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#499

小倉久寛(俳優・タレント・声優)

ゲスト×インタビュアー
小倉久寛(俳優・タレント・声優)× 小島慶子(タレント、エッセイスト)

インタビューの舞台は、小倉が挙式を行った「東京プリンスホテル」。
1954年、三重県に生まれる。実家は林業で、見渡すと周囲には5件ほどしか民家がなく、2km以上離れた場所に「最寄りの店」があるという田舎町育ち。野山をかけ、チャンバラが好きな少年だった。

「力道山」の大ファンだった小倉が、小学生の頃ハマったのが「プロレス」。
テレビ中継では、レフェリーが見ていないところで、外国人レスラーが日本人レスラーに反則攻撃をする場面。「大きくなったら、外国人レスラーをやっつけてやる」と、将来の夢はもちろんプロレスラーだった。毎日、腹筋や腕立てを繰り返し、体を鍛え上げ、中学の頃には、腹筋が6つに割れるほど、ムキムキだったという。

運動神経が良かった一方、勉強も優秀。弁護士を目指していた父からは、口癖のように「勉強しろ」と言われ続け、高校は三重県内では有名な進学校に入学。大学は、学習院大学の法学部に進む。だが、入学後は、勉学に励んだわけではなく、空手の魅力にハマることに。

大学在学中、就職難に喘ぐ先輩たちの姿を見て、サラリーマンになるのに一抹の不安を覚える。そんな小倉の転機となったのが、中村雅俊主演の演劇にのめり込む青年を描いたドラマ「俺たちの祭」との出会い。ドラマのように「俺も劇団員のような楽しい生活がしてみたい」と、演劇の世界に大きな魅力を感じた。
すぐさま情報誌を見て、旗揚げ公演をする劇団「大江戸新喜劇」を見つけ、主役を張っていたのが「三宅裕司」だった。そして、小倉は、大江戸新喜劇のオーディションを受ける。演劇の「え」の字も知らなかったせい小倉青年は、得意技を披露し、なんとか合格することができた。

1979年、三宅裕司が自らが座長となり劇団「スーパー・エキセントリック・シアター」を旗揚げ。設立メンバーとして、小倉も参加する。
実は小倉は「極度のあがり症」。本番前の舞台袖で…そんな姿を見た三宅が思わぬ行動に!果たして何を!?

劇団設立から5年…岸谷五朗と寺脇康文が入団。2人ともにすでに退団しているが、小倉いわく「頭の上がらない後輩」だという。寺脇と岸谷が見せた行動に小倉自身驚いたというエピソードも。

仕事も軌道に乗り、司会を務めるようになった番組に、人気絶頂期の少年隊をゲストとして呼んだことがあった。東山から誘われ、アイドルの移動車に乗車させてもらい、
夢ごごちな小倉…。しかし、到着した先には、衝撃の結末が!!

2011年に座長の三宅裕司が大病を患い、半年間の休業…小倉が座長代理を務め行われた。その舞台裏とは…。

私生活では、ドラマで共演した元宝塚・速水渓と結婚。100回にも及ぶ猛烈なプロポーズを繰り返したという。妻との愛のある痴話喧嘩を恥ずかしそうに語る。

不器用ながら素直に真っすぐ生きてきた小倉の半生に迫る。
インタビュアーは、タレント、エッセイスト 小島慶子