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#30

大河の一滴 ~鴨川が変えた京の暮らし~

今回の舞台は、京都市内を南北に流れる鴨川。京都市北西部の桟敷ヶ岳(さじきがたけ)をその源とし、やがて高野川と合流。さらに四条大橋上流で白川を加えた後、京都市の中心部を貫流し、下鳥羽付近で桂川に注いでいます。全長はおよそ23km。その鴨川の流れは、長い歴史の中で京都の地に様々な文化を育んできました。今回は、そんな鴨川の源流から流れに沿って下り、桂川と合流する伏見区まで、その道筋を通して、鴨川が変えた人々の暮らしを見つめます。
そもそも、なぜ京都に都が作られたのか?そこに鴨川が深く関係していることをご存じですか?風水思想における鴨川の意味とは?
鴨川の流れは太古の昔から、この地に豊かな恵みを与えてきました。その一つが農作物。旬を迎えた伝統の京野菜・賀茂茄子の農家を訪ねます。
鴨川河畔は古くから芝居小屋や茶店などで賑わい、歌舞伎をはじめとした芸能の誕生にも影響を与えたと言われています。憩いの場所として、暑さ厳しい夏に涼を呼ぶ知恵の数々も…。
一方では、かの白河法皇が「是ぞわが心にかなわぬ」と評したように鴨川は暴れ川の顔も持ち、流域に多くの災難をもたらしてきました。水の神と人々の祈り。暮らしを守るため、人々が総出で取り除いたのが、鴨川の砂。その「砂持ち」と呼よばれる辛い作業を次第にイベントとして楽しむようになった京都の人たちの、遊び心とたくましさとは?
川の流れを変え、さらには都人の暮らしを変えた男がいました。鴨川の分流、高瀬川は、実は人工の運河だということをご存知でしょうか。その大事業を行ったのは、嵯峨出身の豪商として知られた角倉了以(すみのくらりょうい)。彼が水運に込めたロマンとは?
大河の流れのように、たおやかな京都の文化。その遙かなる歴史秘話に迫ります。