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#135

高野山 偉人が憧れた聖地

1200年にわたって人々を惹きつける天空の世界遺産・高野山。平安時代初期に活躍した僧侶・空海が開いた仏教都市です。実は、京都ゆかりの偉人たちも篤く信仰してきました。平清盛、豊臣秀吉など…彼らはみな、高野山に憧れ、深い繋がりを持っています。今回は、聖地・高野山で、歴史に名を残した人物がなぜこの地に憧れたのかを探ります。旅人は中村雅俊さん。高野山を端から端まで歩きながら、偉人たちの思いに迫ります。
1人目の偉人は、平清盛。平安時代後期、武士として初めて政権を握った平清盛は、高野山の二大聖地のうちの一つ、壇上伽藍の復興を任されました。そこで清盛はなんと、空海に出会った?高野山での二人の出会いと、広島の世界遺産・厳島神社との意外な関わり。さらに、空海に強い信仰心を抱いた清盛が奉納したという、特別な「血曼荼羅」とは一体?

2人目の偉人は、豊臣秀吉。信長の跡を継ぎ、天下人となった秀吉とゆかりの深いのが、高野山全体の中心となる寺院、金剛峯寺。実はこの寺の前身は、秀吉が母の菩提寺として建てた寺。一時は高野山を攻めようとした秀吉が、この地に大切な寺を建てることになった理由とは?さらに、金剛峯寺に残る、豊臣家悲劇の物語とは?
3人目の偉人は、秀吉の家臣、真田幸村。関ヶ原の戦いで蟄居を命じられた真田昌幸、幸村親子が滞在していたのが、蓮華定院。真田家が宿坊契約を結んでいたのがこの寺でした。中村さんは、真田幸村に思いを馳せながら宿坊体験。
さらに、聖域中の聖域・奥之院。空海が今も生きているとされる「御廟」に至るまでの約2キロの道のりには、名だたる武将達の墓や供養塔が並びます。彼らがこぞって、この地に供養塔を建てたのはなぜなのか?驚きの理由が明らかに。
  
【専門家出演者】
●高野山大学 密教文化研究所 受託研究員
木下浩良 さん