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#300

紺野美沙子(女優)

ゲスト×インタビュアー
紺野美沙子(女優)×石原正康(編集者)

小学校の時、所属していた演劇部が出場した県のコンクールで「安寿と厨子王」を演じ、達成感に包まれたことが、女優を夢見るきっかけとなる。その後、慶応義塾女子高校に進学。写真撮影が趣味の叔父が紺野の写真を雑誌に投稿したことがきっかけとなり、ユニチカのマスコットガールに選ばれ、芸能界へ。20歳の時、NHK連続テレビ小説「虹を織る」でヒロインデビュー。“清純派”“知的で清楚なお嬢様”というイメージが定着し、日本中に知られる存在となった。
1987年には映画「姉妹坂」で日本アカデミー賞助演女優賞を受賞。翌1988年には、NHK大河ドラマ「武田信玄」に信玄の正室・三条の方の役で出演、平均視聴率は39.2%を記録した。
名実ともにテレビや映画に欠かすことのできない女優に成長した紺野だが、その裏では多くの不安を抱えていたという。その当時、求められていたのは個性派の女優。自分のような真面目で何の芸もない女優が、この先やっていけるのか…。世間やメディアが作り上げた自分と、本当の自分のギャップにもがき苦しんでいたという。
そんな紺野を救ったのは、本や音楽、芝居の中で用いられる“言葉”だった。さらに、30歳目前で書いた自伝も、不安から抜け出すきっかけの一つとなった。そして31歳の時に結婚。1児をもうけ、仕事と家庭の2つの世界で女優・妻・母親として充実した時期を送る。
38歳の時には、国連開発計画の親善大使に就任。海外視察に出向いた際には、励ます立場にも関わらず、貧困や病気に苦しむ人々から温かい言葉をかけられたという。“言葉”に支えられ頑張れた自分が、今度は“言葉”で役に立ちたい…そう思い立ち、50歳の時に始めたのが朗読だった。音楽と映像を交えながら朗読を行う独特のやり方。始めた当初は赤字になることもあったが、今では紺野のライフワークとなっている。紺野はなぜ朗読を続けるのか? その熱い思いを赤裸々に語る。
インタビューの場所は、東京・池袋にある東京天狼院。店主こだわりの本が並ぶ書店の中には1年を通してこたつが常設され、リラックスして本を選ぶことができる。堅苦しい話は苦手、という紺野のリクエストで選ばれたこの場所で、編集者・石原正康は彼女のどのような素顔をあぶり出していくのか?