BS朝日

バックナンバー

#16

信長・秀吉 天下を取った茶の力

戦国の世を治めた織田信長と豊臣秀吉が、こよなく愛したという「お茶」。2人の天下人にまつわる場所を巡りながら、そこに伝わる天下人とお茶の物語をひもときます。
まず、訪れたのは織田信長とゆかりの深い「本能寺(ほんのうじ)」。「本堂」では、寺の名前にまつわる由来について教えていただきます。織田信長の供養塔である「信長公廟(のぶながこうびょう)には、愛用していた刀が供養されていました。続いて訪れたのは、「大賓殿宝物館(だいほうでんほうもつかん)」。「本能寺の変」前夜に、突然鳴き出したという不思議な由来を持つ「三足蛙の香炉」や、本能寺の変で亡くなった方々の名前を記した碑を見せていただきます。「本能寺の変」前夜に開かれた茶会で使われていたという「霰釜(あられがま)」は、信長のお茶の指南役でもあった利休好みの道具であったのだとか。さらに、信長が所有していた中国から輸入された茶器、「建盞天目茶碗(けんさんてんもくちゃわん)」を見せていただきました。信長はこれらの茶器を政治の道具として使い、天下人へと成り上がっていたのです。
次に訪れた「高台寺(こうだいじ)」は、秀吉の正室・北政所(きたのまんどころ)が、秀吉を弔うために建てた寺。境内にある「霊屋(おたまや)」には、秀吉と北政所の像が置かれていました。さらにここは、北政所のお墓でもあるのだとか。そして、伏見城から移築されたと伝わる2つの茶室「傘亭・時雨亭(かさてい・しぐれてい)」へ。どちらの茶室も秀吉も信頼していた茶人・千利休好みの茶室だったと言われています。そこで知る、秀吉と利休との関係とは?
続いて訪れたのは、安土桃山時代に建てられた大徳寺・塔頭「総見院(そうけんいん)」。秀吉が作ったという信長等身大の坐(ざ)像を見せていただき、境内にある茶室へ。茶室の入り口がなぜ狭いのか、なぜ武将がお茶にひかれていったのか、その理由をお茶をいただきながら教えていただきます。また、当時のおもてなしの心にも触れます。
そして、豊臣家とつながりのある「北野天満宮(きたのてんまんぐう)」へ。この場所で豊臣秀吉は、「北野大茶湯(きたのおおちゃのゆ)」という、盛大なお茶会を開き、自分の権力を人々に見せつけたのだと言います。
そんな信長や秀吉に仕えお茶を広めた千利休が眠る、大徳寺・塔頭「聚光院(じゅこういん)」へ。「方丈」では、安土桃山時代に描かれた貴重なふすま絵を拝見します。そして、利休の像やお墓をお参りします。
天下人に愛され、利用された「お茶」の文化。歴史とともに残される、いにしえの面影をめぐります。