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#502

春風亭昇太(落語家)

ゲスト×インタビュアー
春風亭昇太(落語家)× 小島慶子(タレント、エッセイスト)

1959年、静岡県静岡市生まれ。勉強ができず、中学生でブラスバンド部に入ったが楽器は下手。高校では、たまたま声をかけられてソフトボール部に入部。高校3年生の夏、ソフトボール部が静岡大会で優勝し、国体にも出場。だが、その強さには理由があったという。

落語に興味を持ったのは大学時代。東海大学に入学すると落語研究会に入部。実はもともと「落語なんてつまらない」と決めつけていたという。しかしひょんなことから落研に入ることに。そのきっかけとは?そして大学1年生の時、初めて見た高座で衝撃を受け、落語家の道を志すようになった。昇太の人生を決めた、落語家とは?

大学を中退し、1982年に春風亭柳昇に弟子入り。師匠の柳昇は、独自の新作落語で有名になった噺家で、昇太も新作をやりたくて入門したという。そこには戦略が…。
東京で落語家になるには、江戸落語をやるということ。静岡育ちの昇太は、江戸弁を真似て、落語をしなければならない。そうではなく、自分の言葉で落語をしたい。そのためには、自分でつくったネタをやるのが一番やりやすいはず。そう考え、前座の頃から新作落語に取り組んだという。そしてネタだけでなく、ご法度と言われた眼鏡をかけ、着ぐるみを着て高座に上がり、散々叩かれたことも。その時支えてくれたのは師匠だったという。

1992年に真打に昇進し、数々の賞を獲得。2006年には笑点の大喜利メンバーに抜擢され、2016年には司会を務めることに。実は笑点メンバーに選ばれた時、引き受けるかどうか迷ったそう。人気番組からのオファーを悩んだ理由とは?そして司会を引き受ける時、前任者の桂歌丸にかけられた言葉とは?6代目司会者を担う覚悟とは。

パッと見は気弱なメガネの落語家。しかしそこには、人を魅了する魔力と、とてつもない才能が潜んでいた。落語への熱い想い、飽くなき探究心の源に迫った。
インタビュアーは、タレント、エッセイスト 小島慶子