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    エッセイ

    ヨン様から将軍様まで

    これからお読み頂く文章は“韓流”とは違うかも知れない。しかし、韓国と北朝鮮との関係を描いたドラマや映画は数多く存在し、いつか紹介する機会があるかも知れないという期待も込めて綴ってみたい。

    私には忘れられない日付がある。それは9月17日。

    2002年9月小泉純一郎総理が北朝鮮を訪問、記者だった私も同行した。正確に言えば、前日の16日に民間機で先乗りし、翌17日、政府専用機で一緒に帰国した。

    小泉総理と金正日総書記の歴史的な首脳会談。私は代表取材をする機会に恵まれた。日本人は私と新聞記者の計3人、カメラマンと音声担当がひとりずつだった。

    直訳すると“接近記者”とハングルで書かれた腕章をはめて、宿泊先だった平壌の高麗ホテルから百花園迎賓館にバスで向かった。生まれて初めて訪れた北朝鮮。目に映るものすべてが新鮮だった。

    迎賓館の入り口で金属探知機の検査を受けた。屈強な男性からボディチェックも受けた。ある部屋で待機していると「対面予定だった場所が変わった。一緒に移動して欲しい」と告げられた。本で読んだか、誰かから聞いたかは忘れてしまったが、それは不測の事態を警戒する金総書記の登場を予感させるものだった。

    初対面の大広間に最初に現れたのは小泉総理。私は総理になる前の小泉議員を取材していた時期があったが、あれほど全身から緊張感を漂わせ、手をぎゅっと握りしめている様子を見たのは初めてだった。

    ほどなくして、北朝鮮国内で“偉大な将軍様”と呼ばれる金総書記が登場。私達取材陣を一瞥しながら総理に歩み寄り、両首脳が握手をした。それはまさに“世紀の一瞬”。

    私は今でも身震いがする。何一つ見逃すまい、交わされる言葉を一言も聞き漏らすまいと思った。その後、会談する場所に長い廊下を歩いて移動。私たちも続いたが、二人の表情を見るために追い越す・・・。

    両首脳は向かい合って着席。金総書記が切り出した。「近くて遠い国に終止符を打つために平壌に来てくれて嬉しく思います・・・」
    目の前で繰り広げられる光景に私はただただ圧倒されていた。

    「拉致被害者 5人生存 8人死亡」

    迎賓館から高麗ホテルのプレスセンターに戻り、その一報に触れた時、私が見たモノと動いていた事態の大きさに再び圧倒された。金総書記に会う前に、小泉総理はその事実を知らされていたのだ。複雑な想いを胸に、ぎゅっと手を握って立っていたのだ・・・。

    何一つ見逃すまいと思って必死に見ていながら、なにも見えていなかった・・・その悔しさを糧に、私は北朝鮮について本腰を入れて取材を始めた。ソウルで何十人もの脱北者に話を聞いた。

    その後、ヨン様が初来日。韓流ブーム到来を取材しながら、しかし、頭の中にはいつも“917”があった。

    韓流ドラマや映画を見て、今も心揺さぶられることがある。
    しかし、あの時の気持ちは、あの時以来、味わえていない。

    (つづく)

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