番組表
閉じる
メニュー
エンタメ・音楽
日本古代史 後編
#77
関口宏の雑誌の記憶
2026年5月23日(土)午後4:00~4:30
「流恋草」「無言坂」「雨酒場」ほか…香西かおり 名場面集!
#302
人生、歌がある
2026年5月23日(土)よる7:00~8:54
童謡 名曲選
#143
子供たちに残したい 美しい日本のうた
2026年5月23日(土)午前11:00~ひる12:00
旅・くらし
「海の幸を満喫! 大自然 北海道クルーズ」
#410
世界の船旅
2026年5月23日(土)午前9:30~9:55
20坪でも子どもがぐるぐる走り回れる 金沢文庫の家
#218
辰巳琢郎の家物語 リモデル★きらり
2026年5月23日(土)ひる12:00~12:30
銀のマルシェ
銀のマルシェは、人生の新しい一歩に光を当て、人と社会をつなぐ取り組みです。
AMBER GAMES
“おもしろい”を発見・発掘・世界とつなぐゲームレーベルです。
BS朝日無料見逃し配信
放送終了後、期間限定で無料配信中!見逃し配信はTVerで!
BS朝日セールスサイト
効果的な広告配信でビジネスをサポート。 お気軽にご相談ください。
BS朝日×地方創生
BS朝日が取り組む地方創生:『発信』と『体験』“知る人ぞ知る地域の魅力”にフォーカス
BS朝日「ウェルビーイング放送中!」
テレビ局らしく、エンターテインメントにして届けていく。BS朝日の、新しい挑戦です。
ゼロ戦の設計者として、映画『風立ちぬ』のモデルにもなった堀越二郎。戦時中、開発に心血を注いだゼロ戦は、終戦時に1機も帰還することはなかった…。戦後、堀越は平和のために力を尽くし、日本初の旅客機「YS‐11」が完成。平和の翼を広げ、多くの人々を乗せ日本と世界を繋いだ。堀越らが設計したゼロ戦で培われ磨かれた日本の航空機技術は、今現在、多くの人々の豊かな暮らしや経済発展のために使われている。日本の航空史を振り返るとともに“人間・堀越二郎”の素顔に迫る。 ●運命的な年に生まれる ライト兄弟の飛行機が初めて飛んだ1903年に誕生した堀越は、少年誌の物語を通して飛行機に取りつかれる。東京帝国大学工学部航空学科に進み、首席で卒業。三菱内燃機製造に入社し、ヨーロッパ、アメリカで航空機の最先端技術を学んだ。 ●ゼロ戦の誕生 日本が戦争に突入すると、長距離の飛行、時速500km超の速度、敵機を撃ち落とすための重装備など、海軍からあまりに過酷な要請が…。堀越は仲間が諦める中、失敗と研究を重ね、ついに世界最高水準のゼロ戦を完成させる。しかし、日本は戦争が進むと米軍の最新鋭機の前に劣勢が明らかになり、ゼロ戦は特攻機に使用されることに。やがて敗戦。大空に飛び立ったゼロ戦はとうとう1機も戻って来なかった。 ●日本初の旅客機「YS‐11」 戦後、徐々に規制が解除され、ようやく国産航空機の製造が認められる。堀越ら軍用機に携わった一流の技術者が集結し、10年がかりでようやく運用を開始。戦争の道具でなく、平和のための飛行機は、40年以上にわたり世界の空を飛び回った。 ●飛行機に注いだ人生 堀越は、その後、大学で教壇に立ち、国内外での飛行機事故の原因究明に尽力するなど、後進の育成と航空業界の発展に力を注いだ。堀越の技術と魂は、「MRJ(三菱リージョナルジェット)」などに、今も脈々と受け継がれている。
前へ
ゼロ戦の設計者として、映画『風立ちぬ』のモデルにもなった堀越二郎。戦時中、開発に心血を注いだゼロ戦は、終戦時に1機も帰還することはなかった…。戦後、堀越は平和のために力を尽くし、日本初の旅客機「YS‐11」が完成。平和の翼を広げ、多くの人々を乗せ日本と世界を繋いだ。堀越らが設計したゼロ戦で培われ磨かれた日本の航空機技術は、今現在、多くの人々の豊かな暮らしや経済発展のために使われている。日本の航空史を振り返るとともに“人間・堀越二郎”の素顔に迫る。
●運命的な年に生まれる
ライト兄弟の飛行機が初めて飛んだ1903年に誕生した堀越は、少年誌の物語を通して飛行機に取りつかれる。東京帝国大学工学部航空学科に進み、首席で卒業。三菱内燃機製造に入社し、ヨーロッパ、アメリカで航空機の最先端技術を学んだ。
●ゼロ戦の誕生
日本が戦争に突入すると、長距離の飛行、時速500km超の速度、敵機を撃ち落とすための重装備など、海軍からあまりに過酷な要請が…。堀越は仲間が諦める中、失敗と研究を重ね、ついに世界最高水準のゼロ戦を完成させる。しかし、日本は戦争が進むと米軍の最新鋭機の前に劣勢が明らかになり、ゼロ戦は特攻機に使用されることに。やがて敗戦。大空に飛び立ったゼロ戦はとうとう1機も戻って来なかった。
●日本初の旅客機「YS‐11」
戦後、徐々に規制が解除され、ようやく国産航空機の製造が認められる。堀越ら軍用機に携わった一流の技術者が集結し、10年がかりでようやく運用を開始。戦争の道具でなく、平和のための飛行機は、40年以上にわたり世界の空を飛び回った。
●飛行機に注いだ人生
堀越は、その後、大学で教壇に立ち、国内外での飛行機事故の原因究明に尽力するなど、後進の育成と航空業界の発展に力を注いだ。堀越の技術と魂は、「MRJ(三菱リージョナルジェット)」などに、今も脈々と受け継がれている。