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#162

禁断の扉 第4弾
~南禅寺金地院、六波羅蜜寺、冷泉家~

今回は、名所の「禁断の扉」を開き、非公開の内部に潜入する、番組の人気シリーズ第4弾。俳優・中村雅俊さんがベールに包まれた扉の先に潜入します。
まずは、禅寺の中でもっとも高い格式を誇った南禅寺の塔頭「金地院」へ。開山堂や東照宮、方丈庭園を見学しながら、この寺の住職を務めた以心崇伝と徳川家の深い繋がりをひも解きます。そして禁断の扉を開けて、普段は中に入ることができない方丈の中へ。そこは金箔を惜しみもなく使った黄金の空間。日本絵画界に君臨した絵師集団「狩野派」を率いた狩野探幽が描いた松の障壁画と、そこから見える庭の松が意味するものとは? そんな豪華絢爛なこの部屋は、崇伝が三代将軍徳川家光を迎えるために造らせた場所。しかし、家光はこの部屋を訪れることはありませんでした。そこにはある悲しい物語が……。

続いては、この番組で初めて訪れる「六波羅蜜寺」。ここは平安時代中期に活躍された空也上人が創建した寺院。まずは12年に一度辰年に公開される御本尊と、空也上人との逸話を教えていただきます。そんな六波羅蜜寺の禁断の扉の先にあるのが、有名な空也上人像にまつわる秘宝。それがなければ、この像も誕生しなかった可能性が……その理由とは? さらに空也上人が書いたと伝わる直筆の書も見せていただきます。
3つ目の禁断の扉は、完全な姿で現存する最古の公家屋敷「冷泉家」。そこは「和歌の家」として朝廷に仕え800年の歴史を持ち、京都御所の北に居を構えてきました。特別公開の時以外普段は入ることが許されない敷地の中へ。実は冷泉家は、藤原道長の子孫であり「小倉百人一首」の編纂をした藤原定家の孫を祖とする和歌の家。そのことを示す意外なものを拝見します。多くの公家は、明治になり天皇とともに京を離れました。なぜ、冷泉家は京に残ったのか? それはあるものを守るためでした。
禁断の扉を開け、知られざる歴史の真実に触れる旅に出かけます。
 
【専門家出演者】
●京都旅屋代表
吉村 晋弥さん
 


 
「京都ぶらり歴史探訪」と「JTBロイヤルロード銀座」のコラボでお届けするツアー「夢の休日」で新春の京都を巡りませんか。
下鴨神社で新年のご祈祷の後…金地院の庭園や茶室などを特別に拝観します。
旅の詳細は、「JTB夢の休日」で検索ください。