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    エッセイ

    『まぶしくて』から『知ってるワイフ』ふたたび

    韓国大衆文化ジャーナリストの古家正亨さんと初めて会ったのは2019年8月下旬。9月スタートを控え「放送前に知っておきたい!『知ってるワイフ』」というイベントで対談させてもらった。古家さんが「チソンです」と自己紹介して会場の笑いを誘ったので、私は「チソンでなくてスミマセン」と謝ってみた。

    第一話をスクリーンで上映した後の対談だった。私は「何度見ても新しい発見がある。例えば冒頭で謎の料金所を通過する車を運転していたのは誰か?・・・チソンではないのでは?」と語りかけた。

    何度見ても新しい発見がある・・・それは『まぶしくて』についても同じだ。私は通しで4回見ていたが、「絶対に面白いから」と半ば強制的に視聴させたワイフの指摘を受けて発見したことがいくつもあった。

    その一つは父親が弁当に入れたジャコを食べない訳は、兄ヨンスが肉に執着していたことと表裏ではないかという指摘。久しぶりに夫婦で向き合い、ドラマのどこまでが現実なのか激論を交わした。チソンも『まぶしくて』を一緒に見れば、ハン・ジミンの激高を回避できたのではと思わずにいられない。

    幻の『韓流センチメンタル』がある。“『まぶしくて』という最高峰”というタイトルのそれは初回放送後に更新する予定だったが、横田滋さんが亡くなったことを受けて差し替えた。こんな一文がある。

    『まぶしくて』の完成度の高さに加え、ネタバレを避けながら何を書くかを思うと、かつて登ったことがない高い山を目の前にしているようで、詩人・茨木のり子さんの言葉を借りれば「靴ひもを結ぶおののき」がある。(前後略)

    私は『まぶしくて』の何合目まで登ることができただろうか。ドラマの魅力について、ネタバレを避けながらも、少しだけ予感させるような作文を書くことができただろうか。

    『まぶしくて』は韓国の百想芸術大賞のドラマ部門で大賞を受賞、登壇したキム・ヘジャは「挨拶の言葉は覚えられないので台本を持ってきました」と笑いを誘い、ドラマ最後のナレーションを朗読した。

    私の人生は時に不幸だったし 時に幸せでした。

    人生は単なる夢に過ぎないと言うけれど それでも生きることができて良かったです。

    朝の刺すような冷たい空気 花が咲く前に吹く甘い風 夕暮れ時に漂う夕焼けのにおい

    どの日もまぶしく輝いていました。

    今の生活が苦しいあなた この世に生まれた以上 そのすべてを毎日楽しむ資格があります。

    平凡な一日が過ぎて また平凡な一日が訪れても 人生には生きる価値があります。

    後悔ばかりの過去や不安だらけの未来のせいで 今を台なしにしないでください。

    まぶしいかぎりの今日を生きてください あなたにはその資格があります。

    誰かの母親であり姉妹であり娘であり そして・・・“私”だったあなたたちへ。

    最後の一文は『まぶしくて』が、主人公ヘジャの一代記、大河ドラマとして、特に女性の視聴者に寄り添った作品だったことを印象付けた。キム・ヘジャ役を“国民のお母さん”と呼ばれる女優キム・ヘジャが演じたことに、演出意図を超えた本人の強い意志も感じさせた。

    授賞式の場にいたハン・ジミンはキム・ヘジャの朗読に涙を流した。ほかの女優たちも泣いた。それは実に感動的な光景だったが、授賞式を待つことなく、私は最終回まで何度も泣いた。同じだけ笑った。生きるとは、老いるとは、親子とは、伴侶とは、友情とは・・・笑いと共に数々のメッセージをしっかりと受け取った。

    私にとって『まぶしくて』は本当にまぶしかった。

    (つづく)

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