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エンタメ・音楽
夢について語る夜
#110
家呑み華大
2026年7月30日(木)よる10:00~10:30
クライヴ・デイヴィス追悼パート2、サム・スミス
#1155
ベストヒット USA
2026年7月30日(木)よる11:30~深夜0:00
スポーツ
ミュージシャン 長岡亮介さん 愛車アミ6とシトロエンへの想いを語る
#2040
カーグラフィックTV
2026年7月30日(木)よる11:00~11:30
ひたちなか市(茨城県)
#132
ケンコバのほろ酔いビジホ泊 全国版
2026年7月30日(木)よる10:30~11:00
旅・くらし
前編 大地が生んだ風景と文化
#1
JAPAN FROM ABOVE 空から見た日本の旅
2026年7月29日(水)よる11:00~11:54
銀のマルシェ
銀のマルシェは、人生の新しい一歩に光を当て、人と社会をつなぐ取り組みです。
AMBER GAMES
“おもしろい”を発見・発掘・世界とつなぐゲームレーベルです。
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BS朝日×地方創生
BS朝日が取り組む地方創生:『発信』と『体験』“知る人ぞ知る地域の魅力”にフォーカス
BS朝日「ウェルビーイング放送中!」
テレビ局らしく、エンターテインメントにして届けていく。BS朝日の、新しい挑戦です。
●波乱万丈の少年時代(三波)――幼くして母を失い、自身も同じ病で生死をさまよう。父から習った民謡で寂しさを乗り越えるなか、家業が傾き13歳で上京。住み込みで働きながら浪曲師の道へ。戦時中は陸軍に入営し、終戦後は4年間のシベリア抑留を耐え抜いた。 ●唯一無二の節回しを持つ天才浪曲少年(村田)――浪曲師の両親のもとに育ち、4歳で初舞台を踏んだ村田。13歳で真打、14歳で座長を務めるも、16歳で海軍に志願する。福岡大空襲に遭遇し、犠牲者の搬送作業に従事するなど壮絶を極めた。 ●天性の魅惑の歌声(永井)――幼い頃に父を亡くし、芝居小屋の母に女手一つで育てられる。旅芸人らに囲まれて歌の魅力を知り、兄を頼って19歳で東京へ。進駐軍キャンプで運転手の仕事をしながら実力を磨き、クラブ歌手として月100ドルを稼ぐ。 ●タンゴに魅了された青春時代(菅原)――幼くして母を亡くした菅原。「長生きできない」と言われるほど病弱だったが父の深い愛に包まれて育ち、音楽大学へ。学内禁制だったタンゴ喫茶へひそかに通って腕を磨き、服部良一に見出されて弟子入りを果たす。 ●運命を切り拓いた転身(三波)――浪曲調の歌謡曲に希望を見出した三波は、昭和32年、歌謡界へ転身する。「雪の渡り鳥」の大ヒットで紅白初出場を果たし、圧倒的な明るさと快活な歌声で「東京五輪音頭」「世界の国からこんにちは」で国民的歌手としての地位を築く。 ●絶頂とどん底(村田)――若手浪曲師として名をあげていくなか、古賀政男が才能に惚れ込み浪曲「無法松の一生」を村田のために歌謡曲化して歌手デビュー。 しかしヒットは続かなかった。だが船村徹が作曲した「王将」が大ヒットしたが、絶頂期に糖尿病が悪化し1年の休業。闘病中も「夫婦酒」などをヒットさせ歌謡界を牽引した。 ●𠮷田正との出会い(永井)――たまたまラジオで知ったコンクールを機に、のど自慢荒らしとして名をとどろかせた永井。デビューを果たすも売れない日々が続く。しかし𠮷田正の助言でムード歌謡に転向。名曲「有楽町で逢いましょう」の大抜擢をきっかけに低音ブームを巻き起こす。 ●タンゴに救われた歌手人生(菅原)――昭和33年にデビューするも、不遇の時期が続く。昭和40年、アルゼンチンタンゴをなかにし礼が訳した「知りたくないの」が驚異のロングセラー。甘く気品ある歌声でスターへの階段を駆け上がり、「今日でお別れ」で日本レコード大賞を受賞する。 ●挑戦を続けた晩年(三波)――晩年も現状に甘んじず、ラップへの挑戦やジュリアナ東京でのライブを行い、若い世代から熱烈な支持を受けた。平成13年、77歳で逝去。生前に残した楽曲数は1,058曲、シングル盤の総売上は2,510万枚という驚異的な数字を誇る。 ●執念と病(村田)――糖尿病の合併症により、右足、そして左足をも切断。過酷な車いす生活となりながらも、歌への情熱たぎらせ、春日八郎、三橋美智也との「三人会」によるアルバム制作。三波春夫が旅立った翌年の平成14年、肺炎のため73歳で波乱の生涯を閉じた。 ●壮絶な歌手人生(永井)――レコード大賞受賞し、紅白歌合戦に26回連続出場の偉業を果たしたが、晩年は不幸に見舞われ、一命を取り留めるも脳障害を患い、歌声を失ってしまう。多くのファンが奇跡の復活を願い続けた中、平成20年、静かに闘病を終え76歳で逝去。 ●色褪せぬ妖艶な歌声(菅原)――90歳を超えてもライブハウスで歌い、新曲を発表した菅原。2026年5月31日、悪性リンパ腫のため92歳で逝去。亡くなる前月の4月6日までコンサートの舞台に立ち続け、人生の最後の一瞬まで歌に生きた。 今回は、菅原氏の妻・アケミさんが当時を振り返り、貴重なメッセージを寄せてくださいます。 不世出の歌声で昭和を照らしながらも、スポットライトの影に隠された4人の挫折と苦悩。戦争、貧困、大病など運命に翻弄された、その比類なき生涯を描き出しながら、彼らの魅力溢れる歌声と名曲誕生の裏に秘められた熱きドラマに迫ります。 〈インタビュー〉 三波美夕紀(三波春夫の長女)、三山ひろし(歌手:三波春夫を師と仰ぐ)、山田太郎(村田英雄の事務所社長)、神野美伽(歌手:村田英雄の歌を継承する愛弟子)、徳光和夫(昭和歌謡に精通)、小林孝正(フランク永井の元担当ディレクター)、白井伸幸(フランク永井と親交、元レコード会社制作本部長)、クミコ(歌手:菅原洋一と長年親交)、小西良太郎(音楽プロデューサー) 他
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歌手・三波春夫/村田英雄/フランク永井/菅原洋一
昭和歌謡の最盛期、私たちの耳に忘れられない歌声で魅力を届けてくれた4人。
それぞれに個性豊かな魅惑の声色で、時代を超えた今もその輝きは褪せることはありません。
青空を突き破るような快活な歌声…三波春夫
男の生きざまそのものの骨太な歌声…村田英雄
囁くようなムード漂う甘い歌声…フランク永井
甘く優しい気品のある大人の歌声…菅原洋一
その歌声で聴衆の心を打ち震わせる感動を届け、昭和を輝かしい時代へと導いた4人の名曲と共に、その激動の人生を追体験する3時間です。
●波乱万丈の少年時代(三波)――幼くして母を失い、自身も同じ病で生死をさまよう。父から習った民謡で寂しさを乗り越えるなか、家業が傾き13歳で上京。住み込みで働きながら浪曲師の道へ。戦時中は陸軍に入営し、終戦後は4年間のシベリア抑留を耐え抜いた。
●唯一無二の節回しを持つ天才浪曲少年(村田)――浪曲師の両親のもとに育ち、4歳で初舞台を踏んだ村田。13歳で真打、14歳で座長を務めるも、16歳で海軍に志願する。福岡大空襲に遭遇し、犠牲者の搬送作業に従事するなど壮絶を極めた。
●天性の魅惑の歌声(永井)――幼い頃に父を亡くし、芝居小屋の母に女手一つで育てられる。旅芸人らに囲まれて歌の魅力を知り、兄を頼って19歳で東京へ。進駐軍キャンプで運転手の仕事をしながら実力を磨き、クラブ歌手として月100ドルを稼ぐ。
●タンゴに魅了された青春時代(菅原)――幼くして母を亡くした菅原。「長生きできない」と言われるほど病弱だったが父の深い愛に包まれて育ち、音楽大学へ。学内禁制だったタンゴ喫茶へひそかに通って腕を磨き、服部良一に見出されて弟子入りを果たす。
●運命を切り拓いた転身(三波)――浪曲調の歌謡曲に希望を見出した三波は、昭和32年、歌謡界へ転身する。「雪の渡り鳥」の大ヒットで紅白初出場を果たし、圧倒的な明るさと快活な歌声で「東京五輪音頭」「世界の国からこんにちは」で国民的歌手としての地位を築く。
●絶頂とどん底(村田)――若手浪曲師として名をあげていくなか、古賀政男が才能に惚れ込み浪曲「無法松の一生」を村田のために歌謡曲化して歌手デビュー。
しかしヒットは続かなかった。だが船村徹が作曲した「王将」が大ヒットしたが、絶頂期に糖尿病が悪化し1年の休業。闘病中も「夫婦酒」などをヒットさせ歌謡界を牽引した。
●𠮷田正との出会い(永井)――たまたまラジオで知ったコンクールを機に、のど自慢荒らしとして名をとどろかせた永井。デビューを果たすも売れない日々が続く。しかし𠮷田正の助言でムード歌謡に転向。名曲「有楽町で逢いましょう」の大抜擢をきっかけに低音ブームを巻き起こす。
●タンゴに救われた歌手人生(菅原)――昭和33年にデビューするも、不遇の時期が続く。昭和40年、アルゼンチンタンゴをなかにし礼が訳した「知りたくないの」が驚異のロングセラー。甘く気品ある歌声でスターへの階段を駆け上がり、「今日でお別れ」で日本レコード大賞を受賞する。
●挑戦を続けた晩年(三波)――晩年も現状に甘んじず、ラップへの挑戦やジュリアナ東京でのライブを行い、若い世代から熱烈な支持を受けた。平成13年、77歳で逝去。生前に残した楽曲数は1,058曲、シングル盤の総売上は2,510万枚という驚異的な数字を誇る。
●執念と病(村田)――糖尿病の合併症により、右足、そして左足をも切断。過酷な車いす生活となりながらも、歌への情熱たぎらせ、春日八郎、三橋美智也との「三人会」によるアルバム制作。三波春夫が旅立った翌年の平成14年、肺炎のため73歳で波乱の生涯を閉じた。
●壮絶な歌手人生(永井)――レコード大賞受賞し、紅白歌合戦に26回連続出場の偉業を果たしたが、晩年は不幸に見舞われ、一命を取り留めるも脳障害を患い、歌声を失ってしまう。多くのファンが奇跡の復活を願い続けた中、平成20年、静かに闘病を終え76歳で逝去。
●色褪せぬ妖艶な歌声(菅原)――90歳を超えてもライブハウスで歌い、新曲を発表した菅原。2026年5月31日、悪性リンパ腫のため92歳で逝去。亡くなる前月の4月6日までコンサートの舞台に立ち続け、人生の最後の一瞬まで歌に生きた。
今回は、菅原氏の妻・アケミさんが当時を振り返り、貴重なメッセージを寄せてくださいます。
不世出の歌声で昭和を照らしながらも、スポットライトの影に隠された4人の挫折と苦悩。戦争、貧困、大病など運命に翻弄された、その比類なき生涯を描き出しながら、彼らの魅力溢れる歌声と名曲誕生の裏に秘められた熱きドラマに迫ります。
〈インタビュー〉
三波美夕紀(三波春夫の長女)、三山ひろし(歌手:三波春夫を師と仰ぐ)、山田太郎(村田英雄の事務所社長)、神野美伽(歌手:村田英雄の歌を継承する愛弟子)、徳光和夫(昭和歌謡に精通)、小林孝正(フランク永井の元担当ディレクター)、白井伸幸(フランク永井と親交、元レコード会社制作本部長)、クミコ(歌手:菅原洋一と長年親交)、小西良太郎(音楽プロデューサー) 他
(三波春夫の長女)
(歌手:三波春夫を師と仰ぐ)
(村田英雄の事務所社長)
(歌手:村田英雄の歌を継承する愛弟子)
(昭和歌謡に精通)
(歌手:菅原洋一と長年親交)
(音楽プロデューサー)
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