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#337

小堺一機(コメディアン)

ゲスト×インタビュアー
小堺一機(コメディアン)×舘野晴彦(編集者)

小堺の代名詞といえば、昨年惜しまれつつ終了したテレビ番組「ライオンのごきげんよう」。その司会者として30年もの間、多くの人々に愛されてきた。巧みなトークと司会術、それは一体どこから生まれてきたものなのか?
小堺の人間形成に大きな影響を与えたのは、幼少期。千葉県生まれの小堺だが、小学校低学年の時に、当時日本一の歓楽街と呼ばれていた浅草・六区に引っ越す。映画館、舞台、寄席…エンターテインメントがあふれる宝箱のような場所での日々は、今も小堺の記憶に鮮明に残っているという。
そして当時、両親からは「とにかく子ども扱いされなかった」のだとか。まるで漫談のような父と母の夫婦のやり取りを見て、小堺は会話の重要性を認識する。そして家族共通の映画の話題で、人の感情や気持ちを学んでいった。名作「ローマの休日」で知ったという、感情とは?
芸能界入りのきっかけは、当時大人気だった素人参加型番組「ぎんざNOW!」。その中の「しろうとコメディアン道場」で勝ち抜き、チャンピオンに輝いたのだ。出演するに至った意外な経緯、そして当時どのようにネタを作っていたかを、ものまねを交えて披露する。
そんな小堺には、忘れ得ぬ3人の恩人がいる。勝新太郎、堺正章、そして萩本欽一。この大スター3人からの学びは、今日に至るまで、自身の中で大きな影響を与えてきたという。勝新太郎の“演じること”に対するユニークな教え方。堺正章が見せた“タレントとしての所作”。そして、萩本欽一が伝え続けた“コメディー論”。数多くの金言ととっておきのエピソードとは?
今回のインタビューの最後には、番組が特別に用意したサイコロを使って、普段はあまり語らないプライベートを語ってもらう。果たして、どのようなサイコロの目が出て、何を語るのか?
ベビーフェースで、いつまでも少年のような小堺も、今や61歳。彼は、これから何を目指し、何をしようとしているのか? 素敵な話と巧みな話術がぎゅっと詰まった、笑いあり涙あり、抱腹絶倒の60分!