのは当たり前なんだよ。

本広:
(笑)

山田:
タンタンタカ、タタッタタカタ…。それで、「こんな音楽作れ」っていうね。それで、すっかり作曲家は参っちゃったらしいね。「それ以上のものができない」っていうんで。「こんなもの作れ」ったってね…。君も黒澤明並みだね。

本広:
いやいやいや。早いじゃないですかこう、今(音を)貼り付けてパッて渡せるから。

山田:
うん、そうそう。

本広:
なんで、僕はもう、それを「もっと面白くしてください」っていう。

山田:
(笑)

本広:
その代わり、音楽もサントラが大好きなんで、家にサントラがめちゃくちゃあるんですよ。

山田:
なるほど。

本広:
で、全部、自分の頭の中に入れておいて、でやってますね。映画のプロジェクト入ると、今回はコメディだからコメディの音をハードディスクレコーダーの中に入れておいてですね、ずっと歩きながら聴くっていうのが、楽しいです。

山田:
コメディにコメディみたいな音楽、と、あんまり考えない方がいいんじゃないか?

本広:
そうなんですけど。でもなんか、僕のは、“どコメディ”みたいなのが多いので、そういう時はちょっとポコポコする音を入れるとみんな喜ぶ。確かにそうなんですよね、コメディ。

山田:
チャップリンなんかねぇ、割にこう、哀しい音楽が多いよなぁ。チャップリンと比べちゃ気の毒か。

本広:
ほんとですよ。

山田:
(笑)

本広:
ここにいること自体、変なんですから。

山田:
あの偉大な、芸術家となぁ。まぁそれはしょうがないわなぁ。

本広:
そうですよ(笑)。いやでも、監督の映画の音付けはもう、お任せなんですか?

山田:
いやいや、僕もしょっちゅう考えますよ。で、大事なシーンはね、ほんとに、よくCDを自分でかけてみて、「この音楽がいいなぁ」と思って、君みたいにこれが乗るような画面を撮ろうと思うことあるよ。で、実際、現場にそれを持っていって、鳴らして、音楽をかけて、そして芝居をしてもらうということもありますよ、それは。例えばマーラーなんかが多いけどもね。でもね、作曲家にそれを押し付けるのはちょっとかわいそうだから、やりませんけどね。

本広:
うわっ、今日すごい収穫です。「山田洋次、マーラーなんだ」と思って。黒澤はブラームスなんですよ(笑)。ちょっとカッコいいっすね。そっか山田さん、確かにマーラーですね、感じが。

山田:
でも、ニーノ・ロータなんか大体合うよね。

本広:
あぁー、なるほど。

山田:
やっぱりあの辺は素晴らしいんじゃないですかね。ニーノ・ロータだね、やっぱりね。最高なのはね、うん。

▼映画学校で伝説となった「砂の器」の編集

本広:
僕は、映画学校に行ってた時に、「砂の器」の編集の話があって。編集って本当は35ミリのフィルムをこう、スプライシングテープで貼っていくじゃないですか。何度も編集しすぎて、スプライシングテープでガタガタになったっていう伝説を聞いたことがあって。

山田:
いやそれは大変だったと思うよ。うん。何度も何度もカットバックしていくわけだから。もうちょっと、捜査会議の方を長くしようとか。だったら音楽の方を切ろうとか、そういうことは何度も何度もやったに違いないよね、うん。

本広:
でその、繋いでいって…。すごい伝説になってるんですけど。音階の上がり下がりがすごくて、シーンで切ってるんじゃなくて、音階で切ってる、っていう噂まで出て…。

山田:
なるほどね。そこまでやってるかどうかねぇ。

本広:
で、見て。ちゃんと見たんですけど、この対談があるんで…。

山田:
あ、そう?

本広:
全然そんなことなかったでした(笑)。元々、編集志望だったので、そういうの、すごい…。やっぱり、画が醍醐味じゃないですか、編集って。だから、見ててすごい影響を受けましたね。

山田:
編集をやりたかったの?

本広:
僕、編集志望で。監督やるよりも編集の人の方が、実は映画の実権を握ってるんじゃないかって一時期思ったことがあって。そんなことないですか?

山田:
いや、それは一番、だって、オーソドックスな道じゃないの?監督になる…。

本広:
そうですよね、まず編集ですよね。

山田:
そうそう。ジョン・フォードの言葉かな。若い映画監督志望者がね、ジョン・フォード組に付いて助監督やってたのかな。そうしたら、「お前はこんな現場にいないで、編集室に行って、編集者について仕事を学べ」と。「まずは監督はそこから勉強しなきゃいけない」って、ジョン・フォードが言ったっていう話があるよね。だから黒澤さんもすごい編集の腕がいいよね。あの人はフィルムを繋ぐのがとっても上手なんだよ。パパパパパパッ繋いでっちゃう。編集から入っていくっていうのは、君、一番正しい道だぜ、監督としては。うん。

本広:
監督は、編集はもう、お任せなんですか?

山田:
僕のやり方っていうのは、大船撮影所の伝統的なやり方でもあるんだけども。小津安二郎をはじめ、みんなそうなんだけども。大体ワンカメラで撮るんだ、僕たちはね。昔はそうだったよね。で、指定するんだ、撮りながら、「このアクションからこのアクションでおしまいだな」とか、全部スクリプターに指示していくわけよ。で、「このカットとこのカットはアクションで繋いだ方がいい」とかね。「アクションで繋がないで、台詞で繋げ」とかね。だから、ラッシュっていうのは、大体もう、出来上がったラッシュが見られるんだよ。
黒澤さんが松竹に来て『スキャンダル』って映画撮ってるんだけども、その時、あきれたらしいね。つまり、出来上がったラッシュが出てきたんだよね。黒澤さんの場合は、撮ったものを全部見てみる、と。で、それからいろいろこう、自分で繋ぐのにね。「松竹の編集ってのは、おかしなことやるよ」って言って、後で笑ってたのを僕聞いたことあるけどもね。松竹の場合はそうなんだよ。だから編集者ってのがいて、僕も「寅さん」の最初からずーっと一緒の編集者が、もう大ベテランがいるけども。大体分かってくれてるんだよな。うん。

本広:
間とか?

山田:
そうそう。だから、ラッシュ見て、気がついたことを、いろいろと言うけども。大体ね、そんな大きく変更することって無いね。「あそこちょっとつまんでくれ」とか、「もうちょっと足してくれ」とか、「あのカットいらない」、とか、そういうことはいろいろあるよ。だけど、大体は任せてて安心だなぁ。

本広:
(山田洋次監督と)『東京物語』を一緒に見た時に、僕、一生懸命見てるのに、監督は横で、「本広くん、この間だよ、この間」って。うるさいくらい「間」って言うんですよ。

山田:
(笑)

本広:
「この間がいいんだ」って、もう洗脳されるくらい言われて。松竹の試写室で見たんですけど。確かに、上手い編集って「間」ですよね。

山田:
そうだねぇ。

本広:
なんか、ポンってこう、空くような間とか。

山田:
そうそう。だから、例えば「それじゃお父さん、私これで」と言って、原節子さんが立ち上がって消えていく。部屋に誰もいなくなる。1、2、3ぐらい(間を)置いとく、ってのは、小津さん独特のね。

本広:
そうそうそう。

山田:
空舞台をじーっとこう…空舞台っていうんだけど、じーっと置いといて。で、次のシーンに移るという。それで、ある静かーな雰囲気が残るんだよね。ああいうのは、なかなか、本当はやれったって難しくて、できないけどね、僕たちはね。真似したくてもできないけどね。小津さんっていうのは、伝説的に聞いてるんだけども、そういうやっぱり編集者がいるわけ。ずーっと長い間やってる、ね。で、その人に「あのカット、3コマ足してくれ」とかね。「あのカットの頭、2コマ切れ」とか、そういうことを言うらしいよ。で、3コマっていうのは8分の1秒だよね。8分の1秒とか6分の1秒ぐらいを問題にしてるんだよ、常に彼は。ワンカットの中で。一瞬の間だよね、1秒の8分の1だからね。それが大事なんだ。だからもう本当に小津さんの映画ってのはね、実にこう、精緻を極めた美術品のような感覚だね。そういう風に繋いでいくんだから。何百カット、おそらく600か700カット以上はあるんだろうな、1つの映画で。もっとあるかな。そのひとつひとつの繋ぎ方が、全部そういう「0.何秒」を問題にしながらこう、繋いでいくというのが、小津さんの映画なのね。3コマ、2コマって言ってたっていうからね。

本広:
今度やってみよう。

山田:
(笑)

本広:
「何フレ」っていう。今はフレーム。

山田:
今フレームだよね。

本広:
「1フレちょっと多いかなぁ、」みたいな(笑)。そうするとかっこいい。

山田:
かっこいい(笑)。ものすごく繊細に、やってるみたいに見える。

本広:
「どうしたんだ?」って言われますよ。

山田:
(笑)

▼「砂の器」へのオマージュ

本広:
僕ら、踊る大捜査線チームってみんな、日本映画大好きなんですよ。だから、黒澤さんのオマージュとか。

山田:
本当に、「この人達よく映画見てるな」っていう映画だよね。

本広:
みんな好きなんですよ。で、『砂の器』をちょっと頂いてしまったんですけど(笑)。

山田:
本当に。「映画なんてみんな真似だよ」って言ったのは黒澤さんでね。僕、彼に聞いたことあるよ。「俺が天才だなんて冗談じゃないよ、そんな才能なんかありゃしないよ」と。「でも、しいて言えば、俺が自慢できるのは、記憶力がいいんだよ」で、「俺、若い頃から見てる映画は、割によく覚えてるんだ」と。「だから、映画、シーンを撮るときに、これはジョン・フォードのあれだとかね、これはキャロル・リードのあのシーンだとか、そういう風に全部俺はその出自を言えるよ」という、「このシーンは誰それの、あのシーンだよってのは言えるよ」って。まぁそれはちょっと大げさだろうけども。「だからどんどん真似しなきゃだめだよ」、「そのために一生懸命、先輩の映画見なきゃだめだよ」って黒澤さん、よく言ってたな、うん。

本広:
やっぱり、うまくなるには真似からって、本当なんですね。

山田:
そうそう。僕もずいぶん、だから一生懸命真似しますよ。このシーンをどう撮ろうかなと思ってる時に、まぁ僕なんかも、黒澤さんほど記憶力良くないから覚えてないけど、それでも、今まで見た映画の中で、そういう状況、音楽を描いた作品ってないかなぁ、と一生懸命思い出したりするわね。そういうのはね、もう、思い切って真似した方がいいいんだよ。

本広:
(笑)。それしかもう…「ここは、そういうシーンだ」って思っちゃいますね(笑)。

▼シネマ・コンサートの魅力

山田:
ぜひ、ねぇ今度(シネマ・コンサートを)ご覧なさいよ。ほんと素晴らしいんだよ。

本広:
本当ですか。

山田:
うん。また映画と違う感激ですね、あれは。何でしょうね、あのこう、迫ってくる感動みたいなものは。

本広:
生っていうのは、やっぱり…

山田:
そう。拍手がね、あんな夢中、長い拍手って、あんまりないよ。

本広:
あっ、そんなですか?

山田:
うん。本当にそう、拍手したくなるんだ、終わってから。

本広:
拍手してからシーンありますからね、ちょっと…。

山田:
いやいや、全部映画が…

本広:
終わってから…

山田:
エンドマークが出て、要するに、演奏者たちに対しての拍手がね。観客の拍手が…

本広:
その前に、劇中の…

山田:
うん、そうそう。それはあるけども。

本広:
終わって、スタンディングオベーションしたりしますもんね。

山田:
よほど、だから、みんな感動したんだろう、お客さんたちも。シネマ・コンサートの場合ね。僕、他のあんまり見てないけども、あんな興奮しないでしょ、他の映画は。あれは興奮しちゃうんだよな、『砂の器(シネマ・コンサート)』はね。感動しちゃうんだよな。だから何度も何度も指揮者はね、出てきて、お辞儀しなきゃいけないわけ。

本広:
あぁー、なるほど。あ、そうか、帰らないんですね、興奮して(笑)。

山田:
みんな帰らないの。

本広:
(笑)