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    鈴木宗男氏が生出演~北方領土問題と日ロ関係の今後

    戦後70年以上、こう着状態のままの北方領土問題。11月14日の日ロ首脳会談で安倍総理とプーチン大統領が“1956年の日ソ宣言を基礎として平和条約交渉を加速させること”で合意した。この日ソ共同宣言には、歯舞群島・色丹島の引き渡しが明記されている。その一方、主権・帰属については明確になっていない。長年、日ロ関係に向き合ってきた新党大地代表・鈴木宗男氏が11月18日放送の『日曜スクープ』に生出演。ロシアの軍事・安全保障に詳しい未来工学研究所研究員の小泉悠氏も交えて、今後の日ロ関係と北方領土問題の展望を語った。

    鈴木宗男氏が生出演~北方領土問題と日ロ関係の今後

    山口:
    まずは鈴木宗男さん、きょうはありがとうございます。色々と伺いたいことがあるのですが、日ロ首脳会談のおよそ1週間ほど前、11月8日、これは安倍総理と官邸で会われたんですかね?

    鈴木
    そうです

    山口
    あのときはどんなアドバイスをされたんですか?

    鈴木
    安倍総理の決意、覚悟というものを感じました。

    山口
    どういうことでしょう?

    鈴木
    まさに今回の首脳会談が終わった後の記者団に対するぶら下がりでのお話です。

    山口
    なるほど、つまり70年動いてこなかったものが自分たちの代で動かすんだというその気持ちですか?

    鈴木
    そうです。このシンガポールの首脳会談が極めて重要だということを私もひしひしと感じながら受け止めました。

    山口
    今回大変注目されましたこの日ロ首脳会談。新たな交渉方針が確認されて交渉されました。「日ソ共同宣言」を〝基礎〟として平和条約交渉を加速させるということですよね。改めて確認しましょう。日ソ共同宣言というのは1956年、平和条約の締結後に歯舞群島及び色丹島を日本に引き渡す。2島ということですよね。ここで波紋を少し呼んでいるのは、これまでの日本の基本姿勢はこうでした。北方四島の帰属の問題を解決した後に平和条約を締結する。つまり北方四島、これまでは国後、択捉も入っていた。これを解決した後に平和条約の締結。これは日ソ共同宣言ですと、もちろん2島ということですし、平和条約締結後に2島を引き渡すんだと。ここが入れ替わっているようにも見えるんですよね。鈴木宗男さん、これはまず、この日ソ共同宣言を基礎とするのはこれまでの流れから見て大きな変化だと言えますか?

    鈴木
    1つの流れであって、基本は変わっていません。大事なことはこの56年宣言でも平和条約締結後と、その前段に「日本の要望に沿い、かつ日本の利益に叶うようにソ連社会主義連邦共和国は平和条約締結後に歯舞群島及び、色丹島を引き渡す」となっているんです。それ以外は何も言及されていないんです。同時にこの時からですよ、東西冷戦でアメリカは日本とソ連が仲良くなることを嫌いました。ダレスの恫喝というのがあったのが56年宣言の8月の話でありますね。同時に60年に安保条約改定したら今度はグロムイコといってソ連の外務大臣が外国軍が駐留する国には領土問題はない、この56年宣言すら否定してきたんです。そして4島の帰属の問題の解決という表現は、1991年10月以降の話なんです。よく4島一括返還という言葉が出ますが、これはソ連時代のフレーズです。ここはよーくマスコミの皆さんも政治家も勉強してほしいと思うんです。91年、平成3年10月までは日本は4島一括返還なんです。ところが91年10月にソ連が崩壊してロシア共和国が誕生しました。エリツィン大統領は「北方領土は未解決の地域だ。法と正義に基づいて話し合いで解決する」こう大きく判断してくれた。それによって日本国政府も4島一括(返還)の旗は降ろして、4島の帰属の問題を解決して、平和条約。4島の帰属が認められれば島の返還時期、対応は柔軟に致します。わかりやすく言えば、最初に1つでも2つでもいいですよ、という流れなんです。

    山口
    つまりロシアに変わってからは段階的な返還というのが流れの1つになっているんですね。小泉さんは今回のこの方針、「日ソ共同宣言を基礎とする」ここはどうご覧になりますか?

    小泉
    これまでも基礎と言えば当然日ソ共同宣言は基礎ではあり続けてきたわけですけども、いま鈴木先生のお話に出てきたようにソ連崩壊後に東京宣言が進んでまず、4島の島の名前を初めて具体的に挙げたわけですね。4島の帰属を解決したのちにという話になったわけですが、ただ今回その安倍首相の発言の中には93年以降の話が出てこなかったんですよ。そこのところが、もし意図的に93年以降の話が落ちているようであれば、従来と若干アプローチ変えてきた可能性はあるんじゃないかな。それがどう変わっているかというのは、のちほど議論になるんだろうと思うんですけれど。

    山口
    川村さんはこの問題ずっと取材を続けていらっしゃると思うんですが、今回のこの日ロの合意、どうご覧になっていますか?

    川村
    これはやっぱり今、鈴木さんが説明されたように、以前から4島一括返還というものは変わってくるんだという形で。鈴木さんを前にあれですけど、外務省の中でも、はっきり言いますと外務省の中で鈴木さんの言うことが正しいという人たちは「ムネさん、ムネさん」と言って、そういう流れがあったんです。一方でやっぱり4島一括返還というのが、対アメリカが、先ほどの恫喝という件がありましたけれども、かつては国後・択捉に対して領有権を主張しないのであれば沖縄は永久に返さないということも言われていて。

    山口
    ダレスの恫喝ですよね。

    川村
    そうですね。ですから、その意味では4島一括返還というのは政府としての基本方針だという立場の流れの中である会議では「え、こんな言葉まで飛び交うのか」というような激論が交わされていましたけれど。基本的には二島+αとういうのは鈴木さんがおっしゃったようにある時から転換してきたという流れが、今、安倍総理自身が決断をしたと。その背景にはいま鈴木さんにお伺いしたいんですけど、2006年、にいわば日ソ共同宣言の基礎の部分にあたる日本政府の全権委員の松本俊一さんとグロムイコ次官との間の松本・グロムイコ書簡について政府はどう思っているのかという質問を出しましたよね?それとの関連はあるんでしょうか、今?

    鈴木
    この56年宣言をまとめたのは松本俊一さんです。「モスクワにかける虹」という本があります。それを復刻版で佐藤優さんが出したてもらったんですが、克明に書いていますし、特にサンフランシスコ講和条約、1951年の時ですね吉田総理は国後島と択捉島は放棄しています、南樺太と一緒に。国会答弁でも当時の西村熊雄という条約局長は「さようでございます」と認めているんですね。私は質問書でそれを確認しているんです。だからこういった歴史の事実をしっかり踏まえて私は交渉しなければいけない、私はこう思っております。

    川村
    その確認がこの日ソ共同宣言を基礎としてのこの〝基礎〟に入っている。そういう解釈でよろしいんでしょうかね?

    鈴木
    私は56年以降の積み重ね、東京宣言もあれば、イルクーツク声明もあれば、小渕エリツィン会談もある。その流れの中でいっています。

    プーチン大統領が重視した日ソ共同宣言

    山口
    今回の日ロ首脳会談ですが、その重要性を示すかのようなプーチン大統領の動きがあったんですね。遅刻常習者であるプーチンさんが今回は、安倍総理を待っていたということなんですね。ではこれまではどうだったのか、確認しておきましょう。ドイツのメルケルさんは2014年、4時間15分ですよ、こんなに待たされました。それから実は安倍総理も2016年12月、プーチンさんが日本に来たときですが3時間待たされました。こちらはちょっと急いだかなというのがあります。2003年、さすがに相手がイギリスのエリザベス女王ですからね。それでも14分遅刻しています。今回はこういう中でプーチンさんが先に待っていたわけですよね。こうしたプーチンさんの行動について分析している方がいるんです。イギリスの王立の防衛安全保障研究所というところのロシアの専門家の分析官がこう言っています。「どれほどその相手の人に敬意を抱いて会談に期待しているのかを測る指標がこの待たす時間なんだ」ということなんですが、鈴木宗男さん、どうですか?実際今回はプーチンさんが待たすことなく先に待っていました。どう思いますか?

    鈴木
    ただ正確には、シンガポール時間6時、日本時間7時から始める予定が、シンガポールの首相との会談が延びてですね、53分ずれちゃったんです。ですから、たまたまその会談場所にはプーチンさんが先に行っていたというのであって。ただ会談場所に先にプーチンさんが到着していたということなんです。だから大した話ではないと思います。例えば16年12月。3時間遅れた時。これもトルコのエルドバン首相と電話会談をして、まさに中東情勢がいつどこでぶつかるかという大変な時期ですからここは遅れて当然なんです。

    山口
    なるほど。一概に時間でそれを重要視しているかどうかとは言えないということなんですね。

    鈴木
    ですから2000年の3月26日、プーチンさんが大統領に当選しました。初めて日本に来たのが沖縄サミットです。このとき2時間遅れてきたんです。そしたらシラク大統領が森総理に「1番キャリアの浅いプーチン大統領が遅れてくる、ちょっと失礼じゃないか」と。こんな話をしてきたらそこは森総理が偉かったですね。「シラク大統領、今プーチン大統領は北朝鮮に寄っているんだと。金正日総書記に会っているんだと。一番機微な情報を俺たちに知らせるために遅れているんだ」。ここは黙れ、とこう言ってね、それでプーチンさん遅れてきました。森総理が温かく迎えました。そこでプーチン大統領は森さんの人なりにすっかり惚れて森・プーチン大統領が仲良くなったわけ。これは大事なんですね外交上。

    山口
    そのあたりも含めまして、北方領土をめぐる日ロの歴史をここで振り返っておきましょう。1956年、日ソ共同宣言がなされました。ただその4年後1960年、グロムイコ覚書が出されます。これは日米安保が改定された直後なんですが、このグロムイコさんが、これは日本に駐留するすべての外国部隊の撤退がなければ歯舞・色丹、2島の引き渡しもできないんだと。つまりアメリカが日本に駐留し続けることに対して、2島引渡しもダメだよと後退した。こういうふうに見えるわけです。その30年後です。1991年、日ソ共同声明がありました。これは海部さんと、ゴルバチョフさんです。北方四島が平和条約において解決されるべきだとしまして、初めてこの4島が領土問題の対象であることが文書で確認されたわけですね。さらに1993年見ましょう、この時は東京宣言。細川総理とエリツィンさんです。こういう内容でした。北方四島の島名を列挙しました。その帰属に関する問題と位置づけ領土問題解決のための交渉指針が示された、ということなんですね。この後です。2001年、これがイルクーツク声明ですね。森さんと、ここでプーチン大統領に代わっています。さあ、どんな内容だったのか、もちろん、この東京宣言に基づいた内容もあったんですが、ポイントはこちらです。プーチンさんになってここで、日ソ共同宣言を「平和条約交渉プロセスの出発点」と位置づける。ですから、プーチンさんがやはりこの日ソ共同宣言にこだわっているというのが見えて来るんですね。ただ、その直後なんですが、今度は日本側が森総理から小泉総理に代わります。そして流れは4島一括返還を掲げて交渉はまた、戻ってしまう。ここからまた膠着状態が続くという流れになったわけですね。鈴木宗男さんに伺いたいんですけど、やっぱりプーチンさんが出たこのあたりから、この日ソ共同宣言にこだわっている2島なんだ、という流れがより強くなってきているんですか?

    鈴木
    プーチン大統領は、外交は積み重ねだと。過去の約束ごと、あるいは法律、極めて詳しいです。それは一昨年の長門の会談が終わって東京に来ての記者会見で日本側の記者の質問に対しても1855年からきちっと時系列で説明されましたね。クリアに頭に入っておりますね。ですから日本とロシアの間で文書によって領土問題の解決というのが具体的に入っているのが56年宣言しかないということです。それとですね、この時系列で大事なのは1956年当時の鳩山総理や河野一郎大臣は2島でも平和条約という想いがあったんです。しかし国内では、またアメリカからまたネジ巻かれた吉田一派は4島でなければいけないとですね、非常に激しい綱引きがあった。結果的にはこの56年の8月、軽井沢の臨時閣議で2島では平和条約は結ばない。まずは国交回復だということで落ち着いた。しかし、にもかかわらずその一週間後ロンドンで、ダレス・アメリカ国務長官は清水大臣にもし2島でも平和条約結ぶのであればという、沖縄は未来永劫を返さんぞというダレスの恫喝があったりして、日本は翻弄されてきて、そして60年の日米安保条約の改定でですよ、グロムイコ覚書がでてくる。アメリカは日本とソ連が仲良くなると日本が共産化されるんではないか、日本はソ連に良い思いを持っちゃって、それをアメリカは心配したと思いますね。同時にソ連はソ連で冷戦の厳しい時ですから、これまた強く出てきたんですね。ここがですね、やはり当時日本は力もありませんでしたから、いわゆるソ連・アメリカ、東西のこの盟主の力に翻弄された部分があると思うんですね。

    山口
    このプーチンさんが日ソ共同宣言という言葉を出してきて2島というのが出てくるのかなという中で小泉政権になりました。ちょうどこの直後だと思うんですけどもこれは外務省の中で田中眞基子外務大臣になって鈴木宗男さんが外交の舞台から外されるということもありましたよね。で、そのあと鈴木宗男さんは大変な思いをされたと思うんですが、この後の停滞というのはどうとらえてらっしゃいますか?

    鈴木
    橋本総理、小渕総理、森総理のときは、日本はまず56年宣言に基づいての歯舞群島と色丹の引き渡しを考えていました。そしてもう一つ、国後と択捉をなんとか日本に引っ張り込もうという2+2だったんです。私はこれは現実的だったと思います。ただ海部総理が終わったと、宮沢政権になって渡辺美智雄外務大臣のときこれは外務省も表に出してませんけど、クナーゼ外務次官あるいはコズイレフ外務大臣が平和条約がなくても2島は返してもいいですよというメッセージがあったんです。ソ連が崩壊してまだ2年、3年の状態のとき、ソ連の経済が悪かった。ですから非常に日本の協力が必要だったんですね、そこでこれはチャンスだと思った、こちらは。ところが当時日本の外務省の幹部は渡辺大臣にソ連は弱っている、だから2島も返すと言ってきているから強く出れば4つ引きずり込めると言って、また逆ねじ巻いたら、エリツィン大統領はふざけるなと。人の足元見やがってと。そして日本に来なくなったんです。そして自民党が野に下って平成5年ですね、93年ですから。東京宣言が発せられた細川さんとエリツィンさんは会談して、このとき、ここなんですよ、4島の名前を挙げました。4島の帰属の問題を解決しましょうってなってんです。それでここで視聴者のみなさんにわかって欲しいのは、4島の帰属というのはロシアが4、日本がゼロがあります。ロシアが3日本が1あります。ロシアが2、日本が2です。ロシア1、日本が3です。ロシアゼロ、日本4.5通りのシナリオがあるということ。4島一括返還という話はないんです。91年10月以降からは4島の帰属の問題を解決して平和条約なんです。ここらへんをこの東京宣言は明確にしているんです。ただ私からすれば自民党は野に下って歯舞色丹は平和条約結んだ後に返してもらえるんですから、なんでその東京宣言に歯舞色丹入れたかなっていうのは、当時我々野党にいながらもですね。やはり出来立ての内閣で足元見られたではちょっと弱いなという感じをもっておったんです。それでイルクーツク声明に行きますけど、私は一番北方領土が日本に近づいたときだと思うんです。この時、森総理は歯舞・色丹を具体的に日本に返してもらうその協議をしよう。もう一つ国後と択捉はロシアか日本かどちらに帰属するかの協議をしよう、いわゆる並行協議。車の両輪論を提案しました。プーチン大統領は受けてくれました。そして会談の翌月、当時の担当局長であった東郷さんをロシアに送ってロシコフという外務次官と面会してこれでいけるかという確認をしたらこれでいけるとなりました。ところがその一か月後、小泉政権が誕生する。小泉さんは特にロシアに関心が無くてアメリカに軸足を置いていましたから。4島一括なんてですね、ソ連時代のフレーズを使う。外務大臣の田中さんも日露関係の原点は、田中ブレジネフ会談だ。まさに領土問題の無い、一番強硬な時の30年の扉に戻してしまった。そこで空白の10年ってなったんです。これも表に出てませんけども明確に言えることは、その一番近づいた森さんが提案した並行協議を田中さんの後の川口順子外務大臣は、日本の方で取り下げているんです。だからそのエリツィン大統領のときのチャンスも日本が断ったじゃないかと、強硬に出て。同時に森喜朗さんが提案した案を俺は受け止めたのに政権が変わったら約束を反故にした。日本の責任でないかと。日本は約束を破ったんじゃないかと時々プーチンさんが言うのは、その経緯なんです。それを政治家もマスコミのみなさん方もよく理解しなければですねこの北方領土問題は解決しないと、こう思っています。

    山口
    鈴木宗男さんがおっしゃるこの流れ、大変よくわかりました。そういう中で小泉政権以降動きが停滞していた。その後の今回の動きだったわけですが、この首脳会談の翌日の動きを確認しておきます。安倍総理はこう言っているんですね。北方四島の帰属の問題を解決し平和条約を締結するというこれまでの方針とは矛盾しないんだと。そしてプーチン大統領はこういっています。日ソ共同宣言には条件や主権がどちらにあるかについて書かれていない。真剣に検討しなければならない。まずこの安倍総理、ここでおっしゃっているのは北方四島の帰属という言葉をここで出しています。これは宗男さん、いかがですか?

    鈴木
    ですから、4島の帰属の問題を解決して平和条約というのは91年10月以降の日本国政府の方針ですから、先ほど言ったように帰属の問題、ロシア4ついくかもしれないんですから。ここはまさに話し合いなんです。ですから安倍総理が帰属の問題を解決して平和条約の締結をするというこれまでの方針とは矛盾しないのは当然なんです。同時に、文書で書かれている島の解決方策は56年宣言しかないわけですから、それを基礎にして平和条約交渉を加速させる。全部これは整合性あるんです。何も問題ありません。だから、勉強してない人というか歴史をよく踏まえない人がですね、私が言っている、言いがかりみたいな話であります。プーチンさんの言っているのも正しいんです。プーチンさん何も今回初めて言っているんじゃないんですから。以前からも引き渡しの条件だとか引き渡しについては特になにも書かれてないわな、これはしょっちゅう言っている話ですから。私は何も反応する必要はない。まさに、安倍総理とプーチン大統領の信頼関係で、これからどっと進むわけですから。

    山口
    そこを一緒に見て頂きたいんですね。ここが今回のポイントになります。ロシア外交の専門家であります元外務省主任分析官の佐藤優さんが今回の日ロ首脳会談の直後なんですが、国後・択捉に関してはロシアの主権化におかれるということが含みを持たせますよと、歯舞・色丹は日本の主権化におかれますよと。ですから国境を最終的に確定させるということでこれは2島先行ではなくて2島+αなんだと。つまりこれ、同じ2島でも2島+αと2島先行違うんですよということをおっしゃっているわけですが、鈴木宗男さん、この違い何が根本的に違うんですか?

    鈴木
    先ほども言いましたけど、橋本・小渕・森政権では2+2だったんです。ところが空白の10年、小泉政権以後、できました。6年前、安倍総理が再び総理になってから動くんです。そこで、ここで重要なフレーズがあるんです。プーチンさんが大統領の選挙の4日前に内外の主要なメディアの代表者を呼んで懇談します。そこで言った言葉が引き分け。初めて言う言葉です。外交は引き分けがいいんだと。お互い負けなかったと自国民に説明できる。これが良い外交だと、こう言われたんです。この時呼ばれたのが日本からは若宮 啓文さんであります。朝日新聞の主筆でした。若宮さんが、大統領ちょっと待ってくれと。引き分けだと2島2島で日本は納得しない。こう言いました。プーチンさんはすぐ反応して、ちょっと待て、俺はまだ大統領になってない。じゃあこうしよう、俺が大統領になったらロシア外務省を椅子につかせる、日本は日本で日本外務省を椅子につかせろ、そこで初めて号令かけようじゃないか、こうなるんです、そしてそれが3月の出来事。その10月に野田総理は安倍さんとの党首討論で選挙に打って出るという約束をしました。12月政権交代して安倍総理が再びカムバックいたしました。翌年の平成25年の2月、森元総理が安倍総理の特使としてプーチン大統領に会いました。この時こう言うんです。ウラジミール引き分け、始めの意味を教えてくれ、日本も協力できることがあったらするよと言ったら、プーチン大統領は柔道場を書いて白い紙に、今、日本とロシアは場外スレスレで組み合っている危ない、これを真ん中に持って来よう、しっかり組ませよう、こう言ったというんです。何を言わんかとしているかと言うと、2島は56年宣言で約束済みだ、日本の国会も批准していればソ連の最高会議、今のロシアの国会に当たる所も批准している。引き分け、それは、国後、択捉は英知を結集しよう、そういう意味なんです。それから、この6年間流れて来ているんですよ。この経緯を是非とも私は理解をしなければですね、こういう短絡的な話になってしまうと思うんです。そこで佐藤さんの2島プラスα、私の勉強会での発言ですから。正確には2島返還プラスαです。2島返還プラスα。2島先行と言うと、また日本は国後、択捉言ってくるのか、もう受け付けないぞ、話にならんぞ、もうゼロで終わりだという危険性もあれば現実はそういう答えが返ってくると思っています、ですから2島返還プラスαです。同時にここで大事なのは、元島民のみなさん方の気持ちが大事です。安倍総理も今回の決断の背景には元島民の平均年齢は83歳です。人生限られております、先祖の墓を置き故郷を捨てざるを得なかった元島民の事を思ってですね、私は安倍総理は英断したと思うんですよ。ですからそのためには元島民の思いは、これはハッキリ言わしてもらうと自由に行きたい、これが1番の思いであります。2番目は一島でも二島でも返してもらえるものは返していただきたい。3つ目は国後周辺の海を使わして欲しい、これが1番の願いであります。私は昨日も元島民の代表者と話をしながらも元島民の皆様方も安倍総理の今後の交渉を期待したい、間違いなく前進されたこういう受け止めですから、私は今回の安倍総理の判断は極めてですね決意と覚悟を示した歴史を動かした、あるいは1ページを開いた私は会談だったとこう思います。

    川村
    鈴木さん、プラスαの所では択捉も含めて、共同経済行動つまり漁業とかだけではなくて農業あるいは果物を作るとか、そういう流れの中で日本にある程度のメリットをロシア側がきちんとそこは押さえて、利益を共有しましょうと言う所まで行くというのがプラスαだっていう見方をしているのと、もう一つは先ほどの若宮さんの件で言うと、私もその話は若宮さんから直接聞いていて、北海道新聞がかなり詳しくその時記事を連載しましたけども、いわば引き分け論の時に日本の外務省がどういう解釈をしたかって言うと、面積2分論というような事まで出てきたんですよね。つまり今の2島先行プラスαということがその時からそういう流れの中で進んできて、いれば、あんまり混乱は起こさなかったんですけど、そういう意味では安倍内閣になっても依然として今のような状況になるまでは相当、政府内部での調整は混乱していたと思うんですけど、いかがですか?

    鈴木
    あの今、川村さんから面積2分論の話ありましたけどね、これは外務省の中では議論なっていません。なぜかと言うと、やはり文書で残っているのは56年宣言しかないという事と、さらに4島の帰属の問題を解決するという事で91年以降、スタンスというか方針は決まっておりますからですね

    川村
    引き分け論をそういうふうに解釈してしまったという事ですね、一部。

    鈴木
    それは無かったですね、というのは面積等分論が出たのは、麻生内閣の時なんですよ、これは一部外務省の幹部がちょっと軽い気持ちで言ったのがですね、伝えたのがそれが国会で言って麻生総理も三日後にそれを取り消しました。ですからこれは議論の話では無いと、こう思っていますね。

    積み重ねた“安倍・プーチン”会談

    山口
    それではですね2島プラスαに今、動いているわけですけどここに至るまで実は安倍総理とプーチン大統領23回も会談を重ねているんですよね。外務省のHPにその概要が載っているんです。そこから読み解ける事をここから考えて行こうと思います。まず2013年の4月、この時には日ロ平和条約が締結されていない状態について異常であるという認識を共有するという事が、確認されました。そして2015年9月です。平和条約締結交渉をはじめとする今後の日ロ関係につきまして親密な雰囲気の中、率直かつ幅広い議論が行われた。領土問題につきましては、双方に受け入れ可能な解決策を作成するため交渉の前進を図ることとされました。そしてこの後なんですよね。ターニングポイントと、とさせて頂きました2016年の5月ですどんな事が話し合われたのかここ大事です。突っ込んだやり取りが行われた、突っ込んだやり取りという言葉。覚えておいてください、新しいアプローチで交渉を精力的に進めていくという認識を両首脳で共有したという事なんですね。あえてひとつ飛ばししまして2016年の12月に移ります。これプーチンさんが来た時ですけども、平和条約問題について率直かつ非常に突っ込んだ議論が行われたたんだと。つまり突っ込んだ議論、やり取りの前に率直かつ、非常にという言葉が付きました。さらに2017年11月平和条約締結問題について相当突っ込んだやり取りだと。どんどん言葉が増えていくわけですよね。この結果2018年9月のあのプーチン大統領による東方経済フォーラムで前提条件抜きで年内の平和条約締結を提案しようという流れになったわけです。この安倍総理とプーチンさんのこの会談の流れ鈴木宗男さんどんなふうにご覧になられますか?

    鈴木
    非常にですね、安倍総理は勉強もされているし戦略的にも国益の観点からも考えたですね、発言をされているとこう思います。

    山口
    特に2016年ぐらいからやはり突っ込んだやり取り、どんどんこう深く入っている感じがするんですが、それは近くにいて感じられましたか?

    鈴木
    感じます、例えばその新しいアプローチ。これは8つの、ロシア国内での経済協力をしましょうという事を安倍総理が提案したんです。それにプーチンさんが非常に興味を示した。合わせてその年の9月ウラジオストックの東方経済フォーラムで安倍総理はアクションプログラム、行程表を作ってプーチンさんに説明してプーチンさんは晋三は本気だ、こう受け止めて、グッと近くなってきたという事です。

    山口
    そして、もう一つターニングポイントを考えてみましょう。2016年11月こういう事がありました。これ今週明らかになったんですが安倍総理がプーチン大統領に対して北方領土の非軍事化について言及したんだと。これは是非、軍事に詳しい小泉さんに伺いたいんですがこれは持つ意味というのは非常に大きいと思うんですけど、いかがでしょうか?

    小泉
    確かに北方領土、軍事的な価値は大きいんですよね。北方領土そのものというか、その内側にあるオホーツク海が核ミサイルを積んだ戦略原潜のパトロール海域なんですね。ロシアの参謀本部からしますと、北方領土というのは、そのオホーツク海を隔てる天然の要害であって、ここは手放したくないし、万が一手放す場合なった場合でもですね、何かしら非軍事化みたいな保障を付けないと怖くて手放せないって話になるのは、確かにそうなんだろうと思うんですね。ただ歯舞、色丹って現状でもロシア軍はいないんです。非常に小さいので大した軍事的アセットは置けないわけですよね。ですので、もう一個はロシア側が生の軍事の論理をそのまま日本との交渉に持ち出してくるって言うのは、どこまで本当の軍事的脅威認識をベースにした話なのか、それを一種の交渉戦術としてこれだけ大事だからそんなに簡単に譲れませんよね、と言う話で持ち出しているのか、ここのところは注意して区別する必要があろうと思うんです。ただどちらにせよ、2016年12月のプーチンさんの訪日の時もやっぱり二つの艦隊があるだと、だから簡単に手放せないんだとプーチンさんもおっしゃっているわけで。その経済をテコに島の問題を動かすという段階から返した先の安全保障の話をどうするんだっていうところまで踏み込めた事はすごく良いとは思うですね。ロシアの言い分をどういうふうに我々にとって不利にならないように昇華していくのかって言うのがこれからの課題になるのかなって思います

    鈴木
    この2016年の11月、その1か月前にパトリシェフ安全保障会議書記が来られて谷内さんと会談したんです。その時のやり取りで、もし島が帰った時にアメリカ軍が駐留できるのかとなれば安保条約では日本の施政権下ではアメリカ軍は展開できることになっている、ですからそれは置けると当然、事務的に言いますよね。もう一つ安保条約では合同委員会があって日本側、アメリカ側了解しない限りこれは駐留できないですから。その事をしっかり説明すればよかったのですが、そのやり取りが十分ではなくて。ちょっと私は受け止めた方がですね、都合のいい報告をプーチンさんにしてしまったのではないか。それがあのペルーでのやり取りなんですよ。この16年の11月というのは、しかし安倍総理はきちっと正確に説明しておりますからなにも私は敬遠する話ではないとこう思っています。

    小泉
    原則的には確かに拒否できないのかもしれないですけども、現状で北海道にはそもそも米軍基地無いわけですよね。ですから好んで米軍がここに基地を置きたくなるという場所でもそもそもないんだと思うんです。実際に私がいた、ロシアの世界経済国際研究所っていう
    国立シンクタンクがあるんですけども、そこでもソ連時代に北方領土問題に関するかなり詳細なフィージリティースタディーをやっていてそれなんか見てみると、そもそも大した物は置けないよねって結論にはなっているわけです。

    鈴木
    いま小泉さんがおっしゃったように、北方四島が軍事的に安全保障面で何か今ちょっと際立ったことがあるかと言うと何も無いですから、ここは私は取り上げること自体がですよ。

    小泉
    ただ国後、択捉は別なんですよ。国後、択捉は鈴木先生にお聞きしたいのは、さっき冷戦時代に米ソ関係がものすごく厳しかったから日本もその中で翻弄されたって歴史の話をされていましたけど、今まさに米ロ関係がめちゃくちゃに悪くなっている時に、やっぱり、北方四島の持っている国後、択捉側の軍事的価値は無視できない部分があって、そこのところが2島プラスαの方にどういう風ふうに影響を及ぼすのかというのが一つ関心がある。

    鈴木
    私はもう北方領土は非軍事化、これを日ロで約束すればいいと思います。非軍事化

    小泉
    それは国後、択捉をロシア側も非軍事化する?

    鈴木
    非軍事化、きちっとそこの話をすればいいし、今、私はあそこからアメリカとそのロシアが一朝有事になるかって考えられません。いま世界の情勢は見えざる敵、テロとの戦いです。国対国がですね相対するという事は地球の破滅ですこれは。

    山口
    今トランプさんになってベースの関係が良くなくなってきているという事があるんで、小泉さん、考えてらっしゃると思うんですけど。

    鈴木
    ただ私はブエノスアイレスでの米ロ会談でまた劇的な変化があると思いますよ。

    山口
    ああそうですか

    鈴木
    トランプさん、米朝会談までやったわけですから。誰が想像しました?

    山口
    ま、確かに。

    鈴木
    あんだけ批判してても、私はトランプさんはなかなかの政治家でね、世界の安定のために、よし!わかった!となれば思い切った決断もするとこう思いますね。

    川村
    ただトランプさんは一方的にINF(中距離核戦力全廃条約)を破棄するというようなことを、ヨーロッパから見ればですね、これはいったい米ロの関係はどうなっているんだ?というそういう不信感といいますか、危機感は持ちますよね。

    鈴木
    あのプーチンさんが安全保障に極めて神経質になっているのは、東西ドイツの統一の例なんですよ。あの時ゴルバチョフさんがソ連軍約70万をいっぺんに撤退することで合意した。ところがかつてのソ連邦の国々がよもやNATOに入るということは考えてなかったわけですよ。それがみんなNATOに加盟してミサイルを置かれて、それがロシアを向いているとなると。それでゴルバチョフさんの功績はあるけどもロシアでは弱い指導者だったというレッテルを貼られているわけですから。プーチンさんは当時東ドイツにいましたから、その二の舞は絶対やっちゃいけない。だから強いロシアなんですよ。

    山口
    リーダーシップを発揮するんではないか、ということですね。

    鈴木
    そういうことなんです

    鈴木宗男氏が向き合う『2島+α』

    山口
    わかりました。是非、伺いたいことがありまして、安倍総理はある人物と、この日ロ首脳会談を続ける中で、何回も勉強会を重ねていました。そのある人物は、はい、ずばり、「鈴木宗男さん」です。度々面会されていますよね?

    鈴木
    はい

    山口
    これは首相動静から確認しただけなんですけども2013年、15年は一回ずつだったんですが、この今出ています2016年以降、10回、9回、11回ほぼ月に1回くらいのペースで会われていますよね?これは相当北方領土問題について話し合ったのですか?

    鈴木
    2015年の12月22日にですね、内閣制度発足130年の記念式典がありました。歴代総理、官房長官、官房副長官が招待されての式典の時、安倍総理から、鈴木先生たまに官邸に遊びにきてくださいと、言われましたから。いや私はいかようにでも時間を取りますと。総理お忙しいですから、指定してくれれば行きますよと、言ったら、秘書官からすぐ電話来て、12月28日官邸にお越しいただきたい、3時にお会いしたい、1時間、時間とりますと言うんですよ。1時間も何話するんかなと。ちょうどその時間帯、岸田外務大臣がソウルに行って慰安婦問題で合意した日でした。30分予定ずれましたけどね、約1時間会いました。その時、安倍総理は30分間、来年はロシアをやる、是非とも協力いただきたい、と言われましたから、私は喜んでと。同時に、安倍総理の頭づくりを聞いたら何も心配することはない、完璧にですね、時系列的に頭に入ってる、あ、この人ならばできるとこう思って、私は翌年から、だいたい節目節目、たとえば、その16年の5月の前に4月にも会ったりですね、11月の前の10月に会ったりですね、節目節目にはお会いしてですね、私の情報なり私の認識をですね、伝えるようにしております。私はそういった意味で、安倍総理はですねまったく、きちっとしたこの過去の約束そして外交の積み重ねをふまえてですね、この日露関係、平和条約締結に向けてですね、自分の手でやるというふうにですね、決意していると思います。

    山口
    そうですね。そして安倍総理なんですが、2島+αということになると思いますけど、こんな発言をしていたんですね。当時のソ連は56年宣言で2島返す、と言っているので返してもらって、残る国後・択捉の帰属が決まってから条約を結ぼうというのは問題ないんだと。2島返還決着論なら問題だけれども鈴木さんや東郷欧州局長の対ロ交渉の考えは決して間違えてはいなかったんだと言っているんですよね。今振り返るとまさにこの段階で鈴木宗男さんたちの2島+αの行動をフォローしている内容なんですが。

    鈴木
    私はこの発言、今も鮮明に頭に入っているんです。

    山口
    ああそうですか!

    鈴木
    小泉政権の時ですね、これは平成14年です。私は2島先行だと、言ってですね、鈴木宗男は国賊だと言って右翼の街宣車が我が家まできたくらいであります。それがまた鈴木事件を作られる元になったと思いますけども。当時、官房副長官だった現・安倍総理は、鈴木さんのやってきたことは政府の方針の枠内でやっているから間違いではない。ですからここで読めるのは、2+2(ツープラスツー)なんですよ。まず2島、解決して次、2島。これが日本国政府の方針です。ただ6年前、プーチン大統領が再登板する、安倍総理も再登板した時からプーチン大統領は引き分け始め、なんです。2島返還+αなんです。ただそれに沿ってやっぱり日本もですね頭づくりをしていなければこれは解決できない、ということです。

    小泉
    1点だけそこお聞きしたいんですけど、確かに2島+αでいくのは現実的だと思うのですが、たださっき鈴木先生も0~4まであるよという話をされたように結構、交渉次第というところが大きいと思うんですね。今回プーチンさんも日ソ共同宣言の解釈について真剣な検討をするといっているわけで、かなりこのゴリゴリした条件闘争をかけてくる可能性が高いと思うんですよね。たとえばそこで2島マイナスαになっちゃうとか、そういう可能性、あるいは2島マイナスαになることを回避するような何か日本としての仕掛けってのは、やっているんですか?

    鈴木
    2島マイナスαはないですね。2島返還+αです。というのは先ほども言ったように、元島民の皆さん方は自由に行きたい。これが1番です。でも1島でも2島でも返してもらえるものは返してほしい。3つ目は、海を使わせてほしい。これは生活かかってますから。私は現実的に、元島民のみなさんのですよ思いを最大限ふまえて交渉するのがですね、今生きる政治家の責任ではないかと。

    小泉
    主権についてふれていないという部分についてはどう解釈したらいい?

    鈴木
    プーチンさんの言っているのはロシア側としては当然のですね判断だと思っています。ただ、外交にはよく、ペルシャの絨毯売りって言葉がありますね。川村さんが一番御存じだと思います。初め高い値をつけて、だんだん下ろして、どっかで折り合いをつける。これが外交です。民主主義だとか、私は交渉というのは一方が100点で一方が0点は無いです。折り合いしかないんですから。ここは私はプーチンさんが充分ですね、ロシア国民に向けての説明が必要なんです。ロシア国民の9割以上は1島も返さなくていい戦後の国際約束で、我々は正当に手に入れた島だ。これがロシア人の認識ですし、これはロシア側の判断が正しいんです。日本は不法占拠だとか、中立条件破ったといっても、じゃ国際社会で通用するかっていったって通用はしないんです。残念ながら。

    川村
    その意味では、今後具体的なことを申しますと、今月も1回ブエノスアイレスでG20で安倍・プーチン会談あります。来年早々には安倍総理がモスクワ、ないしはロシアに行くと。6月にはプーチン大統領が日本に来るんですね。それまでの間に今、鈴木さんがおっしゃった、政治外交っていのは妥協の芸術である。そこまでの妥協の芸術が成立しないとですね、今後の実際の外交上の手続きまで行くと、安倍総理の任期中にこの問題が決着するかどうかというのが、国民にきちんと説明をする。私はあえて最後ひとついいますけど、安倍総理が任期内にやりたいというのはもう一つは、北朝鮮の拉致問題。北朝鮮問題が日朝関係が背景にある、というのは、今一番プーチン大統領がキムジョンウン委員長にも影響力がある、日ロは平和条約やったよ、そうすると日朝も今後、平和条約、国交回復、拉致の解決なくしてそれはあり得ない、という形でですね、安倍総理の一番背景にはその問題もあるってことをお伝えしておきたいと思います。

    山口
    わかりました。本当に交渉がうまくいくように日本国民としては願いたいと思うばかりであります。

    鈴木
    一つ、今回の首脳会談に秋葉外務事務次官が同行されました。外務事務次官が同行するってことは無いです。これだけでも安倍総理の決意と同時に、事務次官は責任者ですから。安倍総理の命をしっかり受けてロシアと向き合う。ですから私は来年の6月までには平和条約に署名するんだくらいのスピード感で物事は動いていくと期待しております。

    山口
    わかりました。しっかり見ていきたいと思います。ここまで鈴木宗男さん、小泉さん、どうもありがとうございました。

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