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#103

日韓GSOMIA破棄凍結 失効直前に方針転換 文在寅政権と韓国軍の現実

戦後最悪とされる日韓関係。韓国がGSOMIA破棄を凍結したのは、失効が6時間後に迫る中でした。2019年11月24日の『BS朝日 日曜スクープ』は、文在寅政権が強硬姿勢から一転した理由を探るとともに、米国に依存する韓国軍の現状を特集しました。

■「日本は全く譲歩していない」

山口

失効が6時間後に迫る中、GSOMIA破棄が凍結されました。2019年8月22日に韓国がGSOMIAを終了することを決定したと発表して国際社会を驚かせてから、3か月です。破棄凍結をせざるを得なかったその判断の裏にある米韓同盟の現実をきょうは紐解いていきます。ではゲストの方々をご紹介します。まずは元駐韓国大使の武藤正敏(むとう・まさとし)さんです。今日もよろしくお願いします。

武藤

よろしくお願い致します。

山口

そしてお隣です。防衛省防衛研究所理論研究部長韓国・北朝鮮の政治、経済、外交、軍事がご専門の室岡鉄夫(むろおか・てつお)さんです。よろしくお願いします。

室岡

よろしくお願いします。

山口

さらにお隣です。アメリカ政治がご専門で、共和党では10年間予算編成を担っていました、早稲田大学教授の中林美恵子(なかばやし・みえこ)さんです。今日も宜しく願います。

中林

よろしくお願い致します。

山口

失効まで6時間と迫る中、電撃的な維持ということになりました。凍結会見は、一昨日(2019年11月22日)の午後6時でした。金有根(キム・ユグン)国家安保室第1次長は会見で「韓国はいつでもGSOMIAを終了できるという前提で(破棄決定の)効力を停止する」と語りました。正式には、『終了通知効力停止』という言葉を使っていました。どういう意味かというと8月に出したGSOMIAの終了通知の効力を停止するということで、その狙いについて、いつでもGSOMIAを終了させることができるとしています。室岡さん、韓国側はこのように、いつでも終了できると言っていますが、ここまでの経緯を考えるとそう簡単にはいかないと思います。いかがでしょうか?

室岡

おっしゃる通りですね。特に今回の決定はアメリカを考慮してのことだと思います。アメリカは、やはり韓国だけではなく、日米韓という枠組みを常に基本として考えていますので、韓国がGSOMIAを止めようと思ってなかなかすぐに止められるものではないと考えます。

山口

まさに、そういう現実が見えた今回の経緯と言えると思います。それでは、破棄凍結を巡る日韓の動きを確認しておきます。まず日本側です。輸出管理について日韓局長級の協議を実施するとしました。一方、韓国側です。WTO紛争解決手続を中断すると発表しています。そして、一連の結果につきまして、韓国の与党、共に民主党は自画自賛しており、「文大統領が展開した、原則ある外交の勝利」だと語っています。さらに勝利宣言とも取れる発言も外交当局から飛び出しているのです。「強制徴用問題が解決しなければ、輸出規制も解除できないという日本の連携戦略を、我々は輸出規制とGSOMIAを連携する戦略で対抗し闘い破った」という話も出てきているのです。これに対して、日本側、経産省の立場を確認しておきましょう。経産省の飯田陽一(いいだよういち)貿易管理部長です。「輸出管理当局として判断した結果を発表させて頂いておりますので、GISOMIAとは基本的には一切関係がございません。(これまで通り、)適正な輸出管理をしていく」と述べています。武藤さん、韓国側が言うようなここまでの譲歩を日本側がしたということは、まずないと思いますが、いかがでしょう?

武藤

全く譲歩はしていないと思いますね。アメリカの圧力があって、日本も非常に強い姿勢で、原則譲らないという姿勢で交渉しましたから、韓国側が全面的に降りざるを得なかった。韓国の放送で、アナウンサーが絶句と言うぐらい、ビックリしているわけですよね。それだけやっぱり自分たちは勝ったと、協議をすることになったとでも説明しないと、収まらないということなんでしょうね。

大木

日本と韓国で行われた記者会見は、同じ午後6時に開かれました。飯田陽一貿易管理部長は関係ないと話していましたが、武藤さん、事前にすり合わせがあったと捉えた方がよいのでしょうか?

武藤

対話するというところでは、話をしたんじゃないでしょうか。ただ、対話する中身については、韓国側と日本側と随分認識が違うと思います。韓国側は、輸出管理強化のあり方、それを実際に続けるかどうかで対話する。日本側は、韓国の輸出管理がしっかりできるか、日本から輸入した戦略物資をどこかに流していた。それがどうなっているのか、韓国側から説明を求めるという対話なんでしょうね。ですから、これから実際に対話を行っていく中で、いろいろ韓国側の問題が出てくるんだろうと思います。

■安倍総理「韓国も戦略的観点から」

山口

中林さん、アメリカからの圧力については、後ほど詳しくお聞きしますが、今回の一連の経緯はどのように映りましたか?

中林

やっぱり最初は驚きました。本当にどこまで韓国がこの時点に来て降りられるのかなと疑問に思っていたので。ところが、やっぱりアメリカの圧力というのは、既に広く認識されているとおり、相当強いものがあったんだろうと。そして日本も、もしかしたら、例えばですよ、韓国が降りるかもしれない、少し譲歩するかもしれないという情報が、アメリカからもし日本に伝えられたとしたら、これはチャンスだから少し韓国が乗って来やすいように、話し合いぐらいはできるかもしれないとか。もちろん、日本も筋は通さなきゃいけませんけれども、そういった形で、例えば、記者会見の時間を合わせることに繋がったのかもしれないなと。それは三国の、もしかして関係なのかもしれないし。

山口

GSOMIA破棄凍結について、安倍総理のコメントを確認しておきます。発表があった30分後の発言です。「北朝鮮への対応のために、日韓、また、日米韓の連携協力は極めて重要であります。それは私も繰り返し申し上げてきたことであります。今回、韓国もそうした戦略的観点から判断をしたのだろうと、こう思います」と語っていました。川村さんは、今回のこの動き、破棄から一転して維持になった、どう捉えていますか?

川村

今、かなりオフレコベースで、言えないことが結構あるので、ある程度のことで言わせて頂くと、やっぱり日本政府も分析しているのは、陰の主役はアメリカだったと。日米韓の野球で言えばクリーンナップトリオ、4番はやっぱりアメリカで、3番と5番が協力しなければ、4番が打てないんだというようなことを、懇談でも話を聞いたことがあります。何よりも、これは外務省関係筋と言ってもいいんですけれど、外交というのはもちろん国際法が基本にありますけど、国際法が金科玉条ではないとギクシャクした時には、その出口を探るのが外交であると言うことで、既に明らかになっているのは、韓国の第一外務次官が日本に来て、秋葉外務次官と対話をして、日本側も政府高官が韓国に行っているわけです。お互いに、アメリカが困るんだよということを一つのブリッジにしながら対話を進めてきたと。発表の仕方は、やっぱり韓国は局長級協議と言っているでしょ。これは、既に文在寅大統領と安倍総理が、文在寅さん側からの仕掛けで座って話をした時に、局長級のような協議をこれからやっていったらどうかという話があって、それは拒否をしているんですけれど、しかし今後、GSOMIAの問題がある種、凍結ですけれども、失効停止の形がいつまで続くかという中では、お互い日韓で協議はして行くということで。さらに、この番組でも話したと思いますけど、その前にGSOMIAに対して、韓国側が一番気にしている輸出規制、この問題に関して原則、譲歩はしないと日本側は言っていますけど、個別審査は続けて行くんだと、今まで通り。しかし、その前に一番、韓国が欲しがっていると言いますか、いわゆる半導体の主な材料となる3品目、液体フッ化水素等は、個別審査において、許可をしたんですね、日本側が。それも、韓国側は一つの材料として、今回こういう判断をしたとも言えます。

山口

ここまでの経緯を確認しておきましょう。そもそも3か月前、2019年8月22日GSOMIA破棄凍結となりましたが、会見した金有根(キム・ユグン)国家安保室第1次長は破棄についてこのように発言していました。「日本政府が8月2日に明確な根拠を示さず、韓日間の信頼喪失で安全保障上の問題が発生したとの理由から、『ホワイト国』から韓国を除外し、両国間の安全保障協力の環境に重大な変化をもたらした」と言っていたんですね。さらに文在寅大統領も「日本と軍事情報を共有するのは難しい」と言っていたのです。GSOMIA失効が迫る中、日韓ではどのようなやり取りがあったのか?韓国側の報道によると、「凍結」に至った交渉は、日本・外務省の秋葉剛男(あきば・たけお)事務次官と、韓国・外交部の趙世暎(チョ・セヨン)第1次官が水面下で話し合いを続けていた。天皇陛下の即位礼に合わせ、10月22日の李洛淵(イ・ナギョン)首相訪日を準備する中で話し合いが進められ、構築していったということですが、武藤さん、李洛淵首相の訪日に合わせて、どういう話し合いが進められ、調整が行われていたと考えられますか?

武藤

文在寅大統領は最後まで妥協するつもりは無かっただろうと思うんです。特に国民との対話で非常に強いことを発言しています。それが急転直下こういうことになると、韓国国民の反発って非常に大きいわけですよね。国内政治的にも非常にまずいと思います。おそらく李洛淵首相訪日を準備する過程では、本当に譲る気はなく、文在寅大統領と安倍総理との対話を李洛淵首相が取り次ぐというようなことを色々模索していたのであって、GSOIMIAの問題は、その過程の中ではどこまで話したか、疑問ではないかと思います。

■米国の圧力『三重奏』

山口

GSOMIAの破棄凍結、なぜ急転直下ということになったと思いますか?

武藤

それはアメリカ側の圧力が非常に強かったし、金鉉宗(キム・ヒョンジョン)第2次長という、GSOMIA破棄に一番大きな役割を果たしたという人が、直前にアメリカに行って、相当強いことを言われているんだろうと思います。だからもうこれではダメだということで、最後に急転直下だったと思うのですけどね。11月22日に発表がありましたけど、21日の午前中に会議をしている。そこである程度そういう方向性が出ていて、22日にそれをどのように国民に説明するかということを議論したのではないかと、私は、今は外にいてわかりませんけれど、そう想像します。

山口

室岡さんは防衛の専門でいらっしゃいます。この3ヵ月、GSOMIA、安全保障上の問題に関して、どういうことがあったのか、この背景どのように読み取っていますか?

室岡

韓国の金有根(キム・ユゲン)第1次長が、「安全保障上の問題」という言い方をしていますけど、貿易管理の問題と、北朝鮮から撃たれたミサイルにどう対応するかという純粋な安全保障の問題というのは、やはり元々分けて考えるべき問題。これを、韓国側がミックスしてしまったために、ここまでもつれてしまったのではないかと考えます。

山口

確かに安全保障上の問題というのは、こういう交渉の中に入れるべきテーマではなかったということですかね?

武藤

GSOMIA、6時間前に急きょ、凍結が解除したというのですが、2012年も署名の1時間前にキャンセルになっているんですよ。それだけ、韓国国内でGSOMIAに対しては、あまり評価が高くないわけですよね。文在寅大統領もどこかでこれをやめたいと思っていて、たまたま、いいきっかけだと思い、やめようとしたというところがあるのでしょうね。

山口

そのあたりの背景もしっかり見ていこうと思います。アメリカから、GSOMIAの失効期限が迫る中で、「圧力の三重奏」と書かせて頂きましたが、様々な方面から相当な圧力があったということなのですね。そこを見ていこうと思います。まず1つ目の圧力は、外交を担当する『国務省』から。11月22日、破棄から一転維持ということになりましたが、その前日21日、ポンペオ国務長官と康京和外相(カン・ギョンファ)の電話会談があって、かなり厳しくポンペオさんから話があったのではないかと言われています。さらに2週間前にもクラーク国務次官、そしてスティルウェル国務次官補も、韓国の高官と協議をしています。さらに2つ目の圧力は『国防総省』です。一週間前、エスパー国防長官が文在寅大統領と会談をしました。さらに現場の幹部、アメリカ軍の幹部も、続々と訪韓して文大統領と会談をしました。先週もしっかりお伝えした内容なのですが、やはり国防総省側からもかなりの圧力があったということです。そして3つめの圧力は、『アメリカ議会』です。凍結発表の前日21日、アメリカ上院が、GSOMIAの重要性を訴える決議を行ったのです。そのメンバーは、アメリカ議会上院のジム・リッシュ外交委員長や、メネンデス外交委員会民主党幹事などで、まさに、超党派の面々が集まったのです。その理由としては、アメリカ下院外交委員会のエンゲル委員長の発言ですが、「(北朝鮮や中国など)敵がいる。仲間内で争う余裕はない」という現実面を指摘しているのです。そして、非常にスピード採択だったのです。20日に提出され、わずか1日で常任委員会を経て、本会議まで一気に採択されたということで、中林さん、3方向からの圧力があった。これはやはりGSOMIAに対する危機感というのが相当超党派であったということなのでしょうか?

中林

もちろんです。今アメリカはいろんな意味で国内の意見が大きく分かれていて、分断国家とも言われていますよね。でも今回のこのGSOMIAの成り行きをアメリカの中で見ますと、ものすごく一致しているわけです。こんなに一致するような問題ってなかなかないと言ってもいいくらいです。ちょうどこの審議があり、いろんな案が出されていた先週、一週間ばかり私もアメリカ・ワシントンにおりましたけれども、どこへ行っても大体この問題に対する認識がぴったり一致しているんです。ここにありますのがその上院の決議案です。実際通ったものなのですが、これがGSOMIA期限切れ前ギリギリで通りました。この中身を見てみると、行政府で言っていることときちんと呼応しているのです。つまり、北朝鮮がどんなに危険であるか、GSOMIAの重要性を再確認するというタイトルまでついていて、これを何とかしなきゃいけないという理由が、全て行政府と一致しています。それから、下院の方は9月24日に通しているんです。これは、そこまでの危機感がまだちょっとなくて、日米韓の今までの歴史とか、そういったことにも触れる内容になっています。ところが、上院で通った時にどんなに危機感があったかということが、中を見ればそのままわかります。おそらく韓国の高官が、アメリカのどの省庁に行って聞いても見解はもう一致していたでしょう。しかも、アメリカの韓国駐留米軍を危険にさらすのかと、そこまで言われたでしょう。北朝鮮の先には、中国、ロシアもあり、そちらの方に韓国も行くのかというところまで詰め寄られることもあったでしょう。一糸乱れぬ形で行政府が動き、実は議会もそれに追い打ちをかけた。議会スタッフの中には国防省などで仕事をしていた人間います。決議は外交委員会が中心になってまとめていますけれども、私の友人なども実際に中に入っていて、これは当然ながらコーディネートに一役買っていました。これはアメリカが一体となって、大きな決意を持っていたということだと思います。

■米国が“結束”して「継続」を求めた理由

山口

中林さん、さらに伺いたいのですが、これはもちろん韓国に対する圧力であったわけですが、日本に向けられたメッセージということもあったのでしょうか?

中林

実は、韓国だけを名指ししているわけではなくて、日本も韓国も歴史問題をはじめとして、問題の解決はしていかなければならないということを、決議では謳っています。歴史問題については日本人がアメリカ議会や行政府のどこへ行っても、公式にはそう言われるはずです。ただしGSOMIAは歴史問題ではなく、インド太平洋の安全保障の戦略に関わる問題であるということを決議案の中でも明確に書き入れているし、国防省も国務省も異口同音で、です。ここをやはり取り違えないで欲しいというのが最大のメッセージです。もう一つは、トランプ大統領は、例えば在韓米軍を縮小したり引き上げたりするなど、色んなことを考えている方ですよね。選挙中にはそういったことを発言したこともありました。したがって、官僚がワシントンの中でGSOMIA破棄に対して一体になった理由の一つにトランプ大統領がそっちに動いてしまってからでは遅いので、なんとか官僚レベルできちんと治めて行かなければならないという気持ちもおそらくあって、一生懸命になった跡が伺えます。

山口

トランプさんだからこそ何するかわからないから、まとまったという・・・

中林

決議案をよく読むと、ひしひしと一行一行から伝わってきます。

大木

意見が分かれるようなことでもないし、みんなで一致してどうにかしようというのは?

中林

GSOMIAがなくなったら、本当にトランプ大統領が、在韓米軍を一部でも引き上げるのではないかと。安全保障のプロにとって望ましくない方向に転がっていく可能性はトランプ大統領ならゼロではないのですよね。

山口

室岡さんは、まさに軍事の専門でいらっしゃるのですが、アメリカの国防総省をはじめとする韓国への圧力、どんな思いがあったのか、どう読み解きますか?

室岡

それはもう、今、中林先生がおっしゃった通りで、アメリカの明快な意思を感じました。それ以上に、アメリカがここまで人を送りこまざるを得ないほど、韓国が頑なだったのかなと感じました。
普通は、米韓で色々協議を水面下でやれば、韓国側も察して、特に、大統領と国防長官が会うような場面では、もう少し外交的に彩られた対話になるところを、非常に直截的な言い方で大統領がGSOMIA延期できませんというようなこと言ってしまう。これにはやっぱりアメリカも相当驚いたのではないかと。

中林

驚いたと思います。最初は、国務長官が「Disappointed」って言ってみたり、少しずつメッセージを出しているのですよね。でも、最後の最後になって、それが伝わらないと、通じない相手なのだということがわかって、ちょっと遅きに失したのではないかと、慌てました。

武藤

盧武鉉(ノ・ムヒョン)元大統領でも、多分あれで変えていた。

中林

変えていますよね、普通。

武藤

文在寅大統領だからこれだけ頑なになった。

中林

最後は総力戦でアメリカもメッセージを最大限に伝える必要があったんですよね。

■韓国のキーマンに米政府は・・・

山口

それでは、さらに圧力の背景を見ていきます。11月21日、22日、まさにGSOMIA破棄凍結当日前日と、2日連続でNSC国家安保会議が開催され、GSOMIAの扱いをめぐるキーマンが、金鉉宗(キム・ヒョンジョン)国家安保室第2次長ということです。金鉉宗さんは、極秘に(2019年11月)18日から2泊3日で訪米していまして、帰国後、訪米結果をNSCに報告していたわけです。この金鉉宗さんは、8月に破棄を発表した際も直前に訪米していました。そして、この3カ月前、アメリカが失望したという意見に対し、「われわれはアメリカと十分に意思疎通・協議し、アメリカはこれに対して希望通り延長されなかったことに失望したと考えている。だが重要なのは、この機会が韓米同盟関係をさらに一段階アップグレードできるきっかけになることだ」と相当楽観的に捉えていたのかな、見誤ったのかなと思えるのですが、武藤さんいかがでしょうか?

武藤

彼はかなり信念を持ってやっていたでしょうから。これに失敗したことで、おそらく反省するような人じゃないですよね。強硬な方で、彼はこれをどうやって取り戻そうと考える方だと思います。ですから、やはりそういう方が、韓国の外交を牛耳っているというところに危機感を感じます。

山口

ただこの金鉉宗さんにも相当圧力があったということでしょうか?

武藤

相当あったということでしょうね。

大木

中林さん、アメリカ側は、金鉉宗がGSOMIAのキーマンだとわかっていて、そこに働きかけたという動きはありそうですか?

中林

もちろんです。この方がこのままの路線で行かれたら、全く変わらないことになってしまいます。ワシントンに来ているわけですから、直球でメッセージを伝えたはずなんですね。ましてや、国家安全保障問題担当のボッティンジャー大統領副補佐官も対応しました。現在の安全保障担当補佐官はオブライエンという方で、ボルトンさんの後任なんです。でも実は、ボッティンジャーさんは、NSC(国家安全保障会議)のアジア担当部長だったのでアジアに関しては補佐官よりも詳しいし、中国に駐在したこともあって、ウォールストリートジャーナルなどで記事を書いたこともある、かなり中国強硬派なんです。ということは韓国に対して、よもや中国側に行くのかと。アジア関係の事をしっかりと具体的に伝えて、かなり強い口調だった可能性があります。

大木

川村さんは、今回、韓国にかけられたアメリカからの圧力をどう捉えていますか?

川村

今、皆さんがおっしゃった通りだと思いますけど、文在寅大統領が最後に降りる、譲歩するきっかけになったのは、1つは米朝交渉で、トランプ大統領と金正恩の交渉を北朝鮮側は年内にもやりたいと、ずっとメッセージを出し続けていて、米朝交渉というのは、日米韓が揃っていないと、北朝鮮に対して不利になるということが、トランプさんの第一義的な考え方なんですよね。それは、トランプにとってみれば、先ほど中林さんが言われたように、在韓米軍の削減とか撤退とかないしは、駐留するから予算を5倍にしろとか、そういうことも含め、北との交渉を大事にするという意味では、文在寅大統領にとっても、北朝鮮との関係が、米朝交渉が進まないと、それは韓国側・青瓦台としては困るという意思が、ようやくはっきりしてきたということですから、これで米朝交渉が少しは進展するかなという感じはしますね。

■韓国軍の米軍依存・・・情報システム『C4ISR』

山口

文在寅大統領が最後の最後になって、アメリカからの圧力を受け入れたといようなことが見てとれるわけですが、そこには韓国軍の抱えている現状もあるわけなんです。それを見て行こうと思います。韓国軍は米軍に強く依存しているんです。まず全体像を把握していきます。韓国軍は約59万9千人、戦闘機が180機ほど。これに対し在韓米軍は、約2万8500人、戦闘機が90機ほどということで、数字だけを見ますと、韓国軍の方がはるかに大規模ではあるのですが、非常に重要な部分で韓国軍は、在韓米軍に依存しなければならないポイントがあるのです。まず1つ目が『情報』です。韓国軍だけでは、「北朝鮮のミサイルの正確な分析ができない」ということです。特に難しいのが、(ミサイル)発射の兆候をつかむことができず、理由として、米軍のような偵察衛星や偵察機を持っていないということです。このため、今はアメリカが情報をキャッチし、日本や韓国と共有しているということなのですが、室岡さん、韓国独自ではミサイル発射の兆候をつかむことは難しいのでしょうか?

室岡

そうですね。韓国も相当、色々な努力をしています。韓国独自の偵察機も持っています。しかし、アメリカのように発射した瞬間を衛星で捉えて、その情報を瞬時にアメリカ本土、あるいは日本・韓国に伝えるような、システムはまだできていないということで、そういう部分について、韓国はアメリカに頼っている。加えまして、南北で文在寅さんと金正恩さんの間、それからトランプさんと金正恩さんの間で約束した結果、例えば、偵察機を北朝鮮に近いところで飛ばせなくなってしまっているんですね。そういうようなことも、韓国にとっては、アメリカへの依存が必要な理由だと思います。

山口

なるほど。南北融和の結果、そういうことも起きてしまっているということですよね。そして、室岡さんに事前に伺いました。実は韓国軍近代化に遅れがあり、「韓国軍は『C4ISR』(シー・フォー・アイ・エス・アール)というシステムを確立できていない」ということです。では、このC4ISRとは何なのか確認しておきます。
「指揮(Command)」
「統制(Control)」
「通信(Communication)」
「コンピューター(Computer)」
「情報(Intelligence)」
「監視(Surveillance)」
「偵察(Reconnaissance)」
その英単語の頭文字を取りまして、Cが4つですからC4、ISRとなるということなんです。この内容です。あらゆる『情報』を統合的に活用して、軍事活動を行う。ということで、ちょっとわかりづらいので、イメージ図を作ってみました。標的に対して陸・海・空、そして、宇宙から情報を収集、その情報が巨大スクリーンに映し出されます。例えば、標的の位置・戦力、味方の位置情報などがリアルタイムで表示されているということで、まさに、SFのような世界が、実際に行われているということです。戦時にこれがあるとどうなるのかというと、敵を丸裸にでき、メリットとしては、標的の動きを予測した作戦を立てられることも可能だということです。実際に歴史があるんですね。1990年代、湾岸戦争で導入され、日本でも実は2007年から陸上自衛隊で導入し、実験・訓練が行われています。さらに周辺国、中国やロシアなども、C4ISRの研究が進められていると言います。室岡さん、韓国は独自でこういうシステムを使えない、米軍に依存しているという現状があるのでしょうか?

室岡

そうですね。その前に一つ申し上げますと、1990年代、湾岸戦争の時にC4ISRというシステムを使ってアメリカが圧倒的な勝利を得たということがあります。それで、世界各国でこういうものを学んで、取り入れているというのが現状です。韓国ももちろん努力はしているのですが、アメリカほど優れたシステムは持っていない。ただし、今は米韓連合軍という、一緒に戦う体制ですので、アメリカが提供するシステムを韓国も使うことができると、そういう状況だと思います。

山口

これは在韓米軍が持っているシステムを、韓国が譲り受けることはできないのでしょうか?

室岡

仮に機械を譲り受けたとしても、そこに入れるデータですとか、あるいはソフトウェアが非常に重要になってきますので、アメリカは譲り渡さないのだろうと考えます。

■韓国が読み違えた“米国の反発”

大木

中林さん、アメリカからすると、韓国は、これだけ情報システムでアメリカに依存しているにもかかわらず、何でGSOMIA破棄とか、平たく言うと、なぜ歯向かうようなことをしてくるのかという不満が非常にあったんだろうと感じ取れますよね?

中林

そうですよね。でもこれほど大事なものだからこそ、恐らくアメリカが食いついてくるだろうと文在寅大統領が思った可能性がありますよね。アメリカが食いついてきて、あまり大事なものだから、じゃあ日本を説得しようと、仲介に入ってくれるんじゃないかと。ところが、そういった筋違いのことは、アメリカはしなかったということなんですよね。

大木

そこの韓国政府側、文在寅大統領側の読み間違いみたいなものがあったのかもしれないと?

中林

かなり大きかったし、逆に韓国と日本の歴史問題が出発点です。日韓問題ことに、アメリカを引きずり込もうとするそのやり方自体に、やはり歴史問題と安全保障が違うじゃないかという、憤りっていうのもありました。そもそものやり方からして、あまりにも、言ってみれば卑劣な手法だったということがアメリカにもやっぱり感じ取られてしまった。そして韓国は、いろんなメッセージを、マスメディアを通して言いますよね。「これでアメリカともうまくやっていける」とか、勝手なことをどんどんどんどん公表し、報道していくので、それに対しても、不信感が積もってしまったということがあるかもしれません。

川村

これはおそらく日本の政府関係者も言っていましたけど、文在寅大統領がある程度、国防とか軍備というよりは、トランプ大統領を非常に気にしていて、トランプ大統領は、基本的にあまりGSOMIAに関心がなかったのではないかということは言われていて、つまり、GSOMIAに関しても、例えば、米朝交渉の一つのカード、それによってむしろアメリカが予算を削るとか、あるいは、5倍に引き上げてもらうとか、そうゆうようなある種ディールのカードにしか考えていないということを、ちょっと文在寅大統領も考え過ぎていたのかもしれませんね。

山口

韓国軍が在韓米軍に依存しているというポイント2つ目は『装備』です。どういうことかというと、対北朝鮮に必要な装備が不足しているということなんです。朝鮮半島の安全保障の重要なポイントの1つが「北朝鮮に対する抑止力」です。具体的に、戦闘ヘリコプターの部隊、そして多連装ロケット砲・地対地ミサイル部隊、こうしたものが必要とされるのですが、これらは主に在韓米軍の装備であるということです。韓国軍は現在こうした装備を購入して装備を整えているということです。そして、在韓米軍に依存しているポイント3つ目は『訓練』です。どういうことかというと、「韓国軍を強化するのに、アメリカ軍との合同訓練が必要」だということなのです。振り返ってみますと、ことし3月、アメリカ国防総省が2つの重要な米韓軍事演習の打ち切りを発表しました。まず1つ目が、40年続いていた世界最大規模の軍事演習「フォールイーグル」が一旦打ち切りになりました。米韓の陸・海・空が参加して、通常兵器による地上戦を想定した訓練で、2017年には在韓米軍およそ2万8000人以上が参加していました。そして2つ目が、軍事演習「キー・リゾルブ」です。コンピューターによるシミュレーションを駆使し、北朝鮮による攻撃を受けた際に不可欠となる指揮センターの設置訓練が行われるというものです。室岡さん、この辺りの動き、どのように捉えていらっしゃいますか?

室岡

まず、韓国軍も対北朝鮮にとって必要な装備を相当持っております。ただ、どうしても鍵になる一部分については、在韓米軍に頼らざるを得ない。それが先ほど言っていただいた、多連装ロケット砲。これも韓国は持っておりますけれど、アメリカの能力で補完してもらうことが必要だということです。訓練についても、米韓連合軍で戦うということが基本になっていますので、やはりアメリカと、しかも、コンピューター上だけではなくて、実際の道とか野原を使って、本当に部隊が動けるかというような演習をしておくことが、これはもう必ず不可欠なわけです。

■戦時作戦統制権は「米韓連合司令部」

山口

それでは、在韓米軍に依存している背景を考えてまいります。韓国軍には、有事の際に軍隊の作戦を指揮する権限『戦時作戦統制権」がありません。文大統領は、自分で戦時に韓国軍を指揮することができないということになるわけです。じゃあその指揮権はどこにあるのかというと、「米韓連合司令部」が握っています。つまり、(有事の際は)アメリカが韓国軍の指揮をとるということになるわけです。ここに至るには、さまざまな歴史がありました。1950年、朝鮮戦争中に李承晩(イ・スンマン)政権により、マッカーサー国連軍司令官に、軍の作戦指揮権を移譲されたことが始まりだそうです。それが米韓連合司令部に受け継がれ、今にいたっています。米韓において「戦時作戦統制権」の移譲は2007年の盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権のあたりから話し合われていて文在寅政権は任期満了までの2022年5月までに返還するよう強く求めていたということですが、室岡さん、さらにまた新しい動きがあったのでしょうか?

室岡

何度かいろんな動きがあるんですが、現在は韓国側が北朝鮮に対抗できるような、先ほど不足している装備があるということをおっしゃいましたけど、そういう装備を持つこと。それから、アメリカを含めた新たな米韓連合軍司令部の司令官に韓国の軍人がなった時に、韓国人がすべてをコントロールできるような能力とか、先ほども出ました、C4ISRのシステムを持つということが鍵になっています。一つ補足させて頂きたいのですが、『戦時作戦統制権』、これは今米韓連合軍司令部はアメリカの陸軍大将が司令官ですが、その上には、アメリカの大統領と韓国の大統領が上司としていますので、韓国の大統領が、指揮権がないというわけではないということを補足させて頂きます。

山口

なるほど。こういう流れの中で、文在寅政権が、今後どうなっていくのか。GSOMIAについては「破棄すべき」が多かったわけですから、これからの流れというのも大変気になるのですが、武藤さんは、今どのように考えていらっしゃいますか?

武藤

そもそも、これだけ破棄すべきだという意見が多くなったのは、文在寅大統領が相当こだわってきたから、国民もそれを真に受けたってところがあるわけですよね。もう少しやはり慎重にやらなきゃいけないと文在寅大統領が言っていれば、数字はだいぶ違ったんだろうと思うんですよ。実際に破棄が凍結になってみて、そして、韓国が日本と協議するんだと言っていますが、ただ、対話してうまくいかない可能性が非常に強いわけですよね。そもそも、対話する中身が違うんだから。その時にどうなるのか。韓国は、また破棄だなんて方向へなかなか持っていけないだろうと思うんですよ。そうすると、どこに持ってくるかというと、ちょっと心配するのは、徴用工の問題に持ってくる可能性がある。その時にどうするのかということを心配しておく必要があるのかなと感じます。

山口

備えておく必要がありますよね。中林さん、今回のGSOMIAを巡って、やっぱりアメリカと韓国の間、相当、亀裂も深まったと思うのですが、今後、どのように考えていらっしゃいますか?

中林

そうですね。かなり不信感はあるものの、ひとまず凍結出来たというところは、やっぱり評価しなければいけないし、アメリカとしては、安全保障が何よりも大事な分野ですから、ここをしっかり守ってもらうというところに力を集中していくことになると思います。そして、やっぱり歴史関係の問題は、日本と韓国の間でやって欲しい。それを後方支援しますよ。二国間で話し合うのなら一生懸命応援しますよというスタンスになるでしょうね。

山口

今後の日韓関係も、そうしたところも大変重要になってくると言えると思うんですよね。もっと皆さんにお話を伺いたいのですが、時間なってしまいました。どうもありがとうございました。

(2019年11月24日放送)