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#62

家康・江戸の繁栄は京にあり

江戸幕府を開き、約260年間、太平の世が続く礎を築いた徳川家康。一方で彼は、この京都にも多くの足跡を残しています。そこで今回は、多くの戦国武将の中でも家康が最も好きだという芝翫さんが、二男・福之助さんともに、都に残る天下人の面影を訪ねます。最初の行き先は、家康が建てた城「二条城」。その豪華なしつらえに隠された彼の思いを解き明かしていきます。上賀茂神社と並んで、京都の中でも最も歴史を刻んできたと言われる「下鴨神社」。地元の人々から「下鴨さん」と呼ばれ親しまれる社ですが、その神紋は「二葉葵」。実は徳川家の家紋
「三つ葉葵」の元になったとも言われます。家康のもくろみとは一体何だったのでしょうか? 乱世の荒波に巻き込まれ、3歳で母親と生き別れた家康。不遇の幼少期を生きた彼がのちに心血を注いだのは、浄土宗の総本山「知恩院」(ちおんいん)を亡き母の永代菩提寺に定め、お寺を立派にすることでした。運命に翻弄された家康の知られざる人生にも迫ります。比叡山の麓に門を構える「圓光寺」(えんこうじ)。その始まりは家康が開いた学校でした。そこには多くの文人墨客が集い、さながら文化的なサロンのようであったと言われます。さらに家康は当時の
活版印刷の道具を使って出版物も刊行。その思惑とは?
伏見で250年続く料亭「魚三楼(うおさぶろう)」で、家康が織田信長とともに食べたと言われる豪華料理を再現していただきます。また、その味の評価が、あの本能寺の変に影響したかもしれないという興味深い説も紹介。東山の麓に広がる「南禅寺」。その中に「東照宮」と名のつく小さな社がありました。栃木にある
日光東照宮とのつながりとは? さらに、それまで戦乱が絶えなかった都が平和になったことを示す、一風変わった証拠が、二条城の西門に残されていました。家康と古都のつながりを紐解きながら、冬の京都の魅力をたっぷりとお届けします。