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#125

特別編 東京・上野で京都を発見!

東京・上野公園で、様々な“京都”と出会えることをご存知でしょうか?
今回は俳優・中村雅俊さんが、上野で京都を探す旅に出かけます。
まずは、江戸時代に建てられ、現在の上野公園一帯が境内だったという「寛永寺」へ。徳川家のブレーンだった僧侶、天海により創建されました。寛永寺の山号は「東叡山(とうえいざん)」と言いますが、これは東の「比叡山延暦寺」の意味。災いをもたらす鬼門の方角に建ち、都を守ってきた比叡山延暦寺。一方、寛永寺もそれにならい、徳川幕府の安泰と江戸庶民の平和を祈願するため、江戸城から見て鬼門の方角に建てられました。さらに寺の境内には、延暦寺と同じく「根本中堂」が建てられています。普段は非公開の内部を今回は特別に拝見。本尊は、延暦寺同様に最澄が彫ったと伝わる秘仏です。その本尊を祀る内陣にも意外な共通点が。さらに天海は、不忍池を比叡山の麓に広がる琵琶湖に見立てて造成し、当時京都にあった巨大大仏にならって「上野大仏」を建立しました。

そして家光と天海は、江戸に都市としての賑わいをもたらすために、京都随一の名所・清水寺も上野に作りました。それが、清水寺の本堂と同じく懸造りで建てられた舞台を備える「清水観音堂」。『清水の舞台から飛び降りると願いが叶う』という逸話をもとにした願掛けを体験します。秘仏である本尊は、天海が清水寺より授かったという千手観世音菩薩。その御前立を参拝します。
日光東照宮と同じく徳川家康を神様として祀る「上野東照宮」には、京都とゆかりの深い職人が手掛けた作品が。それを見せていただくために、11万枚もの金箔が使われている普段非公開の「社殿」の内部に。黄金に輝く壁に描かれているのは、日本絵画史上、最大の絵師集団「狩野派」の頂点に君臨した狩野探幽の絵。探幽は京都を拠点に活動をしていましたが、徳川幕府の誕生とともに江戸へと移った幕府の御用絵師。その探幽が描いたこちらの絵は、描かれた当時から一切手が加えられていない貴重な作品です。
江戸の発展のために上野に作られた京都を模した名所。その一つひとつを訪ね、江戸の人たちの京都への想いをひも解きます。