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    エッセイ

    『ミセン-未生-』の屋上

    ドラマが終わっても登場人物たちが私の中で生き続けている。第1局(話)、異国ヨルダンで屋根伝いに詐欺師を追いかけ屋上から飛んだグレのその後は最終局で明らかにされるが、私の中でグレは着地していない。なぜか作家・李箱(イ・サン)の『ナルゲ(翼)』とういう短編小説を思い出し、翼を得たグレは今も世界中を飛び回っているのではないか夢想する。

    第13局で世界地図を上下逆さまにするというエピソードがあったが、私とミセンの縁を勝手に感じた。

    中学2年の夏休み明け。若い英語の女性教師が、夏休みにオーストラリアに行ったのだといって黒板に上下逆さまの世界地図を貼った。それは今でこそ豪州土産の定番と知っているが、その時は素直に感動して外国に行ってみたいという想いを強くした。

    16歳の時、都内在住の高校生を対象に、東京都が作文と面接の上、豪州シドニーに1週間派遣するという募集を学校の掲示板で見つけた。上下逆さまの地図の話を書き、面接でもその話をして、私は初めて外国の土を踏んだ。高校で英語に夢中になった私は大学で韓国に没頭した。

    就職活動ではソウルに支局や支店を置く、マスコミ、金融、商社などを受けた。OB訪問では初対面の先輩に、今思えばずいぶん生意気な質問をした。

    仕事をしていて感動したことは何ですか?

    ある商社の先輩は、様々なビルで、自分が納入したエレベーターに乗る度に誇らしく思うと言った。別の商社の先輩は航空機の部品の納入にかかわり、就航式に立ち会い涙が出たと言った。

    オ・サンシクという上司がいてね・・・と話してくれる先輩がいたらと夢想する。原作はウエブ漫画だ、所詮はドラマだと言ってしまえばそれまでだが、私は新入社員のグレとなり、上司や先輩、同期や母親らに励まされ、何度も何度も涙を流した。

    そこには併記しなかった影の主人公も紹介したい。会社の屋上だ。そこからは南山(ナムサン)のソウルタワーが見えた。風情あるソウル駅も見下ろせた。いくつもの名セリフが交わされた。数々の重要な決断もこの屋上でなされた。大切な場面はいつも屋上だった。

    屋上への憧れ。それもまた高校時代にさかのぼる。

    教室の窓からは建設途中の東京都庁がよく見えた。あちらはグングンと高くなっていったが、こちらの成績は伸び悩んでいた。作文ばかり書いていて英語以外は勉強していなかった。

    実際に校舎の屋上に上がることはできなかったが、私はそこで自分の想いを詩にしてギターで弾き語りをする少年を夢想していた。大好きだった尾崎豊や『屋根の上のバイオリン弾き』の影響も多分に受けていた。

    『悪魔がお前の名前を呼ぶ時』が始まる。決してホラーではない。悪魔に魂を売った作曲家、その作曲家が“一級の魂”を持つと信じる女性シンガーソングライターとの交流、そして悪魔との駆け引きを描くファンタジーだ。ゲーテの『ファウスト』に着想を得ていて作品に哲学もあるようにも感じる。

    それにしても・・・である。もう二人は会社を辞めてしまったけれど、あの屋上に行けばチャン・グレやオ・サンシクらと再び会えるような気がする。

    そう、あの屋上にあがれば。

    (つづく)

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