BS朝日

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#96

「がんゲノム医療」最前線 がん治療の常識を覆す!!

毎年100万人が新たに「がん」と診断されています。2019年10月6日の『BS朝日 日曜スクープ』は、増え続ける「がん患者」を救う、新たな治療方法「がんゲノム医療」を特集しました。

■「CT画像のがんが消えた」

北海道に住む村田久江さん、63歳。2年前、子宮体がんと診断され以来、治療を続けてきました。しかし…

村田久江さん

抗がん剤治療も効かなかった。4か月で再発したから。子宮体がんの場合はあまり治療法がないと言われて。その後、がんは、首など全身に転移。『ステージ4』と告げられました。それから4か月、村田さんの病状は…

医師

「(今日またCTを撮ったのですが半年前にあった、首の付け根の鎖骨のリンパ節の転移と足の総腸骨動脈のリンパ節)今回のCTでは(がんが)完全に消失している状態です。」

村田久江さん

「嬉しい」

医師

「良かったですね」

体中にあったがんが消えていたのです。CT画像を見てみると…治療前には、首のリンパ節に2センチほどの腫瘍がありました。しかし現在は、その腫瘍が消えて、確認できなくなっているのがわかります。さらに、太ももにあった癌も、見えなくなっています。

清和記念病院 非常勤医師 慶応義塾大学医学部 林秀幸助教

手術して完全にがんを取り除いた後にリンパ節に再発してきたと言うことで、村田さんの場合は特にこの首の付け根の離れたところに再発していたので、ステージ4と同じ段階に相当するんですが、正直僕も驚いています。完全に無くなっている状況。

■新たな治療方法「がんゲノム医療」

がんが全身に転移した村田さんが受けたのは、「がんゲノム医療」という新しい治療方法でした。がんは、加齢や喫煙、食生活など様々な原因で細胞の遺伝子が異常を起こして発生すると考えられています。がんゲノム医療は患者の体からがん細胞を取り出しどの遺伝子が異常を起こしているかを解析。遺伝子の異常のタイプに合わせて最適な薬を選択するという治療方法です。村田さんも4か月前、がんの遺伝子を調べたところ、効果が期待できる薬が判明。その薬を投薬すると、がんがみるみる消えていき、病気になる前の生活を取り戻したのです。

村田久江さん

食べられなかったの、本当に。お茶も飲めなかったの。いつの間にか食べられるようになって一日4食くらいの時もある。

厚生労働省はこの「がんゲノム医療」をがん治療の新たな柱にしようと全国11の施設を中核拠点病院に指定しました。その1つが東京、慶應義塾大学病院です。

■遺伝子の異常ごとに治療方法を選択

慶應義塾大学病院では患者の自己負担を伴う検査に加え、臨床研究として患者の自己負担なしで遺伝子検査を始めました。これは、手術で取り出した、患者のがんです。その組織を「がんゲノム医療」専門のチームが受け取り細胞の状態をチェックします。濃い紫色に染まっているのが、がん細胞です。この癌細胞をシークエンサーという遺伝子を解析する装置にかけ、がんに関係する主な160の遺伝子の異常を調べていきます。どの遺伝子に異常が起きて出来たがんなのか、「がんの種類」を突き止めるのです。

慶応義塾大学医学部 西原広史教授

実際これを見ていくと、これだけの遺伝子変異が出ていて…

検査の結果、この乳がんの患者には、がんに関係する遺伝子異常が2つ見つかりました。しかし、別の乳がん患者の検査結果と見てみると、まったく違う遺伝子異常が。つまり、同じ乳がんでも、別のタイプのがんと考えられるのです。

慶応義塾大学医学部 西原広史教授

免疫チェックポイント阻害剤、これらの有効性が示唆されます。

医師は、臓器ごとに薬を選ぶのではなく、この遺伝子異常に基づき、最も効果的だと思われる治療方法を判断していくのです。

慶応義塾大学医学部 西原広史教授

いままで発症した臓器によってガンは分類されて治療法もそれによってまとめられてきた。ただガン研究がすすんでデータが集まってくると、どうやら臓器をまたいで同じ遺伝子異常を持つガンというのが複数出てきていると。治療も臓器別ではなくて遺伝子異常別でしたほうが効くのではというのがわかってきた。

■薬が保険治療で使えない場合も

札幌の静和記念病院は、慶応義塾大学病院と協力して「がんゲノム医療」に取り組んでいます。ここでは、臓器ではなく、遺伝子異常に合わせて治療したことにより効果をあげた患者がいます。

岸田さん(仮名)は3年前、肺腺がんのステージ4と告知されました。肺腺がんの標準治療は、あまり効果があらわれず、がんの遺伝子を調べたところ、意外な事実が判明しました。

清和記念病院 非常勤医師 慶応義塾大学医学部 林秀幸助教

肺がんなんですけど、乳がんとか胃がんで見られるようなハーツーという遺伝子の異常が見られて。

岸田さんの肺にできたがんは胃がんや乳がんによくみられるタイプだということがわかったのです。そこで乳がんなどで使われる抗がん剤ハーセプチンを使用したところ、肺にあったおよそ2センチのガンが、消失したのです。

岸田さん(仮名)

全く副作用もないし、髪の毛も抜けないし、元気で入れるから病気でいることを忘れるくらい、本当に。良くて(余命)2年、選択肢はないと言われていたのでホッとした。

しかし、問題も…。ハーセプチンは肺腺がんの治療においては保険適用されていないため、すべて自費診療となります。静和記念病院の患者・岸田さんの場合、一度の投薬に、およそ30万円の費用がかかってしまうのです。現在、がん治療薬の承認は、主に「臓器別」になっているため、効果が期待できる薬が、保険診療では使えないケースがあるというのです。

■厳しい現実でも「心強い存在」

そしてもう一つ、厳しい現実があります。週に1度、全国の提携病院をつないで行われる会議では遺伝子の異常から治療方法を検討するのですが…

慶応義塾大学医学部 西原広史教授

「残念ながら治療推奨はなしということでまとめにします」「治療推奨はしない」

実は、全ての患者に治療方法が見つかるわけではないのです。

慶応義塾大学医学部 西原広史教授

薬の有効性につながる情報が得られるのは実は6割弱になります。その時点で30%以上の方が「責任となる遺伝子はわかったが、薬はない」という状況になる。

遺伝子の異常が判明しても、効果が期待できる薬が見つかるのは、およそ6割。保険適用がされず薬の使用を諦めるケースなども多く実際の治療に辿り着けるのは1割ほどだといいます。それでも、岸田さんは、辛い治療も多いがん患者にとってがんゲノム医療は心強い存在だと語ります。

岸田さん(仮名)

もちろん病気は受け入れたけど、受け入れたからこそ、自分に何が合うか、本当のことを知りたい。どのお薬になったとしても頑張れるじゃないですか。納得したかったんです。それで前向きにちゃんと治療したかったんです。

がん治療に新たな可能性を見出した「がんゲノム医療」。ようやく国も対応を始める中、どれだけの癌患者を救えるようになるのか、注目されています。

■治療方法の選択を一変「がんゲノム医療」

山口

今年(2019年)6月1日に一部患者への保険適用が始まりました「がんゲノム医療」。今、ご覧頂きましたように、これまでとは異なるがん治療で、がん患者の中では、標準の治療では治らなかったがんが消えたという成果も上がってきているのです。きょうは、この『がんゲノム治療』を詳しく見ていきます。では、ゲストの方々をご紹介致します。まずは、厚生労働省が定めた中核拠点病院の一つ、慶応義塾大学病院で、「がんゲノム医療」を牽引しています、慶応義塾大学医学部教授・西原広史(にしはら・ひろし)さんです。どうぞよろしくお願いします。

西原

どうぞよろしくお願い致します。

山口

そしてお隣です。長年、医療の現場を取材して来られました、ヘルスケア・イノベーション代表取締役社長・宮田満(みやた・みつる)さんです。どうぞよろしくお願いします。

宮田

どうぞよろしくお願いします。

山口

本当にこの『がんゲノム医療』、全く違うやり方で、本当に驚いたのですが、これまでの治療方法とは、そのものに対する考え方が違うのです。大木さんお願いします。

大木

これまでのがんの治療方法は、臓器ごとに胃がん・肺がんというように考えられてきました。それが、このがんゲノム医療では、臓器別ではなく遺伝子異常別にがんを診断するということなのです。そうすると、治療方法も遺伝子異常別に選択されることになるわけです。取材させていただきました岸田さんは、肺腺がんと診断され、肺腺がんの標準治療では効果がありませんでした。そこで、遺伝子検査をしたところ、乳がんによく見られる遺伝子の異常が見つかりました。ちょっと乱暴な言い方をしますと、肺にできた乳がんというようなイメージですね。そこで、乳がんに使う抗がん剤を使ったところ、がんが消失したということです。西原さん、これまでのこの臓器別の治療では治せなかった患者に治療方法が見つかるということですよね?

西原

そうですね。今まで臓器別に承認されたお薬では治らない人が、特定の遺伝子の異常が見つかると、違う種類のがんで、本当は使えると思われていた薬が、劇的に効果を示すと。ですから、例えば胃がんの人に肺がんの薬、肺がんの人に今回乳がんの薬。こういう使い方が、劇的に効く人は、割合は少ないですが、いらっしゃるということです。

大木

今までの臓器別の治療というのは、経験則的に、胃がんにはこの薬が一番合う確率が高いとして、薬を選んできたということですか?

西原

薬の承認は、確率論的に、一番、その病気に対して効く薬を承認してきたということになります。ですから、個々の患者さんに効く、効かないじゃなくて、全体で、例えば60%効くというような感じです。ところが、患者本人からすると、効くか効かないかで0か100しかないわけでありまして、その0か100というのが、どうやら遺伝子の異常で決まっているのではないかということがわかってきましたので、「一人一人限りなく、0か100ということが分かるようにしたい」というのが、ゲノム医療の考え方ですね。

大木

遺伝子の異常と言いましても、持って生まれた遺伝子異常ということではないのですよね?

西原

ほとんどのがんの遺伝子異常というのは、生まれてから成長していく過程の中で、例えば、年齢が進んでいけば当然、遺伝子の異常も蓄積しますし、喫煙ですとか化学薬品、こういったもので、後から出てくる遺伝子異常がほとんどとされていますので、持って生まれた遺伝子異常がある方はそれほど多くはないのです。

大木

よく言われる「がん家系だから」とは、どういうことなのでしょうか?

西原

正直、今、3人に1人、あるいは2人に1人ががんになるという時代なので、家族の中にがんの方がいること自体は、あまり珍しいことじゃないのです。ただ、例えば、すごく若くして、がんになる方が、同じ家系の中に沢山いるという方の場合には、もしかしたら、遺伝性のがんということはあるのですが、ほとんどの方の場合、自分の家系にがんの方がいても、それががん家系ということではないのです。

山口

このがんゲノム医療は、がん治療そのものを根底から変えてしまうような、本当に画期的なことだと思うのですが、宮田さん、医療の現場をずっと取材されて来られて、いかがですか?

宮田

もちろん、患者さんごとに最適な抗がん剤や処方を選ぶことができるようになったという意味では画期的ですよね。今までは、肺がんだからこの薬、胃がんだからこの薬という考え方だったのですが、今度は、肺がんだとしても、どのような遺伝子の異常があるかによって、適切なお薬が処方できるようになるということです。そのためには、医療だけが変わるのではなく、新薬の開発のステップも変えてこなければいけない。今までだったら、胃がんの患者を集めて、新薬を与えて、効いたら認可だったのですが、これからは、遺伝子変異を持っている患者さんを臓器にこだわらないで集め、効果を証明したら、『その遺伝子変異を持っているがん』という適用が取れるということになると思います。

■保険適用となる、がん患者は「2%」

山口

6月1日に保険適用されました『がんゲノム医療』ですが、対象が一部のがん患者の方となっていまして、全員が対象ではないというのが課題になるわけですね。大木さんお願いします。

大木

保険適用となる検査ですが、まず価格を見ていきましょう。一回56万円なのです。保険適用、年齢などにもよりますが、自己負担は1~3割ほど。つまり、56,000~168,000円程度になり、さらに年齢や年収にもよりますが、高額療養費制度が適用となり、100,000円以下に費用が抑えられる場合があります。ただ、対象となる患者は、希少がんや小児がん、血液のがん以外の固形がん、そして、標準治療が終了した患者となるのです。気になるのが、西原さん、最後の標準治療を終えた患者さんということですが、全体のがん患者の方で考えると、どれくらいの割合の方が保険適用となるのでしょうか?

西原

実は、標準治療が終了したというだけではなく、そこには付帯条項がありまして、標準治療が終了し、かつ、まだ他の化学療法等ができるぐらいの体力のある方という限定が実は付きます。そうしますと、大体、私たちの試算ですが、すべてのがん患者さんの2%ぐらいしか適用にはならないだろうと考えています。

山口

西原さん、つまり、自分のがんがどういうタイプなのか、それがわかることが適正な治療を受けられることにつながるわけですから、本当に有効な手段だと思うのです。ということは、最後にやるのではなく、まずこちらを入り口にした方が合理的に治療が進められるのではないかと思うのですが、そこはいかがでしょうか?

西原

『がんゲノム医療』の根本的な考え方は、一人一人に最適な治療法を見つけるということですね。がん治療の基本は、一番効く治療からやるということなのです。がんと診断された時に、本来こうした遺伝子検査を受けて、まず自分のがんのタイプを知って、どういった方向性の治療がいいのかを知った上で、治療に入るべきなのですが、今、それが逆になっているということが現状ですね。

山口

欧米では実際にどうなのでしょうか?

西原

欧米においても必ずしも、すべてのがんの患者がこうした検査を受けているわけではないのですが、例えば、アメリカでは、進行がん患者のほとんどの方が、化学療法を受ける前に、(遺伝子検査を)受けられるようになっています。また、韓国では既に、がん診断直後に、ほとんどのがん患者さんが、こうした遺伝子検査、遺伝子の数は50ぐらいで少ないのですが、受けられるようになっています。

山口

日本の場合、最後にやることになるわけですよね?そうすると、待っているうちに亡くなってしまう方もいらっしゃるのではないですか?

西原

はい。私たち慶応の方で、今まで自費診療で遺伝子検査をしてきた方のデータがありますが、やはり8%ぐらいの方が、結果を聞く前にお亡くなりになっているという事実があります。

山口

そう考えると何とか、もっと普及できないのかと思いますが、宮田さん、厚生労働省にも踏み込めない事情というのがあるのでしょうか?

宮田

例えば、100万人全員に56万円の検査を行うと、5600憶円の費用がかかるわけですよね。今回の使用規制、使用対象をぎゅっと2%ぐらいに絞ったということは、医療費の増大を恐れる財務省の考え方も影響しているのは当然だと思います。それからもう一つ、すごく実験的な非常に新しい治療法なので、それを受け取ってちゃんと使える医療体制を整備するのにやはり時間がかかるのです。ですから、いきなり全員にやるのではなく、まず1~2%程度の患者さんに絞り込んで進めるというのは、そんなに悪いことではない。ただし、本当に有効性が示されたら、徐々に適応患者を拡大し、適用するタイミングを妥当にするということも絶対行わなければならないだろうと思っています。

大木

気になったのが、宮田さん、始めの時点で、「56万円で(遺伝子検査を)自由診療で受けます」。その後、「肺にできたがんだけれど、実は乳がん(に効果のある抗がん剤が効く遺伝子異常)のタイプだった。じゃあ、乳がんの抗がん剤を使いたいです。」となったとき、(肺がんに対する)乳がんの抗がん剤治療に対しては、保険が適用されないことになるのですよね?

宮田

まず、これを保険適用でやるか(始めるか)、自由診療でやるか(始めるか)で全然違いますけれど、自由診療で(遺伝子)検査を受けた場合は、やはり保険適用はなかなか難しいのではないかと考えます。

大木

その後の治療に関しても、保険が効かなくて、だから56万円でやり始めたとしても、治すというところまで(治療を進めて)いくと、自由診療でいく場合は、費用がかかってしまうということですよね?

宮田

先月から、患者申出療養という新しい制度を拡大して、まだ適用が認められていない乳がんの薬を、肺がんに使うことも認められるようにしようと、ある種の治験、臨床試験としてやるプロトコルをあらかじめ申請して、用意しておいて、保険診療で行って、たまたま先程のような幸運な患者さんに、申請後1~2カ月で薬を使えるようにするという動きはあります。ただ、残念なのが、その時に製薬会社が無料で提供してくれれば、それを治験として使えるのですが、もしそうでない場合、個人負担という状況に今はあります。

山口

川村さんはどうですか?がんの正体がわかるわけですが、まだ日本ではそこまで普及していないという実態もあるわけです。いかがでしょうか?

川村

厚生労働省の中でも、混合診療の問題も、今のゲノム医療の問題も早く進めたいという推進派の人もいるのです。これは幅広い意味で、遺伝子治療の中に属する一つの問題提起だと思うのですね。アメリカなどでは、低所得者やマイノリティのがん患者に新薬の説明をし、ある種の治験ですけど、幅広くそれが効果を示せば、新薬として承認されるわけです。日本では薬事審議会があって、なお且つアメリカで相当数、効果例があると、時差があって何年か経って、日本で承認されるというケースが非常に多いのですね。早く治療した方が、少しでも治す確率が高いということを世論もそうですが、医療財政との兼ね合いにおいて、どこで踏み切るかが、今後、焦点になってくると思います。

山口

そうですね。それでは現在の厚生労働省の病院の今、状況確認していきます。全国の11の病院を厚生労働省は『がんゲノム医療』の中核拠点病院に指定、さらに34の病院を拠点病院にしています。

■「がんゲノム医療」現場の奮闘

山口

6月から保険適用が始まった「がんゲノム医療」ですが、現場からこんな声もあがっています。大木さんお願いします。

大木

こちら西原さんにお伺いしたいのですが、現在の保険制度では、遺伝子検査を受け付けた段階で、病院には8000点、80,000万円が入ります。その後、病院は、検査機関に遺伝子検査を依頼します。そうすると、依頼した時点で検査機関から病院に460,000円が請求されます。つまり、一時的に病院が費用を負担する形です。そこから、検査結果が出て患者に説明をした段階で保険点数48,000点、480,000円が支払われるという仕組みなのです。ただ、先ほどお伝えしたように標準治療を終えた段階で行われているので、結果が出るまで2週間~1カ月ほどかかり、患者が亡くなるケースもあるのです。そうすると、病院が検査費用を負担することになります。こうしたケースが8%くらいあるということですが、西原さん、病院にとっては大きな負担になりますね。

西原

はい。もし8%の患者さんが検査中にお亡くなりになって、その差額分が病院負担となると、病院は結構大きな負担になってしまいます。そうなると、検査中にお亡くなりになる可能性があると判断された患者さんの検査を受け付けできないですね、事実上。ですから、本当はぜひ検査を受けて欲しいけれども、やっぱり病院経営を考えると、なかなかそれを言い出せない。場合によって、患者さんの申し出をお断りする病院も出てくることが予想されます。

山口

そして、この遺伝子情報をこの検査機関とやり取りするわけですよね?この過程、事務的作業、その煩雑さもあり、かなり大変なのでしょうか?

宮田

本当に大変ですよね。実は人手(人力)で入力しているのが実態で、相当な負担になっています。『がんゲノム医療』というのは、車に例えるとフェラーリみたいな、新しい車が出てきたんですけど、それを走る道路がボコボコというのが日本の今の医療の現状なんですね。

山口

まだアナログなわけですね。

宮田

アナログだったり、国民の理解がなかったり、色々、「がんゲノム医療」を実現するために必要な要素がまだ整っていないので、これを急速に整える努力もしなければいけないと思います。

山口

この辺りの問題、川村さんどうとられますか?

川村

やっぱりそのデコボコの道路の中でということは、やっぱり日本の医療施設の問題もあるし、先端治療をどこまで優先するかっていう問題もありますから、全部一体化して、これで突き進もうという形になるのかどうかは、政府の判断にもよると思います。どこまで幅広い形で審議されているのか、協議されているのか、国際的にも、日本の治療が、どこまで科学的に進んでいるかということにもなりますから、これからメディアに対しても、こういう情報が沢山届けられることが必要だと思います。

■ロボット導入で2万遺伝子を解析

山口

「がんゲノム医療」の遺伝子検査の対象となる遺伝子は、多くて数百種類なのですが西原さんの慶応大学病院では、ほぼすべての遺伝子となる2万遺伝子を解析する検査も導入しました。2万遺伝子の解析を可能にしたのが、日本の高い技術です。大木さんお願いします。

大木

遺伝子解析の現場にお邪魔したんですが、そこで作業していたのはなんと、ロボットなんです。ヒト型汎用ロボット「まほろ」。冷蔵庫も自分で開けて、検体を取り出してきたり、置かれているピペットを手にして、必要な薬剤を注入したり、周りに置かれた道具を使い分け、どんどん作業を進めていくんです。ロボットなので、もちろん疲れ知らず。組織から取り出したDNAを増やすなど、分析装置に掛けるまでの作業を一人で行います。人では失敗する事もあった複雑な作業を「まほろ」は正確に実行できる為、2万遺伝子の安定的な解析を可能にしたんです。

RBI株式会社 夏目徹氏

「人間がやるとだいたい2日間かかる作業をロボットは休憩が必要ないので、大体人の作業の4分の1くらいでやることができます。半日ぐらいでできます」

大木

西原さん、2万遺伝子ということは、より細かい検査、診断まで出来るということなのでしょうか?

西原

はい。得られる情報は例えば100とか200の遺伝子検査よりも当然多くはなります。ただ、数が約2万になったからといって約100倍の数の遺伝子を見たから、遺伝子異常が100倍出てくるかと言うと、決してそういう事ではなく、むしろ、正確性が上がると理解していただいた方がいいと思います。

山口

沢山の方々の遺伝子情報を集めれば、より精度が上がっていくという事になるのでしょうか?

西原

それはもちろんですね。

山口

例えばどうでしょう、データが蓄積されていくという点を考えていくと、一方で、そこに不安を感じる人も出てくるのではと思いますが、その辺りはどのようにお考えでしょうか?

西原

遺伝情報というものが、究極の個人情報であるという様な考え方もありまして、情報が漏えいすると、家系に関わる特徴が全部わかってしまう事で、就職や結婚、そういったことに影響するという考え方も確かにあります。ただ、遺伝情報が仮に漏えいしたとしても、遺伝情報というのはATCGの塩基配列に並んでおり、これを解読しないと、何が書いてあるかわからない訳で、暗号な訳です。漏れただけで、すべて、その人の情報が漏えいするかというと、決してそういうものではなく、また、こういう仕事をしているメンバーは、留意してやっておりますので、まず、個人情報がこういう所から漏れるということは、ほとんど無いと思っていただいて差し支えないと思います。

大木

例えば、がん検査のために遺伝子検査をした場合、もっと広い範囲のことが色々わかってくるわけですか?

西原

がんの遺伝子だけを調べている上においては、やはり、がんという病気の遺伝子しか見ておりませんので、あまり他のことは分かってこないです。ただし、2万遺伝子のようなものを調べていくと、全然違う病気の原因遺伝子等が分かってくるということはあります。ただ、私たちは今、あくまでも「がんを発症した人たちの治療法を見つけるための検査」と位置づけていますので、がん以外のことについては解析しないとして進めておりますので、そういったところは、患者さんには伝わらないですね。ただ、いずれデータベース化して行くときに、きちんとそういったところも、せっかくの情報ですので、使えるようにしたいと思っています。

山口

例えば、海外も当然遺伝子情報をいっぱい集めて、精度を高める事が行われていると思うんですね。そことの競争になってくるという面も出てくるでしょうか?

西原

もちろんですね。日本は少しゲノム医療で出遅れたと皆さん言われるのですが、実は、こうした2万遺伝子、或いは、遺伝子以外の部分で全ゲノムというのですが、まだ、世界においても、データベース化というのは進んでいないのです。ですから、日本がここで一気に着手すれば、十分に追いついて追い越すことができると思います。

■悪用防止そして海外との競争

大木

宮田さん、遺伝子情報に関する法整備などで、日本より進んでいる国もあるのでしょうか?

宮田

そうですね。アメリカでは「GINA(ジーナ)」という法律があって、基本的に、遺伝子情報を雇用差別とか健康保険を契約する時の差別に使用してはいけないという大枠をきちんと定めています。日本は残念ながら、こういう法律がまだできていませんので、これから「がんゲノム医療」を国民が安心して享受できるようにするために、こういった枠組みはどうしても必要だと思っています。

山口

遺伝子が分かることによって、その人の特性までわかるという、ちょっと、怖い面もありますよね。逆に捉えれば。

宮田

もちろんそうですけど、遺伝子というのは皆さん、ほぼ同じなんですよ。我々の共通の先祖から頂いているものもあるので、個人の財産というよりもみんなの財産だと思って、それをどうリスクを排除しながら運用するか、これから知恵を絞って行かないといけないです。国民の遺伝情報のデータベースを国の競争力にしようとしているのは英国です。英国はジェノミック・イングランドといって、もう10万人の全ゲノム解析のデータベースを作っていて、これから500万人やろうとしているんです。最終的には5000万人、つまり、イングランドの全国民のゲノム情報を使って、健康医療の最適化、それから、医療経済の最適化をやろうとしています。これが実は、21世紀のバイオテクノロジーの競争力を決めるだろうと思っております。

川村

そういう意味では、国家体制にもよると思いますけれど、これから中国なんかは国家が集中的にそういう遺伝子情報を集めていくっていう、極めて先端的な方向に向かいつつ、あるかもしれませんね。だけども、先ほど山口さんが言ったように、個人情報としては、これほど特定の個人が絞られるということはないわけです。女優で言えば、自分の事が知られることによって、世間の目はどう変わるかという事を心配する人もいます。逆にアンジェリーナ・ジョリーさんのように、自分の家族、母親も同じようながんだったということで、がんが実際、発症する前に、予防治療として乳房の切除とか、あるいは卵巣がんの人でもそういう方がいるわけです。ですから、この治療に取り組む事を含め国家管理をきちんと行い、他へ利用されない枠組みが必要だと思います。

大木

そうすると、日本人独特の遺伝子情報みたいなものも、もしかしたらあるかもしれなくて、日本人の遺伝子情報が海外の検査機関にどんどん流れてしまうことで、悪用されるかもしれない。ちょっとSFみたいな話になってしまいますが、そういう可能性も出てきますね?

西原

例えば、日本人にすごく多い遺伝子異常が特定のがんである程度わかったとします。そうすると、例えば製薬会社は、日本人のがん治療のためにはこういう薬を開発すればいいんだ、というようなことも分かって来るんですね。そうしますと、創薬の競争力は、その情報をどこが持つかになりますので、海外が持てば海外の製薬会社がそれを最初にやるでしょうし、日本の製薬会社がやれば日本が最初になるということになります。

山口

先ほど宮田さんからありました「GINA」という様な法律を作るとか、そういう法整備も本当に必要になってくると思うんですよね。

■「治療の初期段階で遺伝子検査を」

山口

「がんゲノム医療」につきまして、お話を伺ってきたのですが、西原さん、今後の「がんゲノム医療」にどういう事が必要なのか、大切なこととはどういうところでしょうか?

西原

最初のVTR等でもお話をさせて頂きましたが、今、ごく一部の人しか、遺伝子検査を受けられない状況にあります。ですから、我々、医療の現場として取り組んでいるのは、一人でも多くの方に遺伝子検査を受けてもらえるようなシステムを、まず作るということです。費用の問題はもちろん、ありますし、可能な限り、多くの方の検査をしておりますが、何かしらスクリーニングシステムと私たちは呼んでいるのですが、これを現場でいち早く作りたいと、今、考えています。慶應では、PleSSision-Rapidという臨床研究を行っており、当院で手術をうけるがん患者さんで同意していただけた方には、160遺伝子の解析を行い、その情報を主治医に返しています。もしその中に治療に有用な情報があった場合には、その情報を参考にして主治医が治療選択を行っていくことが可能です。現在、月100-120症例の解析を順次行っています。将来的にはこうした治療開始の初期の段階で行う検査を、保険診療内で実施できるように働きかけをしています。

山口

仕組みを作るという事ですか?

西原

そうですね。

山口

宮田さんは今後の「がんゲノム医療」どういうことが大切だと思われますか?

宮田

保健医療で始まったばかりの「がんゲノム医療」をとにかく普及させ、それをちゃんと診断に使えるような人材の育成とシステムを作ることだと思っています。今、現場は大混乱していて、ほとんどの当事者たちは赤字に悩むという、非常に大きな問題を抱えておりますので、いかに効率の良いシステムを作って、持続可能なものにするかというのが、最大の努力をすべきところだと思います。

山口

川村さんこの辺りどうでしょうか。

川村

現場の人たちの努力とともに、学会などでこれが意思統一されるのかどうか。例えば国会でこの間、臓器移植法案がありましたね。あの時だけ党議拘束を解いたわけです。それぞれの国会議員が、これは大変重要な問題だから、個人の見解で投票していいですよと。国会で何らか法律を作るということになれば、党議拘束とか、そういう問題じゃないという形で進めた方がいいと思いますね。

山口

本当に2人に1人がかかると言われているがんの時代ですから、もし光明が少しでもあるのであれば、多くの人が受けられるように進めていければ、と思います。今日は、どうもありがとうございました。

(2019年10月6日放送)