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#269

モスクワまで200キロの地点に…プリゴジン氏“反乱”がもたらすのは

ロシアの民間軍事会社『ワグネル』のプリゴジン氏は、ロシア軍の南部軍管区本部を占拠し、モスクワまで200キロの地点に戦闘員を進めました。プリゴジン氏は、ベラルーシのルカシェンコ大統領の説得に応じる形で、撤収に応じましたが、この反乱がロシアに及ぼすものは!? 2023年6月25日『BS朝日 日曜スクープ』は、プリゴジン氏が武装蜂起した22時間に何が起きたのか、そして、ウクライナでの戦場への影響を軸に特集しました。

■「プリゴジン氏は求めていたもの得られず」

上山

プリゴジン氏“22時間の武装蜂起” ウクライナ侵攻への影響も詳しく見ていきます。

現地時間の6月23日夜に武装蜂起しました。そして、モスクワへと、ワグネルの部隊を進めていたプリゴジン氏ですが、24日の午後8時29分に自身のテレグラムでこのように投稿しました。

「ロシア人の血が流れることに対する責任を自覚し、部隊を方向転換して撤退させている」。武装蜂起を中止することを発表しました。この舞台裏では一体何があったのでしょうか。、ベラルーシのルカシェンコ大統領がプリゴジンと電話会談を行い、仲介をしたということなんです。

このルカシェンコ大統領の仲介には、こちらプーチン大統領が合意していたと報じられています。つまり、ルカシェンコ大統領は、プーチン大統領の代理人という形でプリゴジン氏を説得したとみられています。そのプリゴジン氏が合意したとされる条件がこちらです。

モスクワを目指していたワグネルの部隊を拠点に戻すこと。プリゴジン氏はベラルーシに出国すること、ワグネルの戦闘員が訴追されないことを保証することなどが条件となっていたとされています。

駒木さん、この武装蜂起については起こったこと、非常に驚きましたが、こういった決着の仕方、結末についても非常に驚いた部分がありました。まず、ルカシェンコ大統領が仲介役をしたと、そして、ワグネルのプリゴジン氏がこういった条件を受け入れたと報じられていますが、なぜプリゴジン氏ここで条件を呑んだのか。どういったウラがあったのか。

駒木

そうですね。非常に急転直下という決着で、私も非常に驚いたんですが、結果から見ると、プリゴジン氏が求めていたものはほとんど得られていないと思うのですね。プリゴジン氏が求めていたのは、ワグネルという組織を自分の支配下に置いて存続させるということ。そして、ショイグ国防相、あるいはゲラシモフ参謀総長の更迭ということも求めてきたわけですね。

それで、なぜそれを今、求めて実力行使に出たかと言うと、ショイグ国防相が6月10日にすべての義勇兵は軍と直接、契約を結ばなきゃいけないという命令を出して、これは要するに、ワグネルの戦闘員に対しても軍の傘下に入れということですね。これに対してプリゴジン氏は猛反発する。これは、ワグネル解体を狙ったショイグ国防相の策謀である。ということで、それを阻止しようとしたのが、おそらく今回の行動の大きな動機だと思うのですけれども、結果として、それは全く得られなかった。

2つとも得られなかった。代わりにプリゴジン氏が何を得られたかというと、おそらく身の安全でしかないわけですよね。最初は、FSBがプリゴジン氏に対する刑事訴追捜査を始めると言ったのですが、それは取り下げると。ベラルーシへの出国を認める、亡命ですよね。だから、身の安全を確保しなければならないほど、状況は自分に利がないと、プリゴジン氏はルカシェンコ氏に説得されて、それを受け入れざるを得なかったということが、この22時間の間に起きたということだと思いますね。

上山

ということは、要は失敗。

駒木

失敗と言っていいと思います。

【駒木明義】朝日新聞論説委員 モスクワ支局長など歴任 クリミア併合を取材 国際関係の社説を担当 著書「安倍vs.プーチン 日ロ交渉はなぜ行き詰まったのか?」 (筑摩選書) 

■「プーチン大統領の発言が転機に…」

上山

もう一つ気になるのが、このテレグラムでプリゴジン氏が武装蜂起を表明してから、22時間でこういった決着になったというわけで、かなり短期決着なのかと思ったのですが、このスピード決着についてはどのようにご覧になっていますか?

駒木

おそらくプリゴジン氏はプーチン大統領から、もっと支持を得られると考えていたと思うのですね。これまで、これだけ軍を正面切って批判して、そして、戦場でも好き勝手をやっていて、それが許されてきたのはプーチン大統領が許してきたからなわけですよね。

そして今回も、自分の言うことであれば、ある程度聞いてもらえると思っていたと思うのですが、プーチン大統領がビデオメッセージで、これは裏切りであると、反逆であると許せない行為だということを、強いメッセージとして出したことが一つの大きな転機になったと思います。

上山

ということは、命だけは正直助けてやるっていう、そこで決着した可能性がありますね。

駒木

ベラルーシに行って今後、彼の安全がどのように守られるかわからないのですが、おそらく監視のような形でですね。好き勝手発信するような、これまでのようなテレグラムを使って発信できるのかどうか、これは注視したいところですけが、おそらく、そういう自由がなく、命の安全だけを保証されたという形ではないかと、今の段階ではそのように見えます。

■「ロシア軍“賛同”なく撤収か」「リスク回避での決着」

上山

渡部さんは、今回の決着については、どのようにご覧になっていましたか。

渡部

駒木さんと同じことを言おうとしたのですけれども、このプリゴジンの反乱というものは失敗しました。明らかに失敗しました。なぜかと言うと、この反乱によってプリゴジンが達成したかったことは2つ。ワグネルを国防省の指揮下に入れないで、国防省とは独立した組織として残すこと、そしてショイグ、ゲラシモフ、彼らを辞めさせて国防省の改革を実施する。この2つとも、全然達成していないというところで失敗だということです。

そして、なぜこの短期間で行われたかということは、プリゴジンはこの反乱をすることによって、モスクワまで前進する間において、多くのロシア軍の賛同者がもう集まってくるのだろうという思惑でいたと思うのですね。自分たち自身の勢力だけではこれは達成できない。だけれども前進する過程の中で、多くのロシア軍が賛同するだろうという思惑でやった。それがなかった。ですからもう1日目で、モスクワに突入したとしても、自分たちだけの力ではとても目的を達成できないと観念したんだと思います。

【渡部悦和】元陸上自衛隊東部方面総監 国家安全保障政策や防衛戦略等の情勢に精通 近著「プーチンの超限戦—その全貌と失敗の本質」(ワニ・プラス発行)

上山

もう少し大きなうねりになることを期待していた可能性があるということですが、木内さんはこの決着については、どのようにご覧になってますか?

木内

今、お2方がおっしゃった通り、プリゴジン側の負けということなんだろうとは思いますけれども、政府としても最後まで非常に強い立場を通せなかったような気がしますよね。本当に打ち取りに行くみたいな決着もあったように思うのですが、最終的には他の国に仲介してもらった形の解決というのは、内政問題を自分で解決できなかった形でもありますし。それからプリゴジン、あるいは、その兵の罪は問わないという非常に寛大な決着になった。

先ほど渡部さんおっしゃったように、兵とか軍とかがどのぐらい同調してくれるかどうか、期待していたほどではないかもしれず、兵を止めたということですが、ただ、政府としても、同調者がどのくらい出てくるかわからないという不安もあったと思います。やはり両方とも、第三者がどのぐらい味方してくれるか動きが見えなかったので、最終的にリスクをとらない形の決着に落ち着いたという印象もあります。

【木内登英】野村総合研究所エグゼクティブ・エコノミスト 12年から5年間、日銀審議委員として金融政策を担う 専門はグローバル経済の分析 米独で駐在経験

■22時間の武装蜂起① ロストフ州に侵入

上山

今回のプリゴジン氏による「武装蜂起」は、22時間という短時間で、非常に緊迫した状況をもたらしました。その経緯をです。

まず23日の夜から24日未明にかけ、2万5000人の「ワグネル」戦闘員がウクライナ側から、隣接するロシア南部の「ロストフ州」に侵入しました。そして24日午前には、プリゴジン氏やワグネルの兵士が州都のロストフナドヌーにある「南部軍管区司令部」に入る映像を公開しました。そこでプリゴジン氏は「ワグネル部隊がロストフを封鎖し、ショイグ国防相とゲラシモフ総司令官がここまで会いに来ない限り、このまま首都モスクワへ進軍する」と宣言し、部隊を北上させていきます。この時、プリゴジン氏は、ショイグ国防相がロストフ州から逃亡したと主張しています。

駒木さん、事実であればプリゴジン氏は、ショイグ国防相がいるタイミングを狙ったようにも見えますが、どのようにお考えですか?

駒木

実際にショイグ国防相はそこにいたのか、逃亡したのかはわからないのですが、プリゴジン氏がそのように見せようとアピールしたことは事実で。それはやはり、先ほど渡部さんがおっしゃったように、軍の足並みを乱して、そしてショイグ国防相に対して不満を抱いている軍人たちを味方につけようという動きだったと思うのですね。

ショイグ国防相は、非常に人気のある政治家ではあるのですけれども、軍出身ではないということで、軍内部には批判もあると。あるいは、ゲラシモフ参謀総長も割りと学究肌というか、あまり武闘派ではないということで、そういう不満を持っている人たちを味方につけようと、そういうことで、臆病者は逃げたという形作ろうとしたのだろうと思います。

■22時間の武装蜂起②  南部軍管区司令部「制圧」

菅原

武装蜂起をしたプリゴジン氏は、今回、入念に準備していた可能性があるということです。こちらが州都ロストフナドヌーの拡大地図、この黄色い点線内がその市内ということになりますが、プリゴジン氏やワグネルの兵士は、この中心部にあります南部軍管区の司令部を占領して、半径2キロ圏内を封鎖したということです。

さらに、飛行場を含む軍事施設や警察署、行政庁舎などもワグネルが制圧したということです。さらに、赤いバッテンがところどころに付いていますけれども、町の周囲周辺の道路も封鎖して、外部からの侵入を防いでいたということです。

このように一気にロストフナドヌーを拠点化したことが分かります。渡部さん、かなり短い期でこれだけのことを行ったということは、入念に今回の作戦を準備していたと見ていいですか。

渡部

明らかに入念に準備していた。例えば、アメリカの情報関係者は、プリゴジンが反乱を起こすというのは、あらかじめ予測していたのですけれども、彼らは「3ないし4週間ぐらい、プリゴジンはこの作戦を準備していたのではないか」と言っています。

菅原

ただ、ロシア軍の抵抗自体がほとんどなかったとも言われています。これはなぜだと思いますか。

渡部

まず、この地域を管轄する警察等、あるいは軍関係者に、上級司令部から本当に明確な指令があったのかどうか。ここが疑問だということがまず第1点と、その次は、プリゴジンの準備した、モスクワへ向かう兵力を見てみると、T-90の戦車もあるし、そして防空ミサイル「パーンツィリS1」という非常に優秀な防空火器もある、そしてBTRという装甲車も沢山持っている。ある程度の勢力があったというのが言えるんじゃないかと思います。

菅原

駒木さんはどう見ていますか?

駒木

この番組でも散々、ワグネルと正規軍の指揮命令系統が2重になっていることの問題点、戦場での混乱を指摘してきたわけですが、まさにその混乱が、このロストフナドヌーという司令部で起きてしまったと。基本的に、これまでワグネルには好き勝手やらせろと、それを妨害するなということで進んできたわけですよね。

菅原

プーチン大統領がそういった意向を持っているのだと。

駒木

そうですね。プーチン大統領が明示的に言ったかどうかはともかく、プーチン大統領の威光を笠に、プリゴジンは好き勝手やり、それを基本的には容認するということで、軍とワグネルが並列していたような状況なわけですよね。そういう中で突然、プリゴジン氏、ワグネルがそういう行動を起こして、それをじゃあ本気で止められるかというと、そういう状況にはなかったんじゃないかと、そういう問題があったと思いますね。

■南部軍管区司令部「制圧」の意味

菅原

プリゴジン氏が制圧をしましたこのロストフ州ですが、実は、ロシア軍のウクライナ侵攻にとって非常に重要な地域とされている場所です。アメリカの元国家安全保障会議のビンドマン氏の分析ですが、「ロストフには、南部軍管区の司令部とウクライナ戦争の作戦本部がある。ロシアにとって最も重要な兵站拠点の一つでもある。ワグネルは莫大な備蓄を手に入れることができる」ということです。

駒木さん、ワグネルとしては、このウクライナ侵攻にとって非常に重要な場所を押さえることで、自分たちの主張を通したかった、こういった意図があったということですか。

駒木

そこは間違いないと思いますね。ここを押さえる。ここは例えば去年の大晦日にプーチン大統領が訪問したのが、このロストフナドヌーの南部軍管区司令部なんです。そこで視察をして激励して勲章を与えたりしている。そういうまさに今進めているウクライナの戦争、特に東部での戦争の頭脳であり、そして今紹介があった備蓄だとか、そういうものがある拠点なわけで、そこをまず押さえようという狙いだと思います。

菅原

発信がしやすい場所だったということですが、一方で、これまでワグネルの弱点として指摘されてきたのが自分たちで弾薬や装備を確保できなかったことです。これまで国防省に頼ってきた側面がありました。ですから、ここは補給路の拠点で弾薬装備が沢山あるわけで、渡部さん、ここを制圧することができれば、ある程度の期間、戦えるんじゃないか。こういった算段もあったと見ていいのでしょうか。

渡部

その通りだと思います。兵站の観点で言えば、ここを確保するということは、非常に重要なことであるし、さらに付け加えると、ここは南部軍管区の司令部、そしてウクライナ戦争の作戦本部なのですよね。というのは、ワグネルに攻撃されて、ゲラシモフがここから逃げたという情報もあって、ゲラシモフ自身を捕縛することも可能だったのではないかという展望を付け加えたいと思います。もう一つは飛行場があったと。その飛行場というのは重要な作戦を実施するためには、大切なものであるということだと思います。

■プリゴジン氏 軍高官と異例の撮影

上山

こういった重要なロストフナドヌーに対し、狙いを持って、押さえにかかったというプリゴジン氏、非常に、したたかさが伺える場面もありました。

南部軍管区司令部を占拠した時の映像ですが、真ん中にいるのがプリゴジン氏。向かって左側にいるのが、南部軍管区司令官のエフクロフ国防次官。そして向かって右側にいるのがロシア軍情報総局次長のアレクセーエフ中将です。「武装蜂起」という状態の割にロシア軍の幹部2人と、落ち着いて話しているようにみえます。

ただ、その後ろですが、ワグネル兵が取り囲むような状態になっています。この状況について、プリゴジン氏は数人の主要将校を事実上の人質として拘束しているようだとウクライナメディアは報じています。実際に、会話は、エフクロフ国防次官が部下を撤退させてほしいと頼んで、プリゴジン氏が断ったり、プリゴジン氏が2人を「老いぼれの道化」となじったり、それを撮影し、映像で公開していました。この映像を撮影して公開すること自体にも駒木さん、プリゴジン氏の狙いがありそうですよね。

駒木

そうですね。明らかにプリゴジン氏は軍をけなしてですね、軍は全く役に立っていない、我々が戦わないと駄目なんだと、我々だけが成果を上げていると言ってきたわけで、そういう、これまでの印象戦略というか情報戦、そういうものをここでも重ねたということだと思いますね。

上山

どうなんでしょうか。プリゴジン氏は、ロシア軍の司令官のクラスを人質のようにしているという情報も上がってきています。

駒木

そうですね。後ろにいるのがワグネルの兵士であるとすれば、もう完全に取り囲んで、芝居に参加させているという状況ですね。

■22時間の武装蜂起③ モスクワまで200キロの地点に

上山

こうした状況からワグネルの「武装蜂起」への対応が容易ではないと判断したのか、首都・モスクワでは「対テロ作戦体制」が導入され、全てのイベントなどがキャンセルになるなど、950㎞離れたモスクワでも対応がとられました。そんな中でワグネルの部隊は北上を続け、隣の「ボロネジ州」を6月24日午後、ワグネルの車列が通過しました。さらにロシア軍のヘリコプターがワグネルの車列を攻撃、石油貯蔵施設が炎上したという情報もありました。「ワグネル」と「ロシア軍」が戦闘状態に突入したとみられます。

プリゴジン氏は「私たちを滅ぼすことはできない。私たちには目標がある。2万5000人全員が死ぬ準備ができている」。決死の覚悟で戦っていると表明しました。ロシア軍との戦闘になっても、進軍は衰えず、モスクワにどんどんと迫っていきました。

一方、モスクワ州では州境に土嚢を設置したり、道路に溝を掘ったりして、ワグネルの前進に急ピッチで備えられていました。ただ、モスクワのロシア軍について「ロシア軍の95%以上がウクライナ東部に駐屯しているため、モスクワ市は警察部隊と装備の整っていない徴兵部隊で防衛されている」。脆弱な部隊しか残っていないという報道もあり、緊迫感が非常に強まっていました。最終的には、冒頭でお伝えしたようにプリゴジン氏が進軍を中止し、撤退を表明したのですが、モスクワまで200㎞の地点まで迫っていたということです。

渡部さん、22時間でここまで進んだわけですが、ここまで止められなかった理由をどうお考えですか?

渡部

止められなかったという表現もできますし、止めようとしなかった。そして先ほど言ったように、やはり指揮系統がもう乱れていますから、本当にプーチン大統領の意志というものが完全に末端の取り締まる組織に本当に徹底したのかどうか、ここが一番問題だと思います。そして、その次はですね。このワグネルの部隊は、この高速道路を主に突進したのですけが、装輪車を使ったのです。普通の車輪ですね。例えば、戦車では装軌車といって、戦車でもってどんどんどんどん進軍すると、履帯(キャタピラ)が壊れてしまうのですけれども、T-90の戦車2両はトレーラーにちゃんと乗せて、トレーラーは装輪ですから、すごいスピードで走ることができたんですよ。

そしてまた対空火器、先ほど言った「パーンツィリS1」というのも装輪ですが、これに対して妨害しようとしてきたものがあって、それはロシア空軍のヘリコプターですね。ヘリコプター、例えばKa-52も含めて攻撃ヘリコプターが邪魔しようとしたんです。それを対空火器で破壊してしまった。6機ないし7機ぐらいのヘリが破壊されたと言います。そして、もう一つは、固定翼の航空機。これは指揮をする航空機、それも破壊してしまったということですね。ですから、妨害しようにも防空火器は持っている。戦車という強烈な兵器もある。それも装輪車で、すごいスピード突進できたというところは、先ほどの御質問の私の答えですね。

上山

そのお話を聞いていると、やっぱりロシア軍としては止められなかったのかなと…。

渡部

止められないです。止められないんですね。

上山

ただ、地理的な状況を見てみますと、こちら側がウクライナですから、ドンバス地域にいるロシア軍の部隊を呼び戻す。こういった判断で何とか止めることはできなかったのでしょうか。

渡部

それは、私は無理だと思います。ロシア軍の指揮命令系統から考えて、命令して、今までウクライナと戦ってる部隊を反転して、他の地域に移動させるというのは至難の業です。これはもう何日も、1週間以上かかるかもわかりません。

上山

今のロシア軍の指揮命令系統では難しい?

渡部

今のロシア軍の状態ではできないと思います。

■「まだ謎多い短期決着」「『御所巻』検索ワードに」

上山

駒木さんにも伺いたいのですが、こうした武装蜂起の動き、当初はワグネルがすぐにこの殲滅されるだろうとか、さすがにモスクワまではたどり着けないだろうという見方が強かったのですけれども、意外と、ここまで迫ってしまいました。ロシア政府としての思惑、もしかして、ロシア国内で激しい戦闘を避けたかった。こんな判断もあったのでしょうか。

駒木

そういう思いはあったんだろうと思いますね。去年2月、ベラルーシからキーウに向かったロシア軍があれだけ苦労して、結局、到達できなかったわけですよね。ところが、ロストフナドヌーからモスクワに、あとわずかまでのところまで行ってしまったことで、おそらく大きな戦闘が起きると、やはり内戦ということになりますし、プリゴジン氏はプリゴジン氏で、自分の方が大義であり、ロシア軍は裏切り者だと言っていて、どちらが裏切り者かみたいな話になって、それこそ、どちらが国民の支持を集めるかみたいな構図にもなりかねない。

そしてまた、本当に阻止できるかわからない、負けてしまうかもしれない。そういうリスクも避けたかったと思いますね。ですから、プーチン大統領にとっては、幸運な状況で短期決着しましたけども、依然として、なぜそうなったのかというのは、まだ謎の部分も多いと思いますよね。

上山

謎の部分が多いということですが、木内さんは武装蜂起については、どんな点に注目していらっしゃいますか。

木内

ちょっと違う話になっていまいますけども、ワグネルがモスクワに接近したというニュースを受けて、日本では、かつての室町時代の話、「御所巻」が取り沙汰されていました。大名が室町幕府、将軍に近づいて行って、戦わないんですけども、取り巻いて、色んな要求を通すみたいな、そういったことと似たようなことが起こっているんじゃないかということで、ネット検索ですごくワードから凄く検索されていました。日本史にちょっとなぞらえるとすると、もう一つ、私の印象だと、判官びいきみたいなところも、もしかしたらあるのかなと。

ワグネルは最前線で、弾も十分ないところで命を落として戦ったにもかかわらず、国防省からは非常に冷たい扱いを受けたということで、こういう武装蜂起を起こした背景には、同調してくれる、支持してくれる人がいるんだろうと、市民の間とか、あるいは軍の間では。そういう勝算も途中まであって、モスクワまで迫ったし、もしかしたらそれがスムーズに200キロも迫ることができた背景には、もしかしたら邪魔しないような力が与えたということだったのかと思うので、そのまま行っていれば、どのくらいワグネルが支持されているか試すこともできたのかと思います。政府にとっては、それが明らかになってしまったら、非常に怖い。結局は試されなかったのですけども、まだまだ波紋を残す形になるんじゃないかとは思います。

■プリゴジン氏が否定した“ロシアの正当性”

菅原

プリゴジン氏は、武装蜂起の直前、ロシアのウクライナ侵攻の正当性そのものを揺るがすような踏み込んだ発言をしていました。それがこちらです。

プリゴジン氏、「いかれたウクライナがNATOと一緒になって、我々ロシアを攻撃しようとしているだとか、そんなデタラメを撒き散らしていた」。つまり、ウクライナ侵攻の理由に挙げられていた、ウクライナやNATOがロシアを攻撃しようとしているという主張を、真っ向から否定したことになります。

さらに続けます。「ウクライナは過去8年間、ドンバス地方の平和な都市を爆撃しておらず、ロシア軍の陣地を攻撃していた」と。東部ドンバス地方の住民を守るためにということも理由の一つになっていましたが、それも真っ向から否定していました。

そして本当の理由、ウクライナ侵攻の理由としては、こういったことを挙げたんです。「ショイグ国防相が元帥になるために始めた」。そのため「ロシア国防省は国民をだまし、プーチン大統領をもだました」。このようにプリゴジン氏は主張しました。

ロシアが国民に向けて説明してきた内容。正当性を真っ向から否定したということですが、駒木さん、プリゴジン氏は、もうロシア国内で認知度も人気も上がってきている中で、国内ではどういった影響が今後考えられますか。

駒木

これはもう明らかに、レッドラインを超えてますよね、プーチン大統領からすれば。あのビデオメッセージでも、プーチン大統領はネオナチ、つまりウクライナ政権と、そしてその支配者たち、つまり西側が我々を侵略しているんだと。そして、国民の運命がこの戦いで決まるんだということを繰り返しています。

その構図を全て、真っ向から否定しているわけですよね。これは。今は反乱の鎮圧という大きなストーリーの影に隠れてますけれども、プリゴジン氏がこれを正面切って言ったということがじわじわと影響するかもしれないし、あるいは、そういうものが本当だったんだなと思われないためにプリゴジン氏の亡命を認めるというかですね。仮にプリゴジン氏を殺害してしまったりすると、そういう神話が独り歩きしかねないというような警戒もあったと思いますね。

菅原

木内さんは、こういったプリゴジン氏の発言、いかがでしょうか。どう見ていますか?

木内

やっぱり最後までプーチンを批判しないという姿勢は貫いた感じですね

菅原

やり玉はショイグ国防相ですね。

木内

あくまでも国防省が敵で。プーチン大統領も、戦争を仕掛けた時点でもう騙されてるんだという主張ですね。ただ、プーチン大統領の演説だと、やっぱりそれでは直接、批判されてということで。裏切られたという思いもあったと思いますし、先ほどの日本史で言うと、ちょっと細かく言いますけど、二・二六事件のようなとこも、ちょっとあるような感じもあってですね、非常に当初の思惑と違ってしまったというところはあると思います。

いずれにしても、国防省を批判している段階と比べると、やっぱり戦争の大義みたいなところを問うという段階で、もう一線を越えてしまったということで、ちょっと穏便に済まされるところはなくなったなと。ただ、最終的に政府が寛大な形で決着をつけたというのは、駒木さんもおっしゃったように、例えばプリゴジンを殺してしまった時に英雄になってしまうというのも、やっぱりあると思いますが、ただ、その結果として政府の弱さみたいなものをアピールしてしまった。内政であるにもかかわらず、他国に仲介をしてもらった形になったし、明らかに反旗を翻したにもかかわらず、その罪は問わないという決着をしてきたことの、何か政府の弱味みたいなものが、今後どう波及してくるか、そこを弱味としてですね、むしろ反対勢力みたいなものが出てくる、出やすくなるきっかけになる可能性もあるのかなと思います。

菅原

政府の弱さが出ているという指摘ですが、その中で気になったのが、今回もプーチン大統領を批判するわけではなく、やり玉に挙がっているのは、ショイグ国防相でした。駒木さん、ここまでショイグ国防相への敵意、憎しみが沸いているというのは、一体どういうことなのか、どのように見ていますか。

駒木

先ほど言ったように、ワグネル解体みたいな動きをショイグ国防相が中心になってやってきたということもあるでしょうし、やはりショイグ、それからゲラシモフを更迭することによって、自分にとって都合のいい、与しやすい軍の環境を作りたいという狙いがあったんだと思いますね。

菅原

更迭させるターゲットがショイグ国防相。

駒木

そこを突くということによって、例えば国防省の中の不満を抱いている人たちも味方につけられると思ったんだと思います。

■「プーチン大統領の弱さを印象づける結末」

菅原

はい。さてプリゴジン氏は、プーチン大統領の料理人という異名持っていましたけれども、2人の関係は非常に深いとされてきました。今回、武装蜂起の最中、プーチン大統領は緊急の演説を行っていました。その内容がこちらです。「我々が直面しているのは裏切りだ。行き過ぎた野心と個人的利害が反逆につながった。裏切りの道を選んだ者、武装反乱を準備した者は全て罰を受け、法と国民の前で責任を負う」。これまでプーチン大統領はプリゴジン氏の言動を放置してきたことがありましたが、今回は罰を受けるんだと激しく批判をしたわけです。

ただ、その中身を見てみますと、実は演説の中でプリゴジン氏の名前は出てこなかった。名指しで批判はしていなかったのです。では一方、プリゴジン氏はこの緊急演説を受け、どういった反応を示していたのか。プーチン大統領の演説後、「母国への裏切りについてプーチン大統領は非常に間違っている。我々は母国の愛国者だ。我々は戦ってきたし、今も戦っている」。このように反論をしました。今回の武装蜂起について、その目的はロシア国民のためなんだと主張したわけです。

駒木さん、結論としては、プリゴジン氏はベラルーシへ出国しまして、罪には問われないという形になりました。やはり処分としては甘く見えるわけですけれども、プリゴジン氏はプーチン大統領にとって特別な存在なんでしょうか。

駒木

おそらく特別な存在であるということも一つの理由でしょうし、プリゴジン氏を先ほど言ったように排除してしまうことによって、プリゴジン氏を神格化というか、あるいはプリゴジン氏を支持している国民の怒りを買うとか、そういう事態を恐れたのかもしれない。いずれにしても、プーチン大統領から見ると最も許せないのが裏切り。その裏切りという言葉を使ったにもかかわらず、こういう形の曖昧な決着をしてしまったことは、おそらくプーチン大統領の弱さというものを非常に強く印象づける結末だったと思います。

菅原

プリゴジン氏、ベラルーシにということですから、渡部さん。今後、ウクライナ侵攻の作戦に関しては外れていくのではと見られています。戦況にはどういった影響があると思いますか。

渡部

今回、プリゴジン氏は反乱に失敗したのですよね。そして、ワグネルのメンバーの中からもプリゴジンを批判する声は結構あるんです。そして、もうプリゴジン氏のメンバーたちは、国防省の中に指揮官も入ってしまう。結局プリゴジンにとってこの戦争に影響を与える影響力がないと思っていた方がいいと思います。

菅原

人気面だけではなくて、戦況、作戦の上でも、これまでバフムトにおいてかなりの成果を残してきたと思うんですが、今後はそういったところでは…。

渡部

ワグネルがもうなくなりますから。プリゴジンが指揮したから、バフムトで頑張れたという側面はあったと思うんです。それが全くないですから、もう影響を与えることはないと私は思っています。

■反乱の“決着”今後のロシア社会には…

上山

プリゴジン氏の武装蜂起についてゼレンスキー大統領は、このようにコメントをしています。「悪の道を選ぶ者は、みな自滅する。ロシアの弱さは明らかだ。全面的な弱さが、ロシアが我々の土地に軍隊や傭兵を長く駐留させればさせるほど、後々より多くの混乱や痛み、問題を抱えることになる」。

駒木さん、今回のプリゴジン氏の武装蜂起は中止となったわけですが、どうなんでしょうか。これは、ロシアの中で何かが一つ崩れ始めた兆候があるのかどうか。この辺はどうご覧になっていますか。

駒木

そうですね。そうなっていく、一つのきっかけにはなり得るんだろうと思いますね。後になってみれば、あの時に一つの歯車が回ったなということかもしれません。ゼレンスキー大統領、やはり弱さということを言っているわけですね。弱く見られるのをプーチン大統領は一番嫌うわけですよね。それがまた大きなダメージを与える、ロシアの指導者として弱いということはあってはならないことです。

プーチン大統領を批判する人は、プーチン大統領が引きこもっている、シェルターに隠れている、あのシェルター爺さんという「ブンケルヌイ・ジェード」という悪口があるんですけれども、それはコロナのときからあるいは戦争が始まってから、反政権派の人たちがしばしば使う表現ですよね。実際そうなんじゃないかと、指導者として弱いんじゃないかと思われることのダメージが今後どうなっていくかということを考えますね。

上山

中止、失敗となったかもしれませんが、木内さん、この後、ロシア社会に対してどういう影響が出てくるかですよね。

木内

やっぱり影響が大きいのかなと思いますけれどもね。特に戦争の大義を問うということをあからさまに言った。しかも、今まで前線で戦ってきた、非常に知名度のある影響力のある人が、それをあからさまに言ったことの影響は大きいと思いますし、もしかしたら同調する動きが出てくるかもしれない。

さらに言うと、決着の段階で政府の弱さ、プーチンの弱さみたいなのも出てしまって、むしろ、色々批判ができやすい環境にもなってきたということからすると、クーデター的なものは失敗に終わったということですが、やっぱりそれが起点となって、やっぱり戦争に対する反対、政府に対する反対という意見が非常に盛り上がる、きっかけになってしまう可能性があるかなとは思います。

 

(2023年6月25日放送)