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#436

矢口史靖(映画監督)

ゲスト×インタビュアー
矢口史靖(映画監督)× 小島慶子(タレント、エッセイスト)

1967年5月30日、神奈川県伊勢原市に生まれる。高校を卒業し、東京造形大学の造形学部に入学。意外な事に、もともと目指していたのは、映画ではなく画家の道だった。しかし、大学の映画研究会が上映していた作品が驚くほどウケているのを見て、「これは絵よりお客さんにダイレクトに届く」と、映画に夢中になったという。
映画研究会で1年先輩の鈴木卓爾と出会い、8mm映画を撮り始めた矢口は、映画の素晴らしさを改めて痛感し、観る側から作る側へと意識が変化。この時に撮った自主映画「雨女」が映画祭のグランプリを受賞する。しかし、自主映画は製作費も自分たちで賄うため、かなりの貧乏生活を送っていた。家賃5000円の農作業小屋で電気、ガス、水道はなし。ベッドどころかドアまで手作りで、トイレはポリタンクで代用していたという。
1993年、劇場用映画デビュー作「裸足のピクニック」が公開。初めに芽生えたアイデアは「普通の女子高生が、どんどん不幸になる話がやりたい!」というものだった。スタートとゴールを決めて、どうたどり着くかを考えていくという“矢口映画”の構成スタイルは、この映画で明確に現れていた。
2001年、矢口の代表作とも言える、映画「ウォーターボーイズ」が公開される。当時、映画製作会社のプロデューサーから「映画を撮らないか?男のシンクロの話で」と言われ、いったんは断ったが、実際の男子校水泳部のシンクロの映像を見せられた瞬間、面白い作品が作れるという確信に変わったという。矢口が映画の題材を選ぶ決め手とは?
2004年に公開されたのが、映画「スウィングガールズ」。“兵庫県の高校で、女子ばかりの部活でジャズをやっているらしい”と聞いて“女子高生=ジャズ”というミスマッチ感に反応した矢口は、早速取材へ。高校で少女たちからインパクトを受け、取材を重ねて物語のアイデアを膨らませ、映画の設定に生かした。映画化までに時間をかけるという矢口が、作品に求めるものとは? また構想が生まれる意外な場所とは?
自ら脚本を書く矢口は、キャラクター設定も行っている。登場人物ごとに、細かいプロフィールを作成するのだ。そして矢口の撮影スタイルの特徴のひとつに、事細かな“絵コンテ”がある。画家を目指していたという絵の上手さに撮影スタッフも見とれ、何を撮りたいのか、どんなシーンになるのか、すぐに想像できて助けられるという。その矢口の“絵コンテ”にみる作品への想いとは!?
8月に公開される、矢口初のミュージカル映画「ダンスウィズミー」は、公開に先駆けてカナダのトロントで世界初上映され、すでに好評価を得ている。この作品にも、やはり矢口作品らしい驚きの仕掛けが! 番組では人気作品を振り返りながら、ユーモアあふれる映画からは想像できない、矢口監督の繊細なこだわりと大胆な発想、“面白い”を追求する素顔に迫る!