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ミニ情報

#53

歌でめぐる日本の四季特集

◆「春よ来い」
「春よ来い」の作詞は、相馬御風です。明治16年生まれ新潟県糸魚川の町長の人の息子として生まれました。多忙だった父と病気がちだった母親と祖母と暮らしていました。やがて母も祖母も亡くなり孤独な少年期を過ごしたといいます。やがて上京し早稲田大学に進学し、石川啄木、野口雨情らと交流します。御風は、作詞家、詩人、歌人、随筆家として活躍します。「都の西北 早稲田の杜に・・・・」で始まる早稲田大学の校歌は、御風が24歳の時に作詞したものです。
御風は、32歳の時に故郷,糸魚川に帰ります。5年後に女の子が生まれます。歌のモデルは、その時に生まれた女の子です。「春よ来い」からは、その女の子に元気に成長して欲しいという親心があらわれ伝わってきます。

◆「赤とんぼ」
「赤とんぼ」の作詞は三木露風です。露風は明治40年に早稲田大学に入学しました。次々に詩を発表し高い評価を得ていました。露風31歳の時、北海道の修道院で日本語の講師に就任し、そこで4年間を過ごします。
「赤とんぼ」が誕生したのは、この頃です。
露風は幼かった頃、兵庫県たつの市で過ごしました。父親は放蕩者で家庭を顧みなかったため、母親は露風の弟を連れて実家に帰ることになりました。当時6歳だった露風は、祖父のもとに引き取られました。露風は、母の面影を探し何を思っていたのでしょう・・・・。「赤とんぼ」は、そんな露風の幼少期と故郷への思いから生まれた歌のようです。

◆「スキー」
「スキー」このうたを作詞したのは、時雨音羽です。音羽は、明治31年北海道最北の街 稚内からさらに船で約1時間40分の利尻島で5人兄弟の末っ子として生まれました。音羽は地元の学校を卒業して島の役場に勤務。その後猛勉強したのでしょうか、東京の大学に学び、大蔵省に勤務しました。音羽は、上京して7年が経った頃、雑誌に詩を発表したのをきっかけに次々と詩を綴ります。「スキー」は昭和16年国民学校初等科大六学年用の教科書に初めて掲載されました。かって音羽が帰郷した時に「家のある新湊から沓形まで、雪の道を母親とソリに乗ってよく買い物に出かけた。その道すがら、雪の上を滑ったり、転んだりする子供たちをいつも見ていたのです。そうした故郷の情景が脳裏に焼き付いていて、それをもとに“スキー”を作った」語っています。「スキー」の故郷は、北海道の利尻島だったのです。