番組表

広告

スペシャルアーカイブ一覧

#68

韓国“積弊清算”の光と影 自殺者も・・・

韓国はどうなっているのか、現地ロケ特集の第2弾です。文在寅大統領が政権発足当初から進めている“積弊清算”は、大統領選のときから公約の一番に挙げていました。その積弊清算の光と影を山口豊アナウンサーが取材し、2019年2月17日のBS朝日『日曜スクープ』で特集しました。

■韓国内で評価が分かれる文在寅政権

取材ディレクター・三室和之

「ソウル駅前では反文政権のデモが行われています!」

ソウル駅前の広場を埋め尽くした文在寅政権に反対する人々。毎週土曜日、朴槿恵(パク・クネ)前大統領の支持者を中心とした反文政権のデモが行われ、関係者によると週を追うごとにその参加者は増えているといいます。

デモ参加者

「文在寅を潰そう!潰そう!潰そう!」

大韓愛国党 趙源震(チョ・ウォンジン)代表

「今の文在寅政権は民主主義国家の政権とは言えない正常に戻すことが我々のやるべきことだ。」

経済政策への批判が高まり政権発足時、80%台まであった支持率も現在は50%にまで落ち込んでいるのです。今から1年9か月前、文在寅大統領は特殊な状況の中誕生しました。

■2016年のろうそくデモ

2016年、当時の朴政権に反対する人々による「ろうそくデモ」。ソウル市内で150万人以上の人々が参加しました。デモの発端となったのが朴槿恵(パク・クネ)前大統領の親友、崔順実(チェ・スンシル)被告による国政介入事件です。崔被告は朴被告と共謀し財界に資金拠出を強要。さらに自分の娘を不正に大学に入学させていたことも発覚しました。次々と明るみになる朴政権による“権力の悪用”それはメディアにも「不正介入」という形で及んでいました。李明博元大統領そして朴槿恵前大統領、いわゆる保守政権によるメディア統制を暴いたドキュメンタリー映画「共犯者たち」。映画では、2008年、狂牛病問題などで責任を問われた李明博政権がメディアの政治介入を始めたと指摘します。標的になったのは公共放送局「KBS」と公営放送局「MBC」。次の朴槿恵政権でもメディアへの介入は続いたといいます。

■保守政権でのメディア介入の実態

映画「共犯者たち」を製作した調査報道機関「ニュース打破(タパ)」を訪ねました。「ニュース打破(タパ)」は2012年、李明博政権に批判的な報道をして左遷、解雇された公共放送の記者やプロデューサーらが設立しました。「ニュース打破(タパ)」のキム・ヨンジン代表も公共放送局KBSの元記者です。

山口

「自由な報道が伝えられないと感じたのはどの経験から?」

「ニュース打破(タパ)」キム・ヨンジン代表

「私は、李明博政権の初期に、調査チーム長からチーム員に降格され、その後、地方に左遷されました。つまり、大統領府の政策を指摘するようなニュースや番組制作から完全に排除されました。」
「そのため、政権寄りの番組やプログラムが流され、逆に政権に対して権力を監視するような番組は急激に解体大幅縮小されたり、日常で流れるニュースも、政権に負担になるようなニュースは流されなくなりました。」
「公営(公共)放送が崩れている状況で、このようなマスコミの状況を正したいそれが映画を作るようになったきっかけとなったのです。」

「ニュース打破(タパ)」は政権や財閥の意向に左右されぬよう非営利団体としておよそ3万3千人の会員の寄付金などで活動、調査報道を続けています。スタッフルームの壁に貼られた真実、正義、独立監視などのメッセージ。どれも視聴者から送られたものだといいます。

「ニュース打破(タパ)」キム・ヨンジン代表

「メンバーたちが常にこの紙を見てその心を忘れてはいけないという気持ちで貼っています。」

朴槿恵政権による「権力の暴走」に国民は半年にわたるデモで退陣を要求。朴大統領は弾劾訴追され、2017年3月韓国の歴史上初めて大統領の職を罷免されたのです。その罷免に伴う大統領選挙で支持を集めたのが文在寅氏でした。

大統領選での文在寅氏(2017年4月)

「文在寅反対だけを叫ぶ積弊勢力の連帯を私は少しも恐れていません。」

文在寅氏が国政課題の第一に打ち出したのが保守政権の積み重なった弊害をただす「積弊清算」。朴前大統領への不満が追い風になりました。政権発足の1か月後には各省庁・機関内に過去の不正を調査する「前政権による積弊清算タスクフォース」を立ち上げました。

■“積弊清算”は軍も標的に 自殺者も

慰安婦合意を主導した李丙琪(イ・ビョンギ)元駐日大使が不正資金疑惑で逮捕さらに軍刑法違反の容疑で金寛鎮(キム・グァンジン)元国防相を逮捕そして徴用工訴訟の判決を引き延ばした容疑などでヤン・スンテ前最高裁判所長官まで逮捕されたのです。

積弊清算の影響か、次々と逮捕される朴政権の大物たち…その中で大きな標的となった組織があります。それは陸軍の機務司令部(きむしれいぶ)です。軍の情報機関として北朝鮮のスパイ活動などを監視してきた部隊。文大統領は機務司令部を解体し組織改編を行うことを決定しました。なぜ標的となったのか?元国防省の幹部に話を聞きました。

元国防省対北朝鮮交渉課長 パク・フィラク氏

「民主化が行われ、とっくになくなっていい組織でしたが、むしろ機務司令部として自分の領域を拡大し、軍だけでなく民間領域まで監視するという間違った面がありました。それで軍内部からも機務司令部の改革を求める声がありました。」
「独裁への拒否感というのが強いと思います。また側近たちも民主化運動の過程で軍に対する反感を持っています。軍を主導する集団が陸軍士官学校の出身だと考えているようです。」

2017年、朴槿恵大統領退陣を求めるデモに対して戒厳令の布告を検討していた疑惑が浮上。実施計画文書を作成したのが機務司令部だと指摘されていました。検察は3か月にわたり機務司令部の関係先90か所を家宅捜索、200人を出頭させ聴取しました。しかし、この〝積弊清算”によってある悲劇が起きました。朴政権下で「セウォル号」沈没事故の犠牲者遺族を、不正調査していた疑いで取り調べを受けていた機務司令部のイ・ジェス元司令官(60)。去年12月7日、自ら命を絶ったのです。私たちは自殺したイ・ジェス元機務司令官の兄に会うことができました。

山口

「今回は弟さんが残念なことになって、そんな中でインタビュー受けてくれてありがとうございます。」

自殺した元機務司令官の兄

「遠くからきていただき、イ・ジェス司令官を覚えてくださり、またインタビューの依頼もいてくださり、ありがとうございます。」

山口

「その亡くなられてしまった弟さん、お兄さんからみてどんな弟さんでしたか?」

自殺した元機務司令官の兄

「ルールを守ることを徹底していました。弟は子供の時から、自分で正しいと思ったことは最後まで貫く性格でした。」

山口

「弟さんは事件について何か言っていましたか?」

自殺した元機務司令官の兄

「弟と家族と食事をしていたときに、査察でもないのにそれを査察といっているからとても残念だと言っていました。遺族のいた港には警察情報課の人もいれば、国情院の人もいる。その日の出来事を上部に報告していたのです。機務司令部が遺族を一人一人捜査することはできません。」

■令状審査で元司令官に手錠・・・兄の胸中

自殺したイ・ジェス元機務司令官は逮捕状の実質審査の段階で手錠をかけられたと言います。イ・ジェス元司令官の兄は、目を潤ませながら語りました。
「逮捕状の実質審査を受けに行って、与党出身の人は手錠をかけられずに入ったのに、弟と部下の人は手錠をかけられた姿で記者の前に立たせていたのです。それで手錠をかけられたのを見て、私たちも胸が痛かった」(目が潤む)

イ・ジェス元司令官の遺書には無念の思いが記されていました。
「これまで一点も恥ずべきところがなく生きてきた(中略)。機務司令部とその隊員らは献身的に最善を尽くした。あれから5年が過ぎた今になって当時のことを調べ断罪するとは本当に残念だ。私がすべてを持っていくこととし、関係者全員に対して寛大な処分を求めたい。」

イ・ジェス元司令官の兄は、弟にかけた最後の言葉を今も悔やんでいると言います。
「(亡くなる前)心を強くして耐えて行こうと。これも試練なのでまた過ぎていくんだと。弟にそういったのですが、とても後悔しています。どれだけ苦しいのかと、その怒りや苦しみを分かち合えられず、あなたは軍人だと、強くならないといけないと、強く耐えて行こうといったのが、とても悔やんでいます。」

死の3日前、検察はイ・ジェス元司令官の逮捕状を請求。しかし裁判所は「逮捕の必要性も妥当性も認められない」と棄却、取り調べそのものに疑問を投げかけました。積弊清算という正義の名の元行われる、前政権関係者への厳しい捜査。それは韓国に何をもたらすのでしょうか?

自殺した元機務司令官の兄

「軍人は自分の名誉を守ることを士官学校時代から学びます。将軍であり、軍人である。またこれまでの自分の人生は国家や民族のための人生で、ある意味、尊いものであったという自負があったのに、若い検事にすべてを否定されてしまった。名誉が踏みにじられてしまったから、身を投げたのでしょう。私たちは一個人の自殺ではなく、文政権による政治的な他殺だと思っています。」

(2019年2月17日放送)