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#226

安倍元総理「不在」 防衛費“増額”の議論は?

日本の防衛力の抜本的強化に向けた議論が本格化しています。政府は有識者会議を開いており、そこでの議論を年内に改定する戦略3文書「国家安全保障戦略」「防衛計画の大綱」「中期防衛力整備計画」に反映させる構えです。防衛力強化の政治的課題をめぐっては、銃撃事件の犠牲となった安倍晋三元総理が生前、「防衛費を5年以内にGDP比2%」との目標を掲げるよう主張していました。7月17日の『BS朝日 日曜スクープ』は、議論のポイントと、安倍元総理「不在」の影響を特集しました。

■「各国トップが弔問外交で訪れるから国葬に」

上山

安倍元総理は「地球儀を俯瞰する外交」を掲げていました。安倍元総理が在任中に訪れた国と地域ですが、80の国と地域のべ196回に上ります。そして外務省によりますと、安倍元総理の訃報に際して259の国と地域、そして国際機関が追悼の意を表しました。

菅原

そして岸田総理は7月14日木曜日の会見の中で、この秋に安倍元総理の国葬を行うと明らかにしました。戦後の総理大臣経験者の国葬は1967年に亡くなりました、吉田茂元総理以来55年ぶり2人目となります。

上山

末延さんは、安倍元総理の「自由で開かれたインド太平洋」構想。これは「日本の総理大臣が新たな国際的な枠組みを提唱したのが初めてだ」ということで高く評価してきました。安倍元総理の葬儀を国葬で行うという政府の決定については、どのようにお考えになっていますか。

末延

日本のテレビはあまり国際ニュースというのがありません。ドメスティックなニュースが多いのですが、例えばアメリカでは、夕方のニュースは国際ニュースから入るんですね。その辺の、日ごろの認識、情報共有量が違うんですね。安倍さんの「自由で開かれたインド太平洋」という話、実は最初に体調を崩された2007年のインド訪問、あのインドでの演説でまず言われて、そこから積み上げてきて、新しい国際秩序の枠組みを言った。日本の戦後の政治リーダーで初めてなんですね。それにクアッドを加えていく。一方で、それだけで止まらず、中国に対して共存のための戦略的互恵関係を構築した。台湾問題にスポットを当てながらも、中国とは現実的な共存関係を探る。「抑止とバランス」というのを大きく地球儀の上で描いた、そういうスケール感のある外交をやってきたと思います。

そのことが世界各国で評価されていて、今回、弔意をこれだけの国が示している。安倍さんの国葬では反対の声も出るでしょう。(前回の国葬だった)吉田茂さんは、まさに日本の敗戦から講和の独立を勝ち取った人で、それ以来になるわけですから(賛否はあるでしょう)。ですが、これだけの国のトップが弔問外交で訪れるとき、安全で、かつ、礼を失しない形で、それを受け止められるかというと、国葬という形を作るしかないだろうと岸田さんは判断をされた。法的根拠がないと言われていましたから、それでこの内閣設置法4条の中に、国の儀式とか国の賓客について扱うということが規定されているので、ここを根拠に、これだけ示されている世界の弔意に対して、きちんと日本があれだけの事件が起きただけに、国としての信頼を得るために、世界に発信するメッセージとして国葬へと踏み切ったんだと、そのように僕は理解しています。

【末延吉正】
元テレビ朝日政治部長 ジャーナリスト 東海大学教授 永田町・霞が関に独自の情報網 安倍元総理を長年取材 核心に迫る取材に高い評価

■安倍外交「9.11以降の米国の変化が底流に」

上山

非常に多くの国地域国際機関から追悼礼が表明されているという、安倍元総理の外交については、久江さんはどういった特色があったという風にお考えですか。

久江

日米関係でいいますと、9.11 ニューヨーク、ワシントンでの同時テロのときに、安倍さんが小泉政権の官房副長官。当時私はニューヨーク、ワシントンでは安倍さんと直接話す機会が複数回ありましたけれども、まさに「Show the flag」の時なんですね。

当時を思い起こしますと、やはり日本としても何かしなきゃいけないということでインド洋に艦船を派遣したり、もろもろやったんですが、そのときに同時並行で、やはりアメリカのブッシュ政権は、同盟国であっても自分でできることは自分でやってくださいよという流れに、少し変わってきたんですね。

後のトランプ大統領、アメリカはもう世界の警察官にならないという流れで、そこと同時並行で中国が極めて急激な、20年で防衛費のみならず、軍事的にも太平洋に進出してくるという、その2つが相まっている中で、安倍さんの全体の外交というのは、中国包囲網というか牽制の部分もあるんですけども、根っこの部分はやはり、9.11以降のアメリカの変化と、日本に対して、自分のことは自分でやる的な流れ。そういうものが底流にあったような気がしますね。

【久江雅彦】
共同通信社編集員兼論説委員 自民党、外務省担当を経てワシントン特派員 日米関係をはじめ安全保障政策の情勢に精通

末延

それは安倍さんが繰り返し言っていましたね。最近、ウクライナの戦争の状況を見て、日本の中でも、かなり現実的に安全保障を見る目が出てきました。元朝日新聞主筆の船橋洋一さんが書かれた最近の本でも「世界は自ら助くる者を助く」という点を最初に取り上げています。この言葉は、安倍さんがいつも言っていて、2015年、16年の(平和)安全法制をあれだけ(反対の)デモがあるときに、支持率が下がっても、なぜやらなきゃいけないか。このままだったらアジアの公共財である日米同盟が崩れてしまう、アメリカが(アジアから)逃げてしまう。それでは中国等との共存関係がつくれないんだと。そうした危機感から、安倍さんは、自分が本当にやらなければいけないと。

日本の国を具体的に現実に守る、国家観と安全保障。これをどうするかというときに、それは日米同盟関係を相互主義に持ち込もうということなんですね。その決定打が(集団的自衛権の一部行使を認めた)平和安全法制だったと思います。それに対する当時の安倍さんへの期待は大きかったし、そのことがアメリカの日本に対する信頼になったし、中国が日本を侮らなくなってきた。そういう意味で非常に大きな転換点だったということを指摘しておきたいと思いますね。

■「現実路線とトランプ大統領(当時)の存在も」

上山

木内さんは安倍元総理の外交はどのようにご覧になっていますか。

木内

やはり事件があった後の海外の反応、弔意などを見ますと、予想以上だったと思いますし、非常に世界に影響力を持った政治家だったなということを改めて思いました。なぜ外交、安全保障の分野で非常に評価が高かったかということですけども、私は、一つはやはり現実路線みたいなところがあったのかなという気がしていまして、本来はもっと中国に強硬的な考えの心情が強い人なんじゃないかなと思うんですが、ただ在任中はもちろん、中国への対抗もありましたけれども、対話もし、協調できることは協調するという姿勢も見せて、ある意味、自身の心情を抑えながらも、首相としての役割、立場を重視して、というところが結局は、外交、安全保障上の成功だったり、海外から、つまりアメリカだけじゃなくて中国からも、一目置かれる存在になっているということが背景にあると思います。

もう一つは、トランプ大統領の存在も大きいのかなと私は印象としては思っていまして、予測不能な人を何とか、いなしたという、そこが欧州の国からも評価されたと思います。そして、トランプ大統領のときは貿易問題で言うと、同盟国もいわゆる攻撃対象になっていたわけで、そのときは日中関係も今よりもずっと良かったと思いますので、トランプ政権があり、それに対して、中国あるいは欧州の国との間の橋渡しを果たしたというところも、非常に評価を上げたポイントだったんじゃないかなと思います。

【木内登英】
野村総合研究所エグゼクティブ・エコノミスト 12年に日銀審議委員 任期の5年間、金融政策担う 専門はグローバル経済の分析 米独で駐在経験

■年末に向け直面 「防衛費GDP比2%」議論

上山

安倍元総理が不在となった中で、これから年末に向けて岸田総理が直面するのは、安全保障政策の重要な指針「戦略3文書」の改定です。

この「戦略3文書」というのは、まず1つ目が「国家安全保障戦略」。これはこの先10年程度の外交や防衛の基本方針を示したものです。この戦略を踏まえまして策定されるのが2つ目、「防衛計画の大綱」。この先10年程度の防衛力、この水準をどうしていくのか。こういったことを規定したものです。さらにこの大綱で示された防衛力の水準を目標としまして、達成するためにどうしていったらいいのか、こういったことを定めたのが「中期防衛力整備計画」です。もう少し短いスパンで、この先5年間の防衛費の見積もり、こういったものを盛り込みます。具体的には、防衛装備品、どういったものを幾つ、量など決めていくということなんですね。この「中期防衛力整備計画」に沿って、毎年、防衛費の予算が編成されていくということになります。この3つの戦略文書を岸田政権は今年末までに改定することにしていますが、ウクライナでの戦争が始まった後に安倍元総理が強く目標に掲げたことがありました。

それがこちらなんです。5年以内に防衛費を国内総生産GDP比で2%にしようという目標です。安倍元総理が岸田総理に託した形となった防衛費倍増の政治的な課題、今後の議論でどうなっていくんでしょうか。ここを詳しく見ていきたいと思います。

上山

今後の外交、そして安全保障を考える上で安倍元総理は防衛費の倍増というのを唱えていました。これに対して岸田総理はどのような議論を進めていくんでしょうか。

菅原

まず今年度の防衛予算額と、それから対GDP比それを見ていきたいと思います。

防衛費は2012年、第2次安倍政権の発足後、増加を続けていまして、今年度2022年度の当初予算で54兆円でした。

これはGDP比でいうと0.957%です。日本の防衛費はGDP比1%以内、これを目安としています。ただ、この増額をめぐりまして、安倍元総理と岸田総理との間で駆け引きとも見えるやりとりがありました。まず4月14日、安倍元総理、派閥の会合でこう述べていました。「NATO並みにGDP比2%という目標をしっかり示していくべきだ」。一方の岸田さんです。5月31日に政府が公表しました、今年の『骨太の方針』の原案では、防衛力強化に年限を示さず、「NATOが2%以上を目標にしている」ということは本文ではなく注釈に表記。つまり時期も2%という数字も、本文には書かないと、原案ではなっていました。

これを受けまして、安倍元総理です。6月2日派閥の会合で、「本来であればやはり本文に書くべきだ」と話しました。「しっかりとしたニュアンスと期限を明示して国家意思を示すべきだ」。こう話したわけですね。やはり5年間でGDP比2%、これを書き込むよう主張したわけです。では最終的な『骨太の方針』どうなったのか。本文に、「NATO諸国は国防予算を対GDP比2%以上とする基準を満たす誓約がある」「防衛力を5年以内に抜本的に強化」ということで、切り離してはいるんですが、本文にそれぞれに「2%以上」「5年以内」を記載したということになりました。

では、これはどれくらいの予算規模になるのか。仮に5年でGDP比2%となると、単純計算ではこの5.4兆円を5年間でおよそ10兆円にするということですので、毎年およそ1兆円ずつ増やしていくという計算になるわけなんです。

■「国を背負うリアリズムを岸田総理と共有」

上山

末延さん、防衛費倍増をめぐる議論ですけれども、今、経緯で説明したように、元総理が口火を切って議論が本格化して、結局、岸田さんを含め、政府が言葉を選びながら、安倍元総理の主張を受け入れていくような形になったように見えましたが、どうなんでしょう。結局この落ちつきどころですね。最初は注釈だったところから本文に載りました。この辺りも含めて、取材されていて、安倍元総理はどんなことをおっしゃっていたんでしょうか。

末延

安倍さん自身が長く政権を担当した際に、こういう予算に関しては、財政当局、財務省とすごい戦いがあったわけです。しかも、岸田政権というのは、財務官僚出身者が周りを固めていますから。経済(政策)そのものがリフレ派の安倍さんから見ると、増税を念頭に財政再建を言う、岸田さんの周りに対する警戒感と政局運営の難しさは、安倍さんはよくわかっていました。

ですから、時々言われたのは、岸田さんもしんどいから、だから自分がそういう形で、つまりウクライナの戦争が起きて、日米同盟を維持して、ヨーロッパとの関係をうまくやっていくにはNATO並みだということで。これはNATO並みにやろうということですから、そういうことを自分がまず発言することで岸田さんがうまく差配できるようにしていったと、こういうことだろうと思うんですね。

上山

あえて安倍元総理が高い球を投げていったという。

末延

要するに憲法改正もそうですが、思い切り高めの速い球を投げる人がいないと。岸田さんの性格から見て、自分からいきなりバーンという(発言をする)タイプの人ではない。そのことは長い付き合いでわかっておられるから、そこがまさに自分の政治リーダーとしての役割だということを理解していた。岸田さんが総理になってからも、しょっちゅう安倍事務所を訪問して、よく二人で話をされていましたね。その辺りが、周りが見るよりは、二人はお互いに政治一家の中で育った人で、国を背負っていくことに関してのリアリズムというのは、二人とも持っておられた。だから話が十分できた関係だと思いますね。

■「発射装置があっても弾がない」

上山

防衛費は実際、どのような内訳で、どんなことに対して使われているのか、見てみます。2021年度の当初予算ですけれども、その内訳で4 割以上が使われているというのが人件・糧食費です。金額にしますと、およそ2 兆2,000億円ですが、これは自衛隊員の給料、そして退職金など、さらには食費なども含まれるということです。

次いで大きく使われているのが、維持費です。これが2 割強。これは、戦闘機や艦船の燃料費、そして修理をするための費用、さらには訓練活動などの経費もこの維持費に含まれるということなんです。そして3番目に使われているのが、装備品等購入費ですが、つまり兵器ですね。例えば戦闘機、艦船、戦車などの兵器を購入する費用ということになります。例えばミサイル、大砲など費用もここに含まれるということなんですけれども、全体では2 割弱。当初予算のときには大体9,000億ほどという割合です。実はきょうのゲストの久江さんのご指摘では、この維持費と装備品等購入費、この中身が問題だと指摘されています。こちら久江さんのご指摘です。「自衛隊は“継戦能力”が乏しい」。戦闘を継続する能力に乏しいということなんですね。

久江さん、詳しく伺っていきたいと思うんですけども、この維持費、それから装備品等購入費。毎年予算を割いてはいるんですけれども、この“継戦能力”、戦闘を続けていく能力に自衛隊が乏しいというのは、どういうことなんでしょうか。

久江

人件費は42 %ぐらいですかね。いわゆる装備品の購入、防衛品というのは、車を買ったり、あるいは肉や野菜、日用品を買うわけじゃなくて、大体短いものでも、装備となると、3年から5年。物によっては10年レンジ。しかも入ってきてから数年の訓練、運用みたいなのがあって、要は5年間でGDP比2%に増やしたからといって、5年の間に2%分増強されるわけじゃないんですよ。つまり今、買ったものが実際に入ってくるのはだいぶ先になってしまう。装備の購入費のうち、かなりの部分を実はツケ払い、既に買っちゃったもの、借金払いが入っているんですね。仮にGDP比2%に増やすと倍になるわけですね、今1%でこれですから。そうすると単純計算で人件費、人も増やせないわけですから人件費は多分21%ぐらいになってしまうわけです。

上山

人件・糧食費でいうと。

久江

人件・糧食費ですね。やはり最大の問題はGDP比2%に増やすのはいいんですけれども、今までのようにいわゆる3年から5年、あるいは10年レンジで買っておくと、5年で2%に増額しても、展示品とは言いませんけれども、弾もなく弾薬もないまま、発射装置ばかりが増えてしまうみたいな、そういうことをやってしまうと、この2%というのは、結果としてまた張り子の虎みたいな形になってしまいます。今、重要なことは“継戦能力”。つまり、もうちょっと具体的に言いますと、“即応性のある継戦能力”、これが必須だと思うんですよ。

自衛隊というのは、この有名な川柳。これは私が防衛省担当した1998年から防衛省、自衛隊で有名ですけれども、最近ちょっと有名になってきまして、「たまに撃つ たまがないのが たまにキズ」という、これはもう自虐なんですけども、かなり本当のことで、例えば陸上自衛隊なんかは一斉に撃つと3分でなくなるとか。

上山

一斉に撃つと3分でなくなる。全部の弾を。

久江

そうです。色々な国会答弁があって、1カ月間、アメリカが来るまでという人もいれば、2週間という人もいるけど、それは相手の出方によって違いますから。つまり端的に言えば、戦争を継続できるだけの弾が装備の割にはないよという話です。別の言い方をすると、車はあるけど十分なガソリンがないよという話ですよね。

■「米軍の応援を待つという考えだった」

上山

そういう日本の自衛隊、正面装備としてはしっかりしたものがあると。

久江

あるけれども、弾がなかったらしょうがないですよね。そこのところは、実は「基盤的防衛力構想」といって、いわゆるアメリカが来るまででないと、ぎりぎりという感じがありました。

その概念は実は「動的防衛力」とか色々の言葉を変えているんですけれども、やはりぎりぎり、薄く、広く、自らが空白にならないように、あとはアメリカの応援を待ちましょうという考え方で、あまり大きな変化は、実は中身になかったんですよ。

(なかったら、「基盤的防衛力構想」のGSをここに持ってきて、1枚だけで)

その象徴として、やはり武器弾薬が実際の戦争を考えたときには少ないねという話なんですが、このGDP比2%に増やすときに、そういうところに着眼しないでまた装備ばかり、つまり発射装置ばかり持ってきても、それが運用できなきゃ意味がない。

もう一つ申し上げますと、稼働率という問題がありまして、戦闘機、例えば100機あったとして、10機、20機が、部品が足りなくて事実上使えないというようなことがあるわけです。それをどうしているかというと、部品を入れ替えたりして何とか稼働しているわけです。新しく20機買うよりも、この20機分しっかりと部品を調達すれば、丸々100機が運用できるという話になりますよね。今、使えるものをいかに有効に使っていくかという議論がおそらく岸田政権で、GDP比2%を目標としつつも、いかに効率的、合理的にやっていくかという中で、ただ単に2%でどんどん買うんじゃなくて、今あるものの有効性と即応性、“継戦能力”、そういうところが議論の焦点になってくるんじゃないかなと思います。

■「防衛費増額は国際公約」 財源は!?

上山

防衛費の使い方については様々な点が指摘されているんですけれども、では、この総額についてどれくらいを目途に増やしていくのか。岸田総理は参議院選挙後にこのように話しているんです。

菅原

岸田総理は、7月14日木曜日の会見でこのように話していました。「政府としてはまず数字ありきの議論はしないということを申し上げています」「もちろんNATOにおけるGDP比2%という数字も念頭に置きながら、我が国として5年かけて防衛力を抜本的に強化していくことを申し上げてきています」と話しました。

「数字ありきの議論はしないと」話しているわけですが、久江さん、この発言の意味、先ほどおっしゃっていたような、今あるものの有効性を念頭に積み上げていくという意味なのか。一体これどういった意味だと捉えていますか。

久江

岸田さん側の別の会見で、この問題は防衛装備の中身と予算と財源の3点セットと言っているんですよ。つまり、木内さんも先ほどおっしゃった通り財源がないと。仮にGDP比2%が念頭であろうと目標であろうと、増やしていくことには変わりがないので、財源をどうするかという問題があるんですよね。

そういう観点で岸田さんは対財務省もあるので、何となくNATOを引き合いに、「5年で2%」を引き合いに出しながら、「抜本的に防衛力強化」と言って、ちょっと若干、玉虫色の、霞が関文学、おそらく財務省の玉虫色の表現が入ったんだと思うんですが。他方、日本国内のみならず、とりわけ対中国あるいはNATO、アメリカにとって、こういう話よりも、やはり5年間で2%以上というのは、もう、そのように受けとめられているわけですよね。

菅原

対外的には。

久江

そうです。脚注から本文にあげて、例示を出して防衛力強化と別のところで書かれているなんていうのは、日本の霞が関とか永田町の世界でしか通用しません。

末延

もう国際公約です。

久江

そうなっちゃっているわけですね。現実問題。したがって、やはり急に、この目標は言っていただけでなんということはできないわけです。その一方で岸田さんがまさにおっしゃっている通り、数字を合わせるためだけに、今までのように、ただ展示品とは言いませんけれども、弾が余りないようなものばかりを買うよりも、弾を買ったり、弾薬、そういう形で、今あるものを有効に使っていくと。まさに岸田さんがおっしゃったように「念頭に」ということで、最終的に1.8で収まってと。そういうこともあるかもしれないです。つまり、これは財源の問題が裏の重要な主役なんですね。

■「国際情勢に対するリアリズムを」

上山

末延さんはどのように、お考えになりますか。防衛費増額する場合には、どの分野に力点を置くべきなのか。

末延

今まで、インテリジェンスとか軍事の話は、日本ではタブーでしたから、長い間。したがって、こういう“継戦能力”とか、防衛省担当記者をやると、みんな驚くわけです。そんなものなんですかと。そういう話を国会とかで出しても生々しい議論ができない。日本は右と左に分かれてきましたから、メディアも含めて。

久江さんの話をフォローするとしたら、僕は湾岸戦争のときずっと戦場にいて、一番覚えているのは、イスラエルは、今、日本の自衛隊が持っているPAC3のオリジナル、パトリオットミサイルで迎撃していたんですね。イラクのサッダーム・フセインが北朝鮮製のミサイルで撃ってくるのに対して。ただ、迎撃してもなかなか当たらないんですよ。隠し撮りで(パトリオットミサイルの基地を)一生懸命、深夜に撮ったけれども、この映像だけはサテライト(衛星伝送)で送れないんですよ、セキュリティに引っかかって。防毒マスク、国防軍にもらったのを着けて取材し、一か月ぐらいで20発ほど見ましたが、それと比べて、日本で何が起きているかと言うと、「北朝鮮からミサイルが発射されそうです。次にPAC3のきれいな新品のものをトラックで引っ張っていって、抑止力で見せる」。さっきの手順の話に近いんですが、形だけなんです。そういうことではだめだということがウクライナとか台湾問題で明らかになりました。国際情勢に対して、リアリズムで、無駄のないように必要なことをやるべきなんです。その中には、自衛隊員の名誉の問題、制服を着て働く人の名誉の問題もあり、安倍さんが提起してきたことです。憲法にきちんと自衛隊を明記するというような、そういう根っこの問題も含めて、人の問題も含めてやらないと。

技術革新という意味では、サイバーセキュリティとかインテリジェンスの部分を強化してもらいたいし、装備品では無駄なことをせずに“継戦能力”を高めてもらいたい。何よりも、誇り高い自分たちの独立国家を守る、その体制を今、つくり上げることが大事なんです。(軍事を語ることが)タブーであるがゆえに無駄な議論というものが起きていたし、必要な議論が出来なかった。そのことを指摘しておきたいと思いますね。

■「国債発行は財源確保ではない」

上山

防衛力については、こういったことをやっていくべきじゃないかという様々な声もありますが、木内さん、やはり先ほどから指摘が出ていますけれども、財源をどうするか、この辺りの議論どのようにお考えですか。

木内

重要な点だと思います。国債の発行で賄うというのは財源を確保したとは言えないと私は思いますので、そこはしっかり議論する必要があるなと思うんですね。そもそも防衛費をGDP比で2%に上げていくというのは、非常に大きなことですね。

日本にとっては。そうしますと日本の防衛費というのが世界第3位になるわけで、経済規模に合った防衛の規模になるというのが、果たして、過去を歩んできた日本の姿と比べていいのかどうかという議論もあると思いますし、あと防衛費を5兆円を上乗せしますと、従来の歳出改革の見通しとも違ってくるということですね。非常に大きいので、もうちょっと議論を深めてほしいと思います。

■どうする防衛費…今後の重要ポイント

上山

安倍元総理不在という中での日本の政界ですけれども、末延さんは今後の重要なポイントはどこにあるとご覧になっていますか。

末延

安倍さんがああいうテロで倒れるという、戦後80年近く経ってみんなが本当にショックな事件が起きました。そのことの持つ悲しさの意味というのをよく考えてみたい。成熟した国家を、きちんとした民主的な体制をつくっていかなければならない。選挙中に(銃撃で)政治リーダーが倒れるということがあってはならないわけです。我々は過去について、過去の人物は割りと評価しますが、現在の人物について評価するということから逃げがちですね。そうではなくて、今のリーダーに対して敬愛の念を持って、きちんと礼儀正しく批判をすることが大切です。そして、もう一度(日本が)元気になっていく。そのことが凶弾に倒れた安倍さんの死を乗り越えていくことだと僕は考えています。

上山

久江さんはどうご覧になってますか。

久江

そうですね、賛否両論あると思いますけれども安倍政権の間、いわゆる顔の見える日本が車やカメラだけじゃないよみたいな。その大国外交の礎を築いて、それがゆえに、これだけの弔問、弔辞があるということも事実だと思います。他方、この10年間の中でGDPも伸びずに人口も減少していく。つまり、大国外交の反面、やはり国内においては衰退、縮小が始まっているということを考えると、先ほどの自衛隊の話でいえば、おそらく自衛隊員もかなり少なくなってくる。そのときにAIとか省人化を含めて、本当の抑止力は保てるのか。そういう議論も是非してほしいと思います。

上山

木内さんは、最後に何かございますか。

木内

防衛費5兆円増やすと消費税2%に対応するので、それだけの覚悟があるんですかということを、まず国民に問うプロセスが必要じゃないかと思います。

政府は、「国力としての防衛力を総合的に考える有識者会議」の初会合を9月30日に開きました。年末までに会合を重ね、2月上旬をメドに提言をまとめます。その議論は、年内に改定する戦略3文書、「国家安全保障戦略」「防衛計画の大綱(防衛大綱)」「中期防衛力整備計画(中期防)」に反映される見通しです。さらに、「中期防衛力整備計画(中期防)」は来年度予算に反映されることになります。
一方で、自民、公明両党は戦略3文書に関する与党協議の初会合を10月18日に開きます。与党協議でも、敵基地攻撃能力(反撃能力)の保有や、防衛費の増額幅と財源が焦点となる見通しで、防衛力強化への議論が本格化しています。

(2022年7月14日放送)