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#7.8

2時間スペシャル
京の城と平安の仏像

今回は、2時間スペシャル。徳川家康が築いた「二条城」をはじめ、歴史上の人物につながりの深い「京の城」。そして、空海ゆかりの「東寺」をはじめとする、平安時代より長きに渡り人々を見守ってきた「寺と仏」をめぐり、そこで受け継がれる、時をこえた物語をひもときます。

江戸時代初めの築城以来、徳川幕府における京都の拠点となった二条城。城が大きく造り替えられるきっかけとなったのが、三代将軍・家光の時代に行われた、「行幸(ぎょうこう)」でした。家光は時の後水尾天皇(ごみずのおてんのう)を二条城に迎えるため、建物を増やし、庭を広げたのです。将軍が各地の大名と会い、京都滞在時の住まいでもあった「二の丸御殿」、見る場所によって違う景色が楽しめる「二の丸庭園」など、いたるところで、かつての名残に出会うことができます。さらに天守閣跡にも登り、はるかな歴史に思いをはせます。そんな二条城の中に残されていたのが、織田信長が手掛けた「旧二条城」の石垣。実は「二条城」という名の城は、ひとつではなかったのです。町の中に残る「旧二条城」跡地に足を運び、わずか70日で築き上げたとされる信長の物語をひもときます。そんな信長亡き後、天下人となった豊臣秀吉の城といえば「伏見城(ふしみじょう)」。かつて本丸がその周辺にあったとされる「伏見桃山陵(ふしみももやまのみささぎ)」を訪ねます。安土桃山時代、明智光秀が織田信長の命を受けて築いたのが、京の町の北西、丹波地方にある「福知山城」。そこには創建当時の石垣と、復元された天守閣がありました。そして同じく光秀が信長の命で築城した「亀山城」は福知山城が造られる前に、丹波の拠点として築かれたもの。光秀はこの亀山城から本能寺へ出陣したと伝えられているのです。今に残る城跡に秘められた、光秀の思いをたどっていきます。

平安時代の初めに桓武天皇によって開かれた「教王護国寺(東寺)」は、平安京を守るために造られた歴史ある寺院であり、のちに弘法大師・空海が任された寺としても知られます。そんな空海が作った「立体曼荼羅(りったいまんだら)」は、密教の世界観を立体的に表現したもの。そしておよそ55メートルの高さを誇る、名高い「五重塔」の中にも、特別に入らせていただきます。街の中心より西、「御室(おむろ)」と呼ばれる地に建つ「仁和寺(にんなじ)」は、平安時代の半ば頃より続く由緒ある寺。門では、迫力ある「二王像」がにらみをきかせます。広々とした境内に建つ「金堂」は、かつて御所にあった「紫宸殿(ししんでん)」を移築したものだといいます。仁和寺は宮中と深いゆかりがあり、それが、この地が「御室」と言われるようになったきっかけであるとも伝えられるのです。寺に残される貴重な文化財を保存する霊宝館では、創建当時から大切にされてきた仏像の数々を拝見します。さらに訪れたのは、仁和寺のほど近くに建つ「法金剛院(ほうこんごういん)」。平安時代より伝わる本尊の阿弥陀如来は、極楽浄土への願いを表しているといいます。そして本堂の外、平安時代の姿を今にとどめる美しい庭には、当時の人々の深い思いが込められていました。美しい自然が織りなす風景が、古くから平安貴族たちにも親しまれてきた嵯峨の地に建つ「清凉寺」も平安時代に始まる寺院。そこで出会うのは、源氏物語の主人公、光源氏のモデルと言われる、実在の人物を模した美しい仏像。時代を経てこの寺に伝えられる、はるかな物語とは…? 

 

「京の城」に漂う、歴史を彩った人々の面影。そして、数々の「寺と仏」で感じる平安の趣。いにしえの都を彩る、時代の名残を訪ねます。