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蓮池薫さんと考える!!拉致問題解決の突破口

帰国から16年、拉致被害者の蓮池薫さん(新潟産業大学准教授)に、激動する北朝鮮情勢、そして、拉致問題解決の突破口はないのか、日曜スクープ』新MC、山口豊アナウンサーがお話を伺いました。今回の取材は、蓮池さんと親交のある、慶應義塾大学・礒﨑敦仁准教授にも加わっていただき、新潟県柏崎市の飯塚邸で行われました。2018年10月14日に放送したインタビュー内容は以下の通りです。

2020年10月の蓮池薫さん出演はこちら

2019年10月の蓮池薫さん出演はこちら

▼拉致問題について

山口:
まず蓮池さん伺いたいのですけども、蓮池さんが日本に帰国したのが2002年の10月の15日。ですから月曜日でちょうど16年になるんですよね。この16年っていうのは蓮池さん、どんな思いで過ごしていらっしゃったのでしょうか?

蓮池:
私としてはですね、まぁ私の人生、新たな人生が始まる。自分の人生を取り戻したという思いが一つと、そういう中でも我々の家族が帰って来て以来は誰もまだ帰ってきていないという、拉致問題が進まないという現状と、その両面を受け入れながら生きてきた16年だったのかなと、そう思いますね。

山口:
蓮池さん、今年は蓮池さんが拉致事件に遭ってからちょうど40年ですよね。40年前の7月31日ですよね。あの事件、どういうことがあったのか、おっしゃることができる範囲で教えていただいていいでしょうか?

蓮池:
いわゆる、拉致拘束グループ、拉致グループって言ったらいいですかね。そういう特殊機関から派遣されたグループが柏崎にも上陸をしたと。そして彼らの狙いはその海辺に来る若い人たちの拉致をしていくと。彼らはそこで待って網を張っているか、またいる中で若い人を襲おうとした。しかし周りにたくさん人がいる中ではできない。私達が海辺にデートで行って夕方ですね、行ったらちょっとお酒の瓶を持ったちょっと酔ったような人がいたものだから、絡まれたら嫌だなってことで人とちょっと離れた所に行った。彼らがそこに目を付けて襲ってきた。襲って真っ暗になるまで、そこで押さえつけられたんですね。私は、最初は殴られて、二人がかりで押さえつけられて、沖合で待機していた彼らを連れてきた工作船、その工作船がやってきて、そしてボートが下されボートがやってきて、そこに乗せられ、袋詰めにされてそれで北に連れて行かれたっていうことなんですが、その時には全員乗って逃げた。痕跡を残さないように。そういう風にまた後で聞きました。

山口:
船で連れて行かれて、どこかで説明があったのですか?これはなんなんだっていう。

蓮池:
なんだっていう説明はないですよ。ただここはどこだ、北朝鮮だ、という話をしていましたね。

山口:
その時は蓮池さんどう思われましたか?

蓮池:
恐怖でしかないですよね。一体何がなんだかわからないっていう不安・恐怖、それでもういっぱいで、もうとにかくなんなんだ、なんなんだって聞いたり自分で考えたり。到底想像がつかない状況。それが随分続きましたね。

山口:
それは向こうで日本語を話せる人物がいて話してくれるのですか?つまりここは北朝鮮なんだって。

蓮池:
それは話します。ところがそれが何の目的で連れてきたとか、私と家内、別々にされたんですけども、彼女がここにいないって言うんですよ。その後日本に帰したって言うわけですよね。そうやってそれぞれ孤独にさせて、もう従順に従うしかないような状況にして、教育をし始めたと言う。

山口:
確か最初、清津に着いたんですよね、その後平壌。で、いわゆる招待所とされるところに行った。そこはどういう所だったのですか?

蓮池:
招待所というのはいわゆる特殊機関がいわゆる自分たちの要員、工作員を最終的に育成というか教育をしてそこで任務を与えられ、そこから海外に派遣される。また終わったら帰ってきてそこで報告書を書いて次の任務を待つと。そういう秘密アジト的な場所です。ですからそこは警備が厳しい。誰も近づけないような。そういうところに入れられて、そういうところを転々としながらほぼ24年を暮してきた。

山口:
蓮池さんはそこで、つまり特殊機関の中での任務を与えられていたということなのでしょうか?

蓮池:
いや任務というより最初はですね、彼らは外国人、まあ日本だけじゃないですから。その色んな国の人間をそのまぁ顔形がですね、外国人のものですから、外国で工作させるには外国人がうってつけだと。そういう判断で最初それだったわけですよ。そうやってそれぞれ教育をしたところへ、その内の一部であったレバノンの女性たちが教育を受けて(国外に)出たときにもう、すぐに逃げた。そういう事件があって、これはもう効かないんじゃないか、ということから、方向が変わって工作員は無理だなと。じゃあ日本語でも教えさせろって、それで教育係に転換させられた。

礒﨑:
1点だけ。レバノンの女性たちが4人帰国を果たした。拉致された、その話は平壌に拉致されたときは知らなかった、ご存知ななかった?

蓮池:
知らなかった。だから私もその時にですね、まぁその拉致、方向が変わったわけですよ。でも我々はもう家内、彼女は日本に帰したって言われていた中で、なぜか教育はストップすると。しばらくしたら結婚をしないかって、お前の彼女がいるんだと。まったく理解できないわけですよ。嬉しいですよ、嬉しいけどなんでこんな急に変わったんだろう。拉致されたのはわからないし、拉致されてきて最初は教育一生懸命やったのが突然変わって。日本に帰ってきてみたらあぁこんな事件があった、それでこう合わせてみたらあーなるほどなと思う。あれで諦めて、工作員にするのを諦めて、じゃぁ語学教育でもさせようやっていう話になった。でも、逃げる可能性があると言うんで、一人で居ますと何するかわかんないっていうんで、男なんか特に、逃げてやれって。ところが、結婚するとやっぱ落ち着くだろう、逃げるよりも、1人じゃないわけですし、そういうことで結婚をさせたと、というふうに私はまあ見てるわけです。向こうは、結婚するとき実はこうこうでこういう理由で結婚させますとは絶対言わないでしょうね。なにやるにも絶対は言わないです。推測するだけなんですね。

山口:
そうしますと、その時に奥様とむこうで再会したわけですよね。その時は驚かれたと思うんですけど・・・。

蓮池:
驚くというよりも嬉しくてしょうがなかったです。

山口:
どうでしたその時は?

蓮池:
これで何か少しは生きていけるのかなっていう想いになりましたね。

山口:
1人なのと全然違いますよね。それで向こうでご家族、お子さんが生まれて暮らしていらっしゃって、日本語の翻訳の仕事をされていたんですか?

蓮池:
ですからその日本語教育というものも長くは続かなかったんですね。よく言われるのが、大韓航空機事件起きまして、いわゆる特殊機関の工作員が海外に出て田口八重子さんと思われる李恩恵さん、教育係の話をしたことから教育はストップということになったんですよ。
このまま教育を続けたらまた同じことが繰り返される。これは北にとって大きなダメージですよね。だからその事件が87年11月にあったんですけども、その直後に教育ストップ。その後はじゃあやらせることもないと、タダ飯食わせるワケにもいかないしということで、お前らも朝鮮語をかなり勉強したんでということで、日本の新聞の記事切ってきたやつを翻訳させられたりしたと、まあそういう事なんです。

山口:
その日本語の記事を翻訳する仕事をされていたわけですよね。そうする中で、だいぶこれ月日が経った後だと思うのですけれども、日本でも90年代後半になって徐々に拉致事件についての関心が高まって、家族会が結成されたりとか、だんだん記事になったりしていきましたよね。そのものをやっぱり蓮池さんが目にして翻訳するということもあったのですか?

蓮池:
実際ほとんどはチェックされて、切り抜かれていたり黒く墨で塗られてくるんです。真っ黒で、その部分的に見ると、だいたい想像するにこれは北朝鮮関係記事だなっていうのはわかるんですけど内容は分からないんですよ。しかしこれをチェックし 検閲をする人間たちも人の子ですので時々ミスをするわけですよ。ミスすると時々、日本の家族会、拉致家族会とかで写真が載っていたりして、うちのおやじが出ていたりっていうのが本当に数少ないですけど1回か2回かあったんですね。

山口:
その時はつまり招待所で翻訳の仕事をしていてたまたま新聞を見たらお父さんお母さんの姿があったと?

蓮池:
ありましたね。

山口:
その時はどう思われましたか?

蓮池:
いやもう薄々っていうか、私も向こうではラジオたまに聞いていたわけですから、日本でそういう動きがあるっていうのは聞いていたわけですから、実際にそういうのを見たときにはびっくりしたんですね。おやじも結構年取ったねって感じですよ。頭も随分後退してますから。

山口:
蓮池さんたちが北朝鮮にいるというのを、どう日本に対して説明するのか、ということで北朝鮮がストーリーを考えたんですか?

蓮池:
そうですよ。

山口:
どんなストーリーだったんですか?

蓮池:
拉致って言うことにはできない。それは国家の名誉(に関わること)でもあるわけで、行方不明者を捜したよと。出す以上は、私らは拉致されてきましたとは言えないわけで、柏崎、新潟の海岸でボートに乗って沖に出ていたところ遭難して、もう死にかけたところを北の工作船に救われて北に連れて行かれたと。来たら良いとこだったんで、まぁそこに住み着いて24年経ったっていう、そういう話が与えられてそのまま覚えてそのまま日本人に話せと。そういう準備がもう3月ぐらいから始まった。

山口:
それはもう完全な嘘をつけという指令だったわけですよね?

蓮池:
そうです。だからあの段階で彼らは、拉致は認めず人は出す、人は出すけど拉致じゃない、ということを言って、通せたらな、ぐらいに思っていたんじゃないんですかね。

山口:
例えば横田めぐみさんについて教えて頂きたいのです。もう亡くなったということに、いろんな矛盾点があると思うんですね、蓮池さんが暮らしていた招待所のそばでめぐみさんも暮らしていたんですか?

蓮池:
そうです

山口:
それはいつからいつまで?

蓮池:
あの彼らがまあ自殺して亡くなったという93年よりさらに1年後の94年まで一緒に暮らしていました。

山口:
その時のめぐみさんの様子はどうなったんですか?

蓮池:
多少健康上、精神的に疲れているところがありましたけど、非常に意思はハッキリしていましたし、とにかく何よりも帰りたいという思いは、日本にいつか帰りたいという思いは秘めていた、それすごくわかるんです。ですからそういう方がまず自殺っていうのはちょっと考えづらいっていうのもありますし、それよりも私はめぐみさんに関しては彼らが言ってきたことが非常にこう全くつじつまが合わないし、物的証拠っていう遺骨も偽物だったということですね。ですから例えば2002年、我々帰ってきたときにめぐみさんについては遺骨は流されてないって言っていたんですよ、ところが2004年に薮中さんが行ったときに、どういう話されたか分かりませんが最終的には遺骨を出すって言って来たんですよ。じゃあその遺骨はどうしたんだと言ったら、亡くなったあと旦那さんが行って掘り出して、焼いて、そして大事に大事に持っていたというんですよ、おかしな話じゃないかと。
その後、数年後に彼はもう結婚していますし、結婚した人がですね自分の奥さんの遺骨をずっと持ち上げている。しかもそれを、娘さんのヘギョンちゃんは知らないって言うんですよ。知らないわけですよ、出てきたのを。私も一緒にいたんです彼らと。遺骨の話は一切していません。その辺がもう本当に作り話だっていうのは100%間違いない。そういう根拠がないならばなぜ我々が認めなきゃならないのだと。

山口:
そうでしょそう

蓮池:
ご家族の気持ちっていうのはそうなんですよ。本当にもう間違いのない根拠を突きつけられた、出された場合はそれはもう、事実としていて受け入れざるをえないと思います。だけど今出された物、何一つ科学的な根拠がないんですね。

山口:
はい

蓮池:
そういう意味で私はもう皆さんが全員返せと主張するのは当然だと思います。

山口:
その通りですね。あの北朝鮮に今も残っている拉致被害者の方々は蓮池さんたち5人の方が帰られてからも、大変な16年だと思うんですね。どうなんでしょう、例えば蓮池さん達が日本に戻ってきたニュースは日本で大々的に報道されて、その後もされています。これは今もう北朝鮮に残っている拉致被害者の方々の耳に入っているのですか?

蓮池:
入っています、もちろん。北朝鮮のその庶民って、やはりそういう情報を手に入れる手段っていうのは非常に少ないというか、無いんですが、本当に重要なものっていうのは、いくつかは入ってくるんです。海外行ったり来たりする人もいれば、また中国の方が来ていろいろ言ったり、留学もいれば、そういう意味ではもうこれだけ大きな事件っていう私はもうほとんど1ヶ月やそこらぐらいで入っているじゃないかなと。

山口:
そういう中でね、やっぱり、日本っていう国をあげて戻してあげないといけないと思うんですよ。ただこの16年で動いてこなかったわけですけれども、今情勢も変わってきていて本当に大きなチャンスが近づいていると思うんですね。具体的にどうやってこの拉致問題を解決していけばいいのか、蓮池さんは今どんなことをお考えになっていますか?

蓮池:
私はもうここまで来たらですね、平壌宣言っていうのもね、あまり明確ではないんですけども、基本的な基本の中心はですね、拉致だけじゃなくて核ミサイルで拉致と。これを解決した上で解決すると同時に国交正常化をして、そしていわゆる日本が過去の清算をすると。経済協力というのは経済支援という名前にもなっていますけども、これしかないと私は思っています。それ以外の小細工はもうないんじゃないかと。
なぜかと言いますと、核ミサイルというものはアメリカとの関係ですよね。その国交正常化の時に核やミサイルがそのまま解決しない状況では、アメリカと北は進まない。アメリカが進まない時に日本だけが北と国交正常化をして、1兆円ともいわれる経済協力するなんていうことは想像できない。ですからこういう今、米朝間の話し合いが進んでこれが進むという中で、拉致をやればこういうふう2002年のあの時のことがまた再現されますよと。しかも日本としては、そこの経済協力というものをもっと具体化してもっと魅力あるものにして、解決すればこういう未来が開けるというものを言葉だけじゃなくて現実のそのビジョンとして北に示す必要もあるんじゃないかなと私思うんです。

山口:
なるほど

蓮池:
そうすれば、北はよし乗ろういう気持ちが増してくると思うんですよ。一方で、一挙に言ってしまいますけども、拉致問題を認めるっていうのは、なんで今になって認めないかというと、それだけ北には負担になるからですね。つまり前の指導者が8人死亡ということを宣言しているというのもあるし、帰ってきたら何かこう、秘密を喋るんじゃないかと。私が思うには拉致被害者っていうのは大きな国家秘密ではないけども、めぐみさん帰ってきたときに昔の拉致された時の13歳で拉致された時のことを生々しい証言があったような場合に、またイメージが悪くなって北は・・・ということになると話もうまくいかない。そういうこともあるわけだから、こういう負担を減らすということも日本としては必要になっていく。
例えば去年の正月に、家族の皆さん何と言ったかって拉致被害者帰せと。帰してもらったら口をつぐませるということをもうおっしゃたんですよ。会として決定したのです。それだけダメージというか負担を減らすという努力も日本はしていますし、これからもっと、と思います。これからもっといろんな側面での最大限の努力をして北が帰しやすい状況をつくっていくと。ただし帰さなかったら、つまり日本がある程度の解決という基準を持っていると思うんです。どこがもう解決っていう、全く無いわけじゃないと思うんです。そういう基準に見合ったような答えを北が出してくれば、北の望んでいる国交正常化というところに進みますよと。しかしそこに満たないようなものだった場合には、アメリカとの関係が進もうが、どうなろうが日本は今までの原則を守ります、この原則しっかり守るということだと思います。

山口:
そこを妥協しちゃダメですよね?

蓮池:
私は妥協してはよくない。例えば一部の中で国交正常化をして仲良くなれば、北はそれを感じて帰してくるんじゃないかというふうに思っている方がいるとすれば、それは大きな間違い。もう進んでいるのに何で国家の恥を晒すような事をするか。トップの名誉にも関わると。やらなくてもいいようなことやるはずがないんですよ。だけど、やらなきゃこういうものが手に入らないという交換条件にして初めて動く。今の北朝鮮の状況からすると、そうしないと動かないと私は見ている。

山口:
礒﨑先生はこの今の段階で、拉致問題、具体的にどうやって解決していけばいいのか先生はどう分析されていますか?

礒﨑:
表現の仕方の違いで、向かっている方向は蓮池さんと同じような気がいたしますけど、拉致・核・ミサイルの今までパッケージというふうに言っていたわけですけども、やはり核・ミサイル問題は、われわれが核保有国ではありませんからアメリカが主導してやらざるを得ない。しかも韓国が既に仲裁役として活躍している部分があるわけですから、拉致を解決する前進させるために日本が何ができるかっていえば、向こうが求めていることとの折り合いになってくると思いますね。北朝鮮が拉致は100%悪い、日本に全く落ち度はないですよ。
蓮池さんだって何の落ち度もなく被害に遭われて、ですから日本人の感情としては当然、無条件で北朝鮮が全員一括で返してくるのが道理なんですけども、それが出来なくてもう何十年も経ってしまった。蓮池さんが帰られてもう16年も経ってしまったっていう状況ですと、それはきちんと、どことどこで折り合いがつくかっていう水面下での接触をきちんとして、最終的に日本人が我々が納得できる時まではやはり国交正常化っていうのはできない。ただそこまでに至る道に、我々が独自にかけている沢山の経済制裁などもあるわけですから、それは一つのカードとして使いながら拉致被害者日本人の命を奪還していくということですね。1回何か首脳会談があってそれで100%満足できなかったとしても、でもきちんと誠意を求める。そのため日本も誠意を示すってことができるかどうか段階になってくると思うんですね。

山口:
仮に北朝鮮が調査結果を出してきてそれが日本も思うようなものでなかった場合ですね、彼らがただ誠意を見せているという場合というのは、それは日本としてどうすべきだっていうふうに思われますか?

蓮池:
私はですね、前々から思うのはやはり日本に我々が帰ってきてから16年間というもの、拉致関係の予算の6割というものが情報収集、特に生存者の情報収集分析等に回されてきたというのが1点ありますし、過去の拉致担当大臣が生存者はいるっていう話をなさっていると、安倍総理も北朝鮮の解決済みって話は信じないでくれとトランプさんに公言、大きく言っていると。これは一国のトップである以上ですね、根拠がない話はできないわけで、そういうことを含めますと、生存者情報、そして今どのぐらいっていうのは、おおよそ日本政府が把握はしていると私は考えています。ということは北が出して来た時に、これは本気でやろうとしているな、いや、こいつまだ騙そうとしているなというくらいの判断は、充分にできるぐらいのものは積み上げてある。その時に日本政府の判断として、これは本気でやろうとしているなと、その過程で、こういう問題についてまだ明確じゃないなっていうことになれば、今おっしゃっているようにですね、共同で調査するという段階に入ってもいいかなと思います、慎重に。
しかし、明らかに我々に嘘を言ってきている、これは誤魔化そうという作戦だな、という時に安易に北との合同調査に行きましょう、一緒にやりましょう、となると向こうに行こうにも騙される、思うつぼにはまってしまう。自分が行って仕方なしに死亡というものを認めざるを得なくなるような状況に陥る、私は非常に危険だなと思うんです。ですから共同調査っていうのについて反対はしませんけども、何時どういう段階、それは日本政府がこれはやっていいって言う判断はできるぐらいのものあると私は思いますので、私はそういう感じで慎重に。例えばその国民世論というのには受け入れないということであったとしてももう日本政府としても、これは北は本気で言ってきたなと、私はですね北が誠実に出してくれば、もうほとんど生存していると私は感じるぐらい、まだ若いわけですし、生活環境からしてある意味カードとして大事にされて暮らしている、秘密は守られていますが、大事に匿われているわけですから、そう安々と人間として生命を落とすという判断は・・・。日本政府が判断するぐらいのものは積み上げていきていると思います。それに基づいて進めるという事かなと思います。

山口:
たとえば金正恩委員長がトップが解決済みだ、拉致は解決だと言ってしまうと多分ああいう国ですから、トップダウンなんですからそこで止まっちゃうと思うんですよね。ですから、そうならないための努力っていうのもすごく重要なのかなと思うのですが蓮池さんそこをどうお感じになりますか?

蓮池:
そうですね。それも非常に重要でまぁおそらく今は言わないと思いますね。なぜかというとそれが日朝関係を完全に壊してしまうというのを十分にも理解していると思うんですよ。ですから前回もポンペオさんが行った時に金恩正委員長は適切な時期に会おうと言ったと言いますし、その前に日本が北朝鮮で東南アジアのどこかで会った時にも今じゃないけどっていう話ですよ。明確に拉致が例えば終わっていると、もうやることないんだということならば正直にアメリカ側に伝えると思うんです。ですけど言ってないんです。もう終わっているんですよ、アメリカが言っていますけど、あれはもう拉致問題終わっているんです、と。だから今までの一回発表することで終わるしかないんですよって言うでしょ。終わってないという認識があるから、まだ今は適切な時期じゃないって言っていると私は期待を込めて見ていますね。

礒﨑:
ポイントですね。トップが拉致解決みって言わせないということもそうですしまだ言ってないという事ですよね。タイミングを見ていますよね。

山口:
あとやっぱり蓮池さんのご両親もそうですけれども拉致被害者家族会の方々皆さんもすごくお年を召されてきていますよね。そうするとそのご両親が生きている間に何とか解決しないとこの問題っていうのは、というタイムリミットがあると思うんです。そこはどんなふうにお感じになりますか?

蓮池:
あのそれは日本政府も重々感じていると思いますね。ですから安倍政権の官房長官が拉致担当大臣になったということは、これ最後だよって北へのメッセージでもあると思うんです。日本もこれにすべて賭けているし、このチャンスを北がもう無視をしたら日朝関係というものはどうなるか分からないよと。また拉致被害者のご家族がご両親が生きている時にやらなかったら拉致問題を解決したっていう評価を受けないよ、と。そういうやはり北朝鮮へのメッセージでもあると思うんですけど、菅官房長官の拉致大臣就任という期待はかなりのメッセージになるんじゃないかなと。

▼この1年間の北朝鮮情勢の変化

2018年に入り、北朝鮮の金正恩委員長は、中国の習近平国家主席、韓国の文在寅大統領、そして、米国のトランプ大統領と、首脳会談を相次いで行い、国際社会に“融和”的な姿勢をアピールしています。核やミサイルの実験を繰り返していた、去年までとの変貌をどのように見ているのかー、蓮池薫さんに伺いました。

山口:
まずこの1年間を振り返っていきたいのですけれども。考えてみますと今から一年前はまだ北朝鮮がミサイルを毎月のように撃っていて、9月には核実験もやって大変な時でしたよね。この1年の北朝鮮の変化っていうのは、蓮池さんはどんなふうに見ていますか?

蓮池:
この1年で、バタバタと動き始めたんですけれども、もともと北朝鮮がこういう動きに出ようというその兆しって言いますかね、その動きは2016年の第7回党大会で、いわゆる「責任のある核保有国」ということを宣言しまして、核保有国として世界に認められたいと。あの辺から大きく変わったのかなっていうのが最近ちょっと感じるところなんですね。つまり世界に向けて核保有国として認める、認めさせると、そのためにはまだ核が完成したっていう段階に至っていなかったので、その時に分析をするとアメリカの大統領選挙の前、韓国ももうすぐ大統領選挙、この前後にはアメリカは戦争を仕掛けられないという判断があったようなんですね、私が読んだところによると。
ですからこの1~2年の間に一挙に核ミサイルを完成までもっていって、それをカードにしてこれからは核保有国として認めさせていく外交を2018年から始めようっていうのがあったそうです。ですからその流れだったんですが、どうやら核保有国として認めさせるって言うのが、トランプ政権もそうですし中国の制裁もそうですし国際的な動きの中で、どうやら無理っていうか、非常に厳しいものだという限界を一方で感じたのかなと。だからその一度、非核化というものを応じつつも、応じながら国際的に認められる国家にということなのかなと。非核化は完全な非核化というよりは、アメリカの出方を見ながら段階的にやって、できるだけ残せるものを残す中で、非核をやり、その代わりに、体制保証であったり国交正常化であったり経済制裁の解除、これを狙おうと。そういう動きの中で、今年に入って一連の動きがあったという風に今は考えています。

山口:
礒﨑先生はこの1年の変化、どのあたりに注目されていますか?

礒﨑:
やはり昨年の11月に ICBM が完成したという宣言を出して、そこから対話、1月から明確に対話に入ってくるわけですが、私が北朝鮮の論調を分析している上で大きな変化を感じたのは、3月なんですね。3月8日に、やはりトランプ大統領が首脳会談をしようって言ったのは北朝鮮にとっても大きなサプライズであって、でも、もしここで首脳会談が実現できるのであれば、これまでは核を手放すつもりがなかった、核は持ちたかった北朝鮮にとって、これはもしかしたら売り時ではないかって考えたということですね。最後まで非核化が至れるかどうかっていうのは駆け引きの問題ですから分かりませんけれども、私は北朝鮮のやっていることっていうのは大きな根底の部分は同じなんですよ。体制は変えたくない、この体制を維持していくっていう根底は同じなんですけど、その上の政策的な変化っていうのは、かなり起きているように思いますね。

山口:
こういう激変する北朝鮮の情勢の中で、多分北朝鮮の市民の方々も、相当驚いているんじゃないかって想像するんですよね。蓮池さんは24年間北朝鮮の中にいらっしゃったわけですよね。例えば去年の今頃のああいうアメリカと戦争するかもしれないというような社会の空気っていうのは蓮池さんがいた時代でも何回かあったんじゃないかと思うんです。例えば1993年から4年の米朝の核危機ってありましたよね。

蓮池:
はい

山口:
あの頃っていうのは北の中っていうのはどういう空気だったですか?

蓮池:
北朝鮮の人たちはもう戦争を覚悟し、準戦時体制に入りまして夜になると、灯火管制と言いますか、部屋の明かりが決して漏れないようにして、それを監視をしたり、それまでにないようないわゆるサイレンが鳴り響き、戦車の動く音があちこちで聞こえ、銃だけじゃない大砲の射撃音がいつになく頻繁に聞こえる。真夜中に戦車が動くんですよね。これはもう何か起きるなと思ったんです。周りでもそう思っている人が結構いまして、とうとうもうそういう時がきたなっていう雰囲気だったんですね。これ、このまま戦争きたらどうなるだろうと絶えずそれを考えていましたね。

山口:
その時、蓮池さんも自分も戦争に巻き込まれるかもしれないという思いはありましたか?

蓮池:
もちろんですね。つまり戦争のイメージというか、北でも一般的に持っているっていうのが圧倒的な空軍力をアメリカが持っているので、とにかく平壌は朝鮮戦争の時代は焼け野原になったと。その時は遠く離れている子どもとは離ればなれ、生き別れになるんじゃないかなと。戦争が終わった後にどうやって約束をしてどうやって会おうかという、そういうことまで考えていた。

山口:
もし戦争になった時にお子さんたちとどうやって連絡とろうとされたのか、お話しいただけますか?

蓮池:
ある時は、私はちょっと郊外の招待所というところにいまして裏山に松の木が結構たくさんある、そういうところで、お墓も朝鮮式のまんじゅう型のお墓もあるんですよね。私は私でどこ行くか分からない。子供に事前に話せるどころか私自身も知らない。子供も遠く離れた学校に行っている。戦争が起きたらもう必ず生き別れになる。だけどこの場所はわかる。だからいつでもいいから帰ってこいと。来たらここのお墓の横に碑石というか、石碑がありますよね、その横に埋めとくからその手紙を読めば何か書いてあるだろうと。それを見て会う場所と会う時間帯をそこに書いておくからそれに合わせて出てこいと。平壌のどこどこで会うというのは私は後で考えるから、共通して知っている場所を。戦争起きてそこの場を去るようになればそこに何か書いて入れておこうと思っていたんですよ。娘だけ呼んでそう言ったら。非常に緊張した顔して聞いていましたよね。

山口:
つまり地上戦になって生き別れになることも、もう覚悟されたということですね?

蓮池:
そうですね、はい

山口:
それお子さん何歳くらいの時ですか?

蓮池:
11歳。11歳、12歳の時ですね。

山口:
地上軍が侵攻してきた時には、山に入ってゲリラ戦やるというような備えも皆さんしていたんですか?

蓮池:
全部してあると思いますね。多分、重要な工場はすべて地下に入ってきます。設備を全部解体して持って行って地下で生産をする。そこには発電所もあってですね。まあそういう話を全部聞いていますと、地上の主なものは全部地下に入る。莫大な建設費用をつぎ込んでいたんですね。

山口:
それだけ北朝鮮の山の中に坑道、穴がかなり掘られていた?

蓮池:
もう穴だらけ。それはもう凄いと思いますよ。

山口:
蓮池さんも行かれたことありますか?その穴には。

蓮池:
掘っているのはよく見ましたね。

山口:
山でみんなで掘っているわけですね?

蓮池:
発破を爆発させる音とか。ボーン、ボーンと。「あれなんだ?」って言ったら、「穴掘っている」と。

山口:
それは防空壕としてだけではなくて、今おっしゃったように、その中で工場の機械なども入れて・・・。

蓮池:
有事の際はそういう風にそこに入れてそこで稼働させる。地下にその飛行機の格納器もあれば北部の方に行くと飛行機の滑走路まで、山の中に。

山口:
山の中に滑走路が?

蓮池:
滑走路が作られていた。

山口:
それつまり穴の中に滑走路がある?

蓮池:
そう。高い山の中に滑走路ができていて。彼が言うと北部というのは標高が高いわけで、さらに山の中腹から飛行機が飛べば、韓国に飛ぶ飛行機より、まず高度が高いところに位置として立てると。昔は空中戦というのは上に上がれば有利だということがあったんで、そういう話も。まぁこれはみんな知っている話で。滑走路まであったという話は聞きましたね。

山口:
ということは想像しますと、今だいぶ変わりましたけど去年の今頃というのは、北朝鮮の人たちというのは同じような心理状態にあったのか、どんなふうに想像されますか?

蓮池:
我々の93年あたりよりはそんなに緊張感はなかったんじゃないかなと。なぜかといったら核を持ったという自信があるからですね。核を持っているから下手にアメリカは手を出せない。93年と決定的に違うのはその点、そう思います。

山口:
礒﨑先生、そのあたりの北朝鮮の人たちの心理状態はどう思いますか?

礒﨑:
非常に興味深いですね。93年のころは北が攻めるということはありえないわけで、アメリカが攻めてくるという教育をみんな信じていたわけですよね。それに北が応戦するということで。そういう意味では核を持ったからアメリカが攻めてくることはなかろうと考えているんではないかという心理状態っていうのは日本で分析している者からするとわかりづらいところですね。日本ではもう戦争が起きるかもしれないというふうに言われている。しかも、それはアメリカが攻撃をすることによって始まるかもしれないという議論が昨年まではあったわけですから。意外に平壌の市民が平穏だったかもしれないっていうのは平壌を訪問していた人たちの証言と合致しますね、そういう意味では。

山口:
あれだけ北朝鮮の金正恩氏が対アメリカで強硬な姿勢をずっと貫いていてミサイルを撃つ・核実験をやる、もう戦争直前かと思ってしまうぐらいですよ。そうすると北朝鮮の市民の方々というのはそういう中に慣れている中でこの1年で激変しましたよね、米朝会談をやって急に金正恩氏とトランプ氏が親密な仲になったわけですよね。この激変ぶりに市民の方々は戸惑うんじゃないかって、僕なんかは思ってしまうんですけど、蓮池さんそのあたり、今の北朝鮮市民の思いってどんな風に皆さん暮らしていると思いますか?

蓮池:
北の人たちからするとアメリカとの関係改善に進むということについては大歓迎だと思います。それは経済制裁それなりに影響はあるわけですし、またアメリカとの関係は世界との関係改善につながって、経済的に豊かになるんじゃないかという期待、特に今年の4月の経済に総力を入れるという方針ともマッチするわけですよね。ただ一方で核を排除する、なくすということに関しては不安を感じるんじゃないかと。つまりその核というものがあるからいわゆる北朝鮮という国がアメリカの攻撃を受けずに済むし、それなりの存在価値、存在感があるという、ある意味のプライドを感じる。北の人ってそういう考え方なんですね。核をつくって経済が貧しくなったんで、核なんか作らずに豊かになってほしいと考えている人は少ないんじゃないかなと。
それだけ戦争というものは、実際に朝鮮戦争というものを経てるわけですね、その中で家族や祖父、祖母その中で犠牲になった人がいる中で、そういうものは血の流れとして、アメリカに対する反感というものは国の政策などと関係なく持っているんですね。核というものがあるから、そういう守られる部分もあるのに、それだけみんなが、言ってみれば向こうでいう言葉で、ひもじい思いを必死で我慢して作ってきたものを放棄するとなった時は「え?なんで?」って思う可能性はあるなと。

山口:
なるほど。そういう意味でいきますと非核化交渉を今、しているわけですから、仮に核を放棄するっていう方に本当に合意すれば・・・、これから査察とか進んでいくと思いますけれども、北朝鮮の人たちの中で違和感が生じるかもしれない?

蓮池:
うん。だからその先ほどね、(礒﨑さんが)おっしゃった通りにカードとして、アメリカから得るものが大きい物が得られれば、まあ納得する、国民は。だから金正恩委員長自身もそういうものなしに一方的に非核化を進めるようなことは、自分が国内で威信を失う要素になっているのです。国内問題でもあると思うんですね。だから簡単にアメリカに対しポーンと非核化をして、その後なんとかしてよということは、やらないんじゃなくて出来ないのだと私は思いますね。

礒﨑:
そういう意味ですと、今あの膠着状態に陥った一つの原因である終戦宣言はアメリカから勝ち得ることができたんだとか、そういうものになっているということですね。

蓮池:
終戦宣言をやるということは、これは北朝鮮の国民にとって非常に大きなものにはなると思いますね。それはプライドだとか、それからアメリカを、向こうはどういう宣伝するかわかりませんけども、アメリカがいわゆるその下りてきたっていうイメージも作れますし。私は終戦宣言にあれだけ固執するというひとつがですね、終戦宣言というものによって、私は中国やそういった周辺の国家が経済制裁を緩和しやすい環境をつくるんじゃないかなと思いますよ。もう一挙に解除なんて無理です。安保理、アメリカがしない限り安保理は解除できない。だけど、中国もすごくためらう部分があるわけです。少しずつ解除は緩めるようなフリをしていますが、しかしここで終戦宣言やりました、もう戦争は終わったんですよという状況になれば、北朝鮮の要求に基づいてもっと言うようになる。北朝鮮としては当面まず中国が制裁をかなり緩めてくれさえすれば、経済発展になっていく。

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