昭和偉人伝

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お知らせ

  • 次回の放送は3月29日(水)夜9:00~10:54より、「浜口庫之助」「杉原千畝」2時間スペシャルをお送りいたします。

番組概要

昭和の偉人の波瀾万丈の生き方が自身の人生と重なる、繋がる、甦る!
昭和偉人伝

『昭和』国家壊滅の状態から未曾有の成長を遂げた類まれな時代。そこには、時代を牽引したリーダーがいました。輝くリーダーですが順風満帆ではありません。 独自取材と貴重な映像、いまだからこそ言葉にできる真実のインタビューを交えて綴る波瀾万丈の偉人伝です。『昭和』という時代がいまなお輝いて見えるのか、私たちの心に深く刺さるのか、偉人の後ろ姿から私たち自身を振り返ります。

【語り】
國村隼


次回放送予定

【2017年3月29日(水)放送】

浜口庫之助

「黄色いさくらんぼ」「涙くんさよなら」「バラが咲いた」
「夜霧よ今夜も有難う」「空に太陽がある限り」「人生いろいろ」
現代に残る名曲の数々を生んだ昭和歌謡の巨人・浜口庫之助。
多くの人に親しまれた彼の楽曲は「ハマクラ・メロディー」と呼ばれ、これを歌った、坂本九、マイク眞木、石原裕次郎、錦野旦、島倉千代子ら、昭和を代表する歌い手たちは歌手人生に華を咲かせた。
彼が手がけるのは、作詞・作曲の両方だった。その道を歩み始めたのは意外にも遅い。
かつて、ラテンバンドのリーダーとして紅白歌合戦に3年連続出場した彼は、人気絶頂のある日突然バンドを解散、作詞作曲の道に転じた。
この時40歳、順風満帆な歌手人生にピリオドを打ち、新たな挑戦を始めた理由とは何なのか?
そして、ハマクラ・メロディーはいかなる方法で生み出したのか?
彼の作品に魅了された大物歌手たちの証言、さらに、最愛の家族と過ごした浜口邸を訪れ、名曲誕生の舞台裏に迫る。
初のヒット作で、世にも珍しい曲名が印象的な「黄色いさくらんぼ」、涙を擬人化した名曲「涙くんさよなら」、ストレートな愛情を表現した「空に太陽がある限り」、闘病中、声を失った過酷な状況で作り上げた人生最後のヒット作「人生いろいろ」、その名曲1つ1つに男の逸話があった。 
「ハマクラ・メロディー」の魅力の正体に迫る!


杉原千畝

今回は、第2次世界大戦のさなか、ナチスの虐殺から逃れようとしたユダヤ人をはじめ約6000人の難民の命を救った外交官・杉原千畝をテーマにお送りします。
杉原は外交官として東欧リトアニアに赴任するも、ある日、国外に脱出先を失い大量の人が押し寄せる異常事態に遭遇。彼は難民者の脱出を可能にするため、遠く離れた日本へのビザを発給し、命を救おうとする。しかし、日本政府は認めず、多くの人々がナチスの恐怖にさらされる。そんな中、命の重み・人道主義を最優先にと政府の訓令を無視し、約6000人の命を救った。今もなお、彼のおかげで生き残った人々が世界中にいる。
杉原千畝は、2015年末、映画化され知る人ぞ知る存在になりましたが、ごく最近までその偉大な功績がほとんど知られていませんでした。一体、どんな人物でどんな外交官だったのか。番組では、命のビザ発給物語にとどまらず、あまり知られていない杉原の晩年の人生にも注目。戦時下の危機迫る中、海外から日本に重要なメッセージを日本に送っていた事実。そして、海外から帰国後に待っていた過酷な運命…。戦後、その人道的功績が、なぜ広く知られずにいたのか? 杉原千畝は生前何を言いたかったのか? 戦後何十年もたってからようやく名誉回復に至った現代、また知られざる物語があった。
杉原の命のビザ発給を身近で見て支えた妻の故・幸子さんが、番組「徹子の部屋」で語った生前25年前の貴重な証言を紹介。親族や関係者が初めて明かす思い出や、名誉回復に大きく尽力した鈴木宗男氏(新党大地代表)のインタビュー、そのほか意外な一面がうかがえる貴重な証言など、知られざるエピソードをご紹介します。


放送予定

放送日 タイトル
2017年4月5日(水) 休止
2017年4月12日(水) 美空ひばりⅡ(&森 英恵)(2H)
2017年4月19日(水) 相田みつを