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#60

服部良一

国民栄誉賞を受賞した、戦前から戦後におけるヒットメーカー、作曲家・服部良一。CMなどでもおなじみの「東京ブギウギ」、今も多くの人々の心に残る青春ソングの代表「青い山脈」、戦後復興期、多くの人々を元気づけた「銀座カンカン娘」など、これまで頻繁にアレンジされ、誰もが一度は口ずさみ、耳にしたことがある名曲の数々を世に送り出した。生涯手がけた楽曲は3500曲に達し、「別れのブルース」や「雨のブルース」(淡谷のり子)の大ヒット曲に象徴されるように、日本が太平洋戦争へ突入する以前、まだ情報の少ない時代からジャズやブルースといった海外の音楽をいち早く取り入れ、そこに日本の音楽・メロディーを融合させた名曲を作り上げた。まさに昭和のジャズ&ポップス史を支えた第一人者といえる。
数々の功績を残してきた服部良一の音楽人生とは…。かつて大阪・道頓堀で培われ、鍛えられたアイデアとは何だったのか? 淡谷のり子を起用して革新的大ヒットとなった「別れのブルース」をはじめ、数々の斬新なヒット曲誕生に隠された逸話とは? 妻へのラブレターを大切に保管している服部良一の意外な一面? そして今回、服部家が所蔵する、戦前の貴重な記録フィルムを入手、初めて公開する!
現在の日本音楽界の巨匠である長男・克久氏と孫・隆之氏をはじめ、戦前の服部良一を知る一番弟子・小川寛興氏、彼の教えを受けた中村メイコらの貴重な逸話などから、改めて彼の音楽人生をつづる。