BS朝日

バックナンバー

#333

稲川素子(稲川素子事務所 代表)

ゲスト×インタビュアー
稲川素子(稲川素子事務所 代表)×ヤン ヨンヒ(映画監督)

テレビ番組や映画にCM…あらゆるメディアに外国人タレントを派遣している稲川素子事務所だが、稲川が専業主婦から一念発起し、タレント事務所を設立したのは51歳の時。ピアニストの娘がドラマ撮影に臨んだ際、外国人の出演者を探していた監督に、外国人を紹介したことがきっかけだった。以来30年余り、プロダクションは142カ国、5200人以上の外国人が在籍するまでに成長した。
1934年、福岡県柳川市生まれ。父は地元の名家出身、敷地1万坪の屋敷で何不自由ない幼少期を送る。しかし、戦後に九州から東京に移り住むと食糧不足に苦しめられた。極度の貧血を患い、高校時代の体重はわずか37キロ。そんな稲川に救いの手を差し伸べてくれたのが、なんとあのダグラス・マッカーサーだった。稲川が教会の聖歌隊に参加した時、礼拝に訪れたマッカーサーが痩せ細っていた稲川を見かねて、ベーコンエッグをごちそうしてくれたという。
1956年、22歳で結婚。お相手は、三井鉱山に勤める稲川長康。出産準備を進めていると逆子であると分かり、医師から帝王切開を提案される。この時、過去に盲腸手術の麻酔ミスで一時半身不随になったトラウマが、稲川の脳裏によみがえった。そのため、麻酔なしの帝王切開で娘を出産。娘の佳奈子は、稲川と二人三脚でピアノの練習に打ち込み、今はピアニストとして活躍している。
会社を起こしてからというもの、絶えずチャレンジを続けてきた稲川素子。麻酔ミスでやむなく中退した慶応大学文学部に、65歳で再入学。さらに72歳の時には、東京大学大学院に3度目の挑戦で合格。自らの職業を研究テーマに生かして国際社会科学を専攻し、博士課程では大腸がんと闘いながら博士論文を書き上げた。
稲川素子、現在、83歳…。生涯現役の信念を支える、そのバイタリティーの源に迫る!